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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
空を求めて

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廃棄階層の噂

 


 様々な声が反響する通気口内。近くは家庭の音。遠くは鼠の鳴き声や女性の笑い声なんかが聞こえてくる。

 目立つ声といえば、夫婦の争う声や、子供を叱る母親の声だ。

 もうすぐ夕飯時。温かな風に乗り、ご飯の匂いも漂ってきた。魚の匂いがやや強いのは、やはりこの街の特色だろうか。

 多分、スープが多い。犬のように鋭敏な鼻を持っているとかそういうわけではないが、傾向的にはそんな気がした。


 耳や鼻を闘気で強化すれば、容易に近くの物音や匂いを探れる通気口。中に入ってしまえば、強化しなくとも感じられる。

 プライバシーは一応考慮されているのだろうか。隣り合った部屋は通気口で直接繋がってはおらず、他の階を経由して接続されるようになっている。

 そのせいもあって複雑化してしまい迷路化しているのだが、本来は移動に使うものではないのだ。文句は言えまい。


 ただ、少しだけ悲しく感じた。

 モスクは日常的にこの通気口を移動しているのだ。

 当然、この話し声や匂いを感じながら使用しなければならない。

 僕は、早いうちから両親についてはどうでもよくなった。親代わりのものも見つかった。

 けれど、彼はどう思ったのだろうか。


 暗い道の中現れる明るい出口。

 その先からは、自分と同年代の子供がはしゃぐ声がする。家族のために作る温かい食事の匂いが漂ってくる。

 自分は暗い通気口の中を這って歩いているのに、外では子供が堂々と走り回っている。その子供達は誰が来ても読んでいた本を隠す必要もなく、鼠を呼ぶ口笛も使えないだろう。

 自分と、それ以外の世界。暗闇の中でぽつぽつと見える光は、この中を這っている以上手が届かない代物なのだ。


 まあ、彼の内心については僕が考えることでもあるまい。

 親はなくとも子供は育つ。案外、モスクもどうでもいいと思っているかもしれないし。


 そんなことよりもとりあえず、手元のメモに従えば明らかに行き止まりの現状が、僕にとっては一大事だ。

 どこで道を間違えたんだろう。僕は、部屋と部屋の間にある一畳ほどのデッドスペースのような場所で、苦笑いしながら首を捻った。




「お客さん、だいぶ汚れてんな」

「え、ああ、すいません」

 宿に戻ったときには、さすがに全身埃だらけだった。その姿で廊下を歩いていると、廊下を掃除中の宿の主人と行き違う。

 責めているわけではなく、単なる世間話のような感じだろう。その顔には、説教をするような真剣さはなかった。

 立てたデッキブラシに寄り掛かるように、主人は力を抜いて僕に言う。

「なんだ? 採掘でもしてきたのか?」

「いえ、ちょっとこの街を探検したらこんな具合になってしまいました。服の手入れをしたいんですが、水はどこを使えばいいんでしょうか?」

「洗うんなら、水場は二階下にあるよ。干すのは自分の部屋でやってくれると助かる。通気口前に干しとけばすぐ乾くぜ」

「わかりました。ありがとうございます」

 礼を言い、借りた部屋に戻る。それから服を予備のものに着替えて、埃塗れになった服を片手に僕は扉を開けた。

 そういえば、そもそもこの宿自体地下何階まであるのだろう。少し探検してみたくなったが、用もないのに廊下をうろつくのは不審か。

 とりあえず服を洗ってしまおう。そう思い、僕は言われた水場へ向かった。



 廊下の奥に、水場はあった。井戸のようなものを想像していたが、少し違うらしい。

 地下水でも引いているのだろうか。壁の高いところに穴が開き、そこから水が滴っている。その水を僕の胸くらいの高さに突き出たでっぱりで受けて、そこから壁を伝って斜めに溝が走る。その先にはやはり受け皿のようなものが僕の腰くらいにあり、さらに下、足元にある受け皿に空いた穴から水が何処かに排出されていた。

 それぞれ用途があるらしく、一番上の受け皿に『飲用』という意味の文字が刻まれていた。たぶんこれは飲んでも大丈夫なのだろう。そして真ん中は『洗浄』。一番下は『洗濯』とある。


 今回用事があるのは下段かな。

 僕は持っていた外套を水に浸すと、揉んで洗う。一瞬水が鼠色に濁り、それから綺麗な透き通った色に戻った。埃が落ちればいいや。他も適当に洗い終えた僕は、せっかくなので魔法で乾燥させることをせずに、絞っただけで部屋に持ち帰る。

 石と綿のベッドだけだった独房のような部屋に服を吊り下げれば、少しだけ部屋に温かみが出た気がした。




「さて」

 翌朝、やはり朝食にも出たスープを三杯ほど平らげた僕は、荷物を点検する。

 いつも変わり映えのない薬や食料だが、変わり映えが無いことに意味がある。最低限常備するために選んだ品揃えだ。何か違うものがあれば、すぐにわかるようになっている。

 そんな点検もすぐに終わり、僕は宿を発つ。

 何時に、とも言われていない。だが朝と言われてはいた。

 今日一日がかりという話だから、宿はもう一日分とっておいた方が良いだろう。そう思った僕は、今日の分の代金を主人に渡し、モスクのいる通陽口に向かった。


 階段側から普通に歩いて入る。初対面の時とは違い、今日は僕の姿を認めてもモスクは過剰な反応はしなかった。代わりに、そこそこ大き目の背嚢を担ぎ上げてにやりと笑う。

「よう。こっちの準備は万端だぜ」

「僕も大丈夫です。それで、どちらに向かうんですか?」

 挨拶もそこそこに、目的地を尋ねる。一日がかりという事はけっこうな深さにまで行くのだろう。

「とりあえず、地下七十三階層。そこから水場を伝ってその下の廃棄階層を探る」

「いつもモスクさんがしていることと何か違うんでしょうか?」

「その辺はおいおい言うよ。さ、行くか」

 意気揚々とモスクは階段を踏み出す。僕は大人しく、それに従った。



 ひたすら階段を歩いていく。飛び降りることを提案したが、数え間違いを危惧したモスクがやはりそれを拒否したからだ。階層の中に入るまでは暇だ。

「そういえば、そもそもこの階段はなんなんです?」

「何って、何が?」

 壁に手を這わせ、手に持った数珠のようなものにある珠を弾きながらモスクは聞き返す。それは、原始的な数取機のようなものらしい。使い方は算盤に近いだろうか。

「熱風が噴き出してくる、のがこの通陽口ですけれど、何故降りることまで考えてあるんでしょうか」

「そういやそうだな。整備のためとか勝手に思ってたけど、地下まで降りてく奴なんかいねえもんな」

 モスクも首を捻りながら、僕の言葉に同調する。

「昨日見せてもらった本には?」

「無かったな」

 返答が、暗い階段の先に消えてゆく。もう、空は見えなかった。


 しばらく無言で下った後、突然モスクは口を開く。

「今回探すのは、何ていうかな、女だ」

「女?」

 僕は思わず聞き返した。モスクの口からおよそ聞こえるとは思えなかった言葉。だが、確かにそう口にした。

 僕の言葉に、誤解を防ぐようモスクは解説を加える。

「勘違いしないでほしいんだが、女自体を探しているわけじゃない。『笑い女』って噂知って……るわけないな」

「どういう噂です?」

 字面から想像できるとしたら、何か祝い事があった時に囃し立てるように笑う商売女の感じか。葬式で金を貰って泣く女性のように。

「あー、笑うなよ? 簡単に言えば、廃棄階層でたまに目撃情報があるっていわれてた女なんだ。白く長い被りの着物を着て、誰かが後ろ姿を見たら笑いながら消えるらしい」

「……怪談じゃないですか」

 ちょっとぞわっとした。僕にしては珍しい気もするが。

「最近は人が立ち寄らない階層だから、もう見たって話も無いらしいが、それでも昔はあったと、そう書かれていた本があった。気になるだろ?」

「いやいや、怪談なんて探してどうするんですか。化け物に会って何するつもりです?」

「俺だっているなんて信じてねえよ。でも、噂があるってことは何かそう思える要因があるってことだろ? そこに人を引き寄せる何かが、もしくは遠ざける何かがあった」

「誰かが意図的に流した噂だと?」

「そうじゃねえかと思うんだよなぁ。それで、計算上部屋があるところで、目撃情報があるところ。そういうところを今日は回ろうと思う。もしも、そこから遠ざけるためだとしたら、何かあるだろ」

 モスクが笑ったのが後ろからでもわかる。なるほど、こういうところはレシッドといい、モスクといい、探求心溢れる者は皆同じらしい。

「……ま、とりあえずわかりました。あとどれくらい下です?」

「もう少し先だな。期待してるぜ!」


 振り返ったモスクの眼鏡が、暗闇の中で輝いて見えた気がした。





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