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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
空を求めて

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そこには誰もいなかった

 



「そういやそろそろか」

 降りていく途中、モスクが突然足を止める。それから僕の方を振り返って、二階下の穴を指さした。

 くり抜いたかのように壁が崩れているその穴は、以前モスクが開けたものだろう。

「あそこでちょっと待つぞ。そろそろ下から風が来る」

「わかりました」

 言われてから僕も気づく。頬に当たる風の温度が若干上がった気がする。暑いわけではないが、穴の中もそれなりに高温になっている。

「ついでにっちゃなんだけど、そろそろ明かり大丈夫か?。外育ちのお前には若干暗いのきついんじゃねえの?」

「僕としては問題ありません。光がないのは慣れてます」

「……そうか?」

 納得したようで、興味なさげにモスクはトタトタと降りてゆく。

 そして、穴の中を覗き込んで微かに頷いた。


「やっぱ前に俺が入ってから、誰も来てないらしいな」

「どうしてそんなことが?」

 その言葉に僕が室内を見ても、普通の部屋だ。荷物もなく、壁が不自然に増えており、出入り口が塞がれている部屋。変わったところといえば、モスクが開けたであろう壁の小さな穴くらいだ。

 埃などはあるが、誰が入った様子もない。……と、そのせいか。モスクが入った足跡すらないのだ。自分が入った後、それなりに時間が経っているのに誰が入った形跡もないからこその言葉だった。

「いえ。ちなみに、ここら辺で何か見つかったりしたんですか?」

 少し恥ずかしくて話題を変える。通陽口から廃棄階層に入る穴は、ここに至るまで飛び飛びに開けられていた。開けている階と開けていない階がある。なのに、ここは前後の階も含めて三階分続けて穴が開いていた。それは、何か目算あってのことだろう。

 数えていないが、もう五十階分は下っている。さすがに疲れたのだろう、モスクも壁にもたれてからずるずると体を落とし、座り込んだ。

「ああ。俺は基本的に一階ずつ飛ばして入って構造を調査してんだけど、前後の階から見て、この階は不自然なくらい頑丈に支えられている部屋があった。しかも、上の階には影響がない形で」

「この階に単独であった頑丈な部屋……というと……」

 支えられている、というと何か重たいものでもしまってあったのだろうか。

「まあ、言っちまえば練武場だな。残ってた布の端切れやらゴミから見て、水天流の」

「そんな昔から……、いえ、そういえば千年以上前からでしたっけ」

 この街が肥大化する前からのものだ。変わらず、ずっと道場自体はあるのだろう。

「汚れた練習着やら、怪我した奴を介抱するように使ってた布みたいのやら、いろいろあったから有効活用させてもらったぜ」

「……まだ使えるのに捨てていくなんて、もったいないですね」

「だよなぁ。ま、俺も焚き付けにつかったくらいなんだけどな」


 その言葉が終わるか終わらないかくらいのところで、穴の中に風が吹き込む。

 通陽口を通る熱風だ。

 その風は穴を伝い、笛の音のような高い音を立てながら奥へと消えていった。


 モスクは膝を叩く。疲れた体を叱咤するように。

「さて、じゃ行くか。この階はもう何もねえだろうし」

 モスクは昔開けた小さな穴を覗き込む。それから頷くと、僕の方を向いた。

 しかし、モスクの言葉に素直に乗らず、僕も穴の中を覗き込む。

「……どうした?」

 その様子を不審に思ったのか、モスクは怪訝そうに僕をみる。だが、僕も何かあって見たわけではない。ただ少し、風の音が気になっただけだ。

「いえ。何か風の音が妙な気がしただけです。なんか音程がついているというか」

 まるで、本当に笛を吹いているかのような微かな音程がついていた気がした。

 気になったとは言ったが、それくらいは別におかしな事ではないだろう。この建物は単純な筒ではないのだ。通る場所によって、音だって変わる。

「気のせいだろ」

「そうですね」

 先ほどの笑い女の話で、少しだけ過敏になっているらしい。僕は僕の内心を、鼻で笑った。


 だが、その過敏になっている話をモスクはその後も口にした。

「で、ここが七十階。この辺から、例の噂があったっていう階層なんだ」

「今回の目的地は七十二階でしたけど、七十と七十一には何もなかったんですか?」

「ああ。めぼしいもんは何も」

 その言葉の通り、モスクの足は止まらない。七十二階まで降りていき、振り返った。

「で、一応お前にも道順は説明しとくな」

 そういうと、足下に地図を広げる。

 流石にこれくらいの深さになると、僕は肉眼では対応しづらくなってくる。物のあるなしくらいはわかるが、何が書いてあるかはさっぱり読み取れない。魔力を使い、紙に染みているインクの情報から読み取ることは出来るが、それは必要ないらしい。

 モスクは布に包んだ石のような物を鞄から取り出し、その石を布に包まれたまま建材にこすりつける。布の余った端を持ってつり下げれば、今ので火花が飛び布に着火したようだ。……いや、違うか。火花を飛ばしたのは布で、火がついているのは石の方だ。派手に燃えさかっているようなものではなく、赤々とした炎が石を包んでいる。延焼はしないのだろうか。

 その火がついた石をかざせば、地図が照らされる。僕と同じく、さすがにこの光のなさではモスクも地図を読むことは出来ないのだろう。


 先ほどの数取機といい、ミールマン独特の道具に僕は少し感心していた。イラインでは見たことがないその道具の数々。ところ変われば知恵も変わるのか。


「入り口……でもないんだが、まあ俺らが今いる場所がここ。で、この階の目的地の元水場がここ」

 モスクは地図の二点を指で示す。本来あった壁や柱と、強度を増すために増設された壁や柱は区別して描かれており、工夫の跡が見て取れる。

「順路はこの線の通りだ。途中までは俺が穴を開けてある」

 壁の線に短い線が直行して二本描かれている。これがモスクの開けた穴の記号だろうか。

 とすると、既に結構手間を掛けているようだ。

「ちなみに、水場……というと、僕が昨日宿で見たのは壁から水が出てる場所だったんですが、そこから下になんていけるんですか?」

 昨日宿で見た水場は、大人の指ほどの太さの穴から水が伝っていた。あれだったら、どうも出来ない気がする。最悪、周囲を壊して通ってもいいけど。

「ここの水場は多分違う。こことここの壁をまだ俺抜けたことないから実際には見たことないんだけど、構造的にはこれも昨日見た井戸に近い種類のはずだ。水も通ってないだろうから、そこから下の階に抜ける」

「そうですか。じゃあ、僕がその壁を壊せば良いんですね」

「そうだな。一応俺が指示を出すから、全体的に崩さないように注意してくれ」

「わかりました」

 まあ、崩落の危険もあるのだ。人が使わないからといって、乱暴にするべきではあるまい。


 いや、そうか。下手にいじると上まで崩落する可能性もあるのか。

 ……今更ながらその事実に気が付いて、すこしだけ怖くなってきた。

 だが、まあ、モスクも自分の命がかかっているのだ。下手なことはしないだろう。


 強引に納得した僕。それでも僕もそれなりに注意することにして、モスクとともに奥へと向かった。



 言われたとおりに壁を打ち抜く。

 初めて入っただろうその部屋を見回し、モスクはため息をついた。

「ま、こんな途中じゃ何もねえやな」

「次に壊す壁はそっちでしたっけ」

 僕は指さす。増設された壁。他の場所よりはいくらか新しく見えるその壁の向こうが、元水場だったはずだ。

「ああ。そうだな。次は左下の方、そう、その辺りを二段くらい抜いてくれれば後は手で取れるはず」

 僕は言葉に従い、歩み寄る。

 だが、何か蹴飛ばしたらしい。足に触れた布のような物を手に取る。

「なんかあったか?」

「あ、はい。布と綿で出来た人形ですね。……熊、かな?」

 かわいらしく、デフォルメされた形。小さい女の子が抱いていそうなそのぬいぐるみは、置き忘れられたかのようにぽつんと座り込んでおいてあった。

「……んだよ。燃やすくらいしか使えねえな。まあいいや、持ってこ」

 モスクにその人形を渡すと、鞄の中に押し込むように詰める。

 きっと昔は誰かの大切な友達だったのだろうに、今となっては燃やされるしかないものだ。少しだけ、かわいそうな気がした。



 水場にたどり着く。

 モスクの言葉通り、そこには井戸のような物があった。


 だが、様式が違うのだろうか。上で見たいわゆる普通の井戸よりも二回りは大きく、底の方に横に繋がる水路があいていた。

「例の笑い女、この辺りで見かけられてんだよな」

「へえ」

 ぽつりとモスクは呟く。その言葉にまた少し背中がくすぐられたような感触がしたが、それを表には出さないように、僕はこらえた。


 しかし、幽霊の正体見たり枯れ尾花という言葉通り、僕の中で少しだけ恐怖心は薄れていた。

 少しだけ、正体が見えたのだ。

「多分、その笑い声は聞き間違えですね」

「聞き間違え?」

 僕の言葉にモスクは聞き返す。僕は、井戸の底から目を離さずに説明を加えた。

「上にある通気口から、人の話し声みたいなものが漏れています」

「……そうか?」

 聞き耳を立ててみるが、モスクには聞こえないらしい。一応僕も聴力を強化しなければ聞こえないほどの微かなものだ。しかたあるまい。

「今は小さいですからほとんど聞き取れませんね。でも、伝声管のように、上から伝ってきてるんでしょう。それがたまたま、何かの拍子で大きな声になった」

「それが笑い声、だと。まあ、言われてみりゃそんなもんなのかもしれねえな」

 くく、とモスクは笑う。学者肌のこの少年は、幽霊やそんなもの信じてはいないのだろう。僕の言葉に、あっさりと納得した。

「ただ、そうするとちょっと残念だな。お宝はねえのか」

「うち捨てられた日用品ならまだしも、廃棄された階層にお宝がある、っていうのもおかしな話じゃないでしょうか」

「そうだよなぁ……」

 眼鏡をあげながら、モスクは口から言葉を漏らす。残念ながら、きっと廃棄階層の探索では大きな成果は望めまい。少なくとも僕は、そう思っている。


 だが、止めはしない。モスクにとっては、これは人生をかけた大事業なのだ。

「けどまあ、今日は付き合ってもらうぜ。予定通り、この水路を伝って下へと降りる。計算通りなら多分、他の階に繋がる大きな水瓶みたいな場所に出るはずだ」

 縁にぶら下がり、底に向かって飛び降りる。

 大きな足音が響き、どこかの壁に反響して音が続いていった。




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