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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
白雪の国

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文民統制

 



「雪海豚が相当数現れたと同時に、第一陣として衛兵の半分で捌きつつ駆除。その後、襲撃に気づいた雪海豚が雪中に潜る前に、第二陣として残りの衛兵と狩人たちが雪海豚を始末する。以上、それが今回の作戦の概略である」

 集合がかかり、ギルドを後にした僕たちは街の入り口が見える広場に集められた。そこで、一段高い壇上からそう簡潔に町長が指示を出す。

 縮れた金髪を側頭部から反対側へと流して頭皮を隠している彼が、町長だという。壇上には彼一人。その前に、二人の騎士が立つ。


 騎士はイラインなどとはやはり違う見た目だった。まず、鎧の色が違う。白く塗られた鎧は光を弾かず、白い雪上で目立たないようになっている。さらに、袖口から見える白い毛皮は防寒用だろう、高いクッション性も兼ねていそうな感じだ。

 さきほどちらりと見えた足の裏にも変わったものがついている。というか、探索者もそういう人が多いのだが、毛皮が貼り付けられている様子だった。それも防寒用だろうか、それとも何か別の用途があるのだろうか。


「あの……」

 職員が手を上げる。町長への意見だろう。町長は、じろりと静かに職員を睨んだ。

「何かね」

「探索者への指示がございませんでした。効果的なのは、やはり第二陣で参加すべきだと……」

「ああ、探索者は第三陣として、万が一狩り残した雪海豚がいれば適当に駆除してくれたまえ。もっとも、第二陣で雪海豚はいなくなってしまうだろうが」

 歯並びの悪い前歯を見せながら、町長は職員の言葉をそう遮った。

 ……これも僕のせいだろうか。いや、町長は職員をしっかりと見ている。多分、僕がいなくても同じ思考だ。


「しかし、失礼ながら若干の戦力不足はいな……」

「何を言ってるんだね。たかだか雪海豚の群れじゃないか(きみ)

 ふう、と町長がため息をつく。これは、本気でそう思っている。

「この前の雪鯨のことをいっているんなら、見当外れもいいところだ。今回衛兵たちはしっかりと訓練をやり直しているし、万全の構えなのだよ。探索者への依頼だって、本当はいらないくらいじゃないかね」

「ですが、念のため、ということもありますでしょう。それに、もう報酬はいただいておりますので、使わなければ損となってしまいます」

「それがわかっているから、ここに参加させているのだ。君らには何にも期待しておらん。まったく、部下が余計なことをしなければ」

 後半部分を隠そうともせず、町長は大きな声で呟いた。


 なるほど、職員のいっていたとおり、探索者が参加せずとも作戦を行っていただろう。

「君こそ、過剰すぎるのではないかね? 部外者に、さらにこの街を偶然訪れたどこの馬の骨ともわからぬ探索者まで急遽参加させたと聞いたが」

「それは、必要だと判断して……」

「いらんいらん。そういう無駄な支出が財政を圧迫させてしまうんだよ。この街はこの街にいる者の手で守らねばならんというのに」

 僕とシロイが睨まれる。町長は、本当に隠そうともせず僕たちを見ていた。



 シロイが顔を近づけ、口を手で隠しながら僕に話しかける。

「なあ、儂らなんでこんなに敵視されとるんじゃ? 儂ら何かしでかしたかの?」

「さて、何故でしょうか」

 シロイに尋ねられたが、そんなこと僕は知らない。シロイまで巻き込まれているのだ。レヴィンの魅了のせいだとも言い切れないだろう。

 だが、推察くらいは出来る。

「先ほどの言葉通りだと思います。急遽増員された僕らが気に入らないんでしょう。自分の判断が間違っていたと言われているも同然ですから」

「なるほどのう……」


「そこ! 私語は慎みたまえ!」

 壇上から僕らへお叱りの言葉が飛ぶ。

「まったく、だから探索者のような礼儀のない者たちの手を使うべきではないと何度も言ったのに。人が話しているときによそ見をするなど以ての外じゃないかね」


 くどくどとさらに説教を話し始めた。だが、僕らに言っているのだろうが僕らを気にしている風でもなく、もはや誰もその話など聞いていない様子だ。

「大丈夫か? こんな者が上に立っとって」

「大丈夫ではないでしょうね」

 僕もシロイも、声を潜めて苦笑した。


 僕は目を細めて町長を見る。

 なに、これから少しだけ嫌な思いをしてもらうのだ。

 脳内を探査してからのことを考えれば、これくらい嫌な人の方がやりやすいかもしれない。



 決起集会のような、作戦会議のような何かが終わり、個々に予定地点へと移動をはじめる。

 作戦前に雪海豚を刺激しないよう、少人数でまとまって行動するらしい。雪海豚は雪中から音で獲物や仲間を認識する。だから、できる限り静かに向かうとか。


 そうするとやはり、知り合いがいない僕はシロイと二人で行動することになるのだが。

「行くかの!」

「補助しますので、僕の側を離れないようにお願いします」

 元気に勇み足で歩き始めたシロイに僕は注意する。そもそもの発端はシロイが雪海豚に襲われたことだ。わざと襲われたわけではないだろう。きっと、今と同じように普通に行動していたのだろう。

 つまり、このままだと襲われる危険性が高い。


 足下に、若干浮かせた不可視の床を作る。僕一人ならば浮いていけばいいし、二人でも防音の障壁で囲んでもいいが、そうすると闘気を使うシロイが動きづらくなる。

 非常事態には僕が障壁を切ればいいのだが、その一瞬の判断が面倒くさい。

 結果、そうやって足音だけ消すように魔法を使うことになった。硬い床の感触。雪の上なのに違和感がある。



 結局、作戦は変更しないらしい。

 まず、雪海豚の死体を雪原に放置。その周囲で全員隠れて待機する。

 そして雪海豚の群れが反応し雪上を跳ねたところで衛兵の半分が突撃。その結果混乱した群れを、残りの衛兵と狩人が加わって掃討する。

 それでもなお生き残った者がいれば、探索者が狩る。


 単純な作戦だ。まあたしかに、そこに参加している個々の人員の能力を考えなければそれなりに有効だろう。最悪手傷を負わせれば、逃げていってくれるというのも実証済みだ。

 だが、個々の人員の能力を考えていない。そこにこそ問題がある。

 深刻そうな顔で僕らを見送ろうとする職員へ歩み寄る。そう、もう一つ、問題があった。

「シロイ殿、カラス殿、ではお願いします」

 職員は、先んじて僕らにそう言った。

 だがシロイは聞こえていないのだろうか、他の探索者の様子をじっと見つめている。

「シロイ殿」

「どいつもこいつもまだまだじゃのう。鍛え方が足りんわい。これでは鍛錬しても月野流印可を授けられる者はやはり一人だけ……」

「シロイ殿!」

 流石に職員を無視してはかわいそうだろう。そう思った僕がシロイに向けて何度も呼びかける。だが、それなりに大きな声で呼びかけるまでは気づかない様子だった。

「おぅ!? ああ、儂か!」

 飛び上がるように驚きながら気づいたシロイに向けて、僕は職員を指し示す。

 ……歳をとって耳が遠くなっていたとか、そういう風には見えないが……。


 ちょうどいいし、職員に先ほど思ったことを聞いてみようか。

 僕が疑問に思っていたことを察していたのだろう。僕が口を開きかけただけで、職員は目を逸らし微かに頷いた。

 それに構わず、僕は質問を口にする。

「……騎士の方々はどうするんでしょうか」

 町長の作戦には、登場しなかった彼らは。

「私も気になったので先ほど確認してまいりました。町長の護衛につくそうです。現場で、町長が安全に指揮を執るためだとか……」

「脳足りんにもほどがあるじゃろ」

 後ろから、シロイが声を出す。その言葉には全面的に同意だが、誰が聞いているかわからない。それを今口に出しては駄目だろう。やはり、障壁の方がよかったか。


「先ほど自分で、たかだか雪海豚の群れ、と言っていたどの口がほざくのか。たかが雪海豚、ならば護衛などいらんじゃろうに」

 少し頭にきているようで、皺が寄った額にさらに深い皺を刻みながら、シロイは静かに吠えた。いや、本当にその通りだと思う。


「そもそも何で現場に出ようとしているんですか? 元々武断の方だったり?」

「いえ。基礎教養として武術は嗜んでおられると思いますが、探索者の一人にも勝てないでしょう。ですが、その、少し前から畑違いのことも手を出すようになられまして……」

 寒いのに、職員は額の汗を拭う。一応は部外者の僕らに対して申し訳なく思っているらしい。その辺は考える必要なんてないのだが。

「町長なりに一生懸命なんだと思います。しかし、ご覧の通り結果が伴わないため……」

「くだらんのう。勿論、出来ることは自分でせいよ。しかし、出来ないことは部下に任せる。それが上に立つ者の器量じゃろうに」

「本当に、そうなのですが……」

 シロイの言葉に恐縮したように、職員が身を縮ませた。いや、この職員に何を言っても意味がないし、彼にぶつける筋合いもないのに、こちらが申し訳なくなる。


「……まあ、問題ないでしょう。今こちらには、シロイ殿がおられますからね」

「そうじゃの。それに、儂もおるし、カラス殿もおる。まあお主は、大地に五体を投げ出す心地で悠々と構えておるがよいぞ」

「はい。よろしくお願いします」

 職員は深々と頭を下げる。他の探索者がこれを見てどう思っているか知らないが、感じる視線的には好意的に見てはいまい。

 だが、今は関係ない。もともと数に入っていない者たちだ。このまま、僕らの邪魔をしなければ構わない。

 僕と、シロイもその視線は感じているだろう。しかし、僕ら二人はあえて無視した。


「では」

「ガハハハ、天下無双の腕前を見せてやるわい!」

 僕の挨拶に被せるように、シロイがそう言いながら旗を掲げる。咄嗟に声を抑えたのは僕のファインプレーだろう。


 のしのしと歩くシロイの横に並ぶように、僕も雪原へ向けて歩き出した。



 目指す作戦予定地点は、街から出て地平線を一度越えた辺りにあった。


「シロイ殿は……」

「お主の魔法か? いいのう、これは! 足が雪に沈まず歩きやすうていい感じじゃわい!」

 雪原を歩きながら、シロイに話を振ろうとするが、シロイの方から適当な話題が返ってくる。

「……ええ。足音は消していますが、声を消してはいませんのでご注意ください」

「おっとそうじゃったな」

 両手でシロイは口を押さえる。その動作で、ガチャリと鎧の金属音が響いた。


「で、儂らもああせにゃならんのだろ? お前は毛皮とか持っとるのか?」

「いえ。ですがまあ、必要ないでしょう」

 やはり障壁の方がよかったか。僕は、予定地点近くの様子を見てそう思った。

「とりあえず、シロイ殿も動かれませんよう。闘気を活性化させない限りは、周囲に私たちの音は伝わりません」

「おおよ」

 考えてみれば、シロイが闘気を活性化させれば勝手に障壁は消滅するのだ。こっちでもあまり変わらない。

 そう思い直して障壁を張り直す。防音と耐衝撃の機能だけだが、一応それだけで充分だろう。



 イルカの死体はまだ置かれていない。だが、もう衛兵や探索者たちは大勢雪上に潜んでいる。そう、潜んでいるのだ。待っているだけとかそういうことではなしに。

 広大な雪上で、そこだけが目立っている。小さな村でも出来たかのように、皆敷物の上で待機していた。

 第一陣から第三陣までの役割の差だろう。まばらだが同心円状に待っているその姿は、まるで円陣を組んでいるかのようだった。

 僕らがいるのは、第三陣の探索者が並ぶ円陣の一角だ。立っているのは僕らだけだが、しゃがんで反応が遅れるのも嫌だしこのままでいいだろう。何より、どんな姿勢でも僕らの音は雪中に伝わらないのだから。


 雪上に敷かれているのは分厚い毛皮のようだ。その上に横たわり、またはしゃがみ、皆息を潜めている。

 それは防寒のためなどではなく、雪海豚の索敵除けのためだ。皆、毛皮の毛の面を下にしている。

 多分、音を地面に伝えないため。足音を消しているのと同様に、待機中の音も出来るだけ雪中に伝わらないようにしているのだろう。

 そうすると、先ほど足の裏に張られていた毛皮も防音のためだったりするのだろうか。


 やはりそうなのだろう。見ていると町長が籠のような担架のようなものに乗せられてきたが、それを運ぶ衛兵の足の裏にもそれが見えた。

 ちなみに、町長は使っていなかったが。



 町長と同時に雪海豚も木綿のような布で包まれ運び込まれる。六人がかりの作業だ。

 それくらいなら僕一人でも運んだのに……。まあ、町長の方から嫌味たっぷりに断られるだろうから言わないけど。


 目配せと手信号で、正確にタイミングを合わせてその死体が放られた。

 ドシンと音を立てて死体が半分雪に埋もれる。傷も付けてあったのだろう、じわりと赤い血が雪に染みこんでいった。


 衛兵たちはそれを確認すると、速やかに死体から離れる。それから死体に一番近い円陣に設けられた毛皮の陣地に滑り込むと、うつぶせになり息を潜める。


 イルカに近づいているほど厳戒態勢は厳しい。耳を澄ませても、中心寄りの方から音は全く聞こえない。雪で吸収されているだけかもしれないが、多分伝声管の中でも音一つしないと思う。

 なるほど、そういった練度はそれなりのようだ。


 僕らよりも外側に待機している町長は、そわそわと体を動かし続けていたが。



 やがて、飛来したあの肉の苦い鳥が雪海豚の死体に飛び乗る。

 木の実以外も食べるのだろうか、その肉を啄みはじめた。


 肉が引きちぎられる音がする。にちゃにちゃと、脂肪を噛み砕く音。それが微かに僕の耳に届きはじめた頃になってようやく。


 気づいたのは、僕とシロイ。それと数人の衛兵や探索者だけだろう。

 目配せして頷きあう。敵意か殺気か、そのような悍ましい気配。


 ずん、と音を立てて雪海豚が空高く舞い上がる。殆ど真上にあるその太陽に重なるようにして跳ねた巨体。空中で僕らを認識したのだろう、キュイイイというような甲高い声を上げた。


 その声に応えるように、十数匹の雪海豚が、中心部の衛兵たちに向かって群がっていった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] シロイが偽名使ってるところが分かり易い スで始まる・・・まさかスシロウ(スシロー)w
[良い点]  面白いです。考えて心底楽しんでます。 [一言]  あと、転生したら剣でした。とか、蜘蛛でした。  、、、みたいな、絵になる。雪海豚のような、、、  絵を書く絵師の刺激にふれるような、、、…
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