表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

323/937

もうすることはない




「メルティ様は問題なく完治されたのだな?」

「はい。《魅了》による影響は、問題なく消えているはずです」

 メルティが床につき、侍女たちが解散する。一応、騎士と何人かの侍女はメルティの寝室に控えてはいるが、他は休憩やその日の事務仕事に入っていった。

 ソーニャも一応は休憩時間だ。

 小さなクローゼットとベッド以外は何も置いていない、女性としては寂しい気もするソーニャの寝室。そこで僕らは落ち合っていた。


 ソーニャは木戸を開けて、外を見る。

 何事もない日常の庭が、そこにあった。


 外を見ながら、僕には視線を向けずにソーニャは呟く。

「カラス殿に謝らねばならない」

「確かに、いくつか頭を下げてほしいですね」

 僕が軽口で応えると、ソーニャは不満げに、それでも笑顔で振り向いた。

「ハハ、本当にな」

 風で長い銀の髪が揺れる。銀の髪といえばオトフシもだったが、手入れをする余裕もないのか、ソーニャの髪の方が幾分か傷んでいる気がする。

 その長い髪を一度頭の後ろでまとめて、それから軽いため息をついた。

「その、レヴィンの《魅了》は、思考力を制限するのだろう?」

「ええ。専門家の話を信用すれば、ですけど」

 そうはいうが、僕には信用出来る。エウリューケの見立ては、僕の見立てと一致している。それに、脳が萎縮していたのは確かだ。情動面にも影響は必ず出ているだろう。

「そして、運動能力が向上する。体力が増すわけでもないですが、巧緻性が上がると思います」

 運動神経の向上。それだけ見ればきっと、子供であれば誰しもが欲しがる効果なのだろう。

「運動能力についてはよくわからない。けれど、考える力が低下していた、ということ。それは、姫様が子供に戻っていたということに等しい」

「まあ、言い方を変えれば……」

 とはいうものの、ちょっとだけ承服できない。子供だっていろいろと考えているだろう。


「その子供を、私は思い詰めさせていたのに気がつかなかった。その結果、悪意を持ってカラス殿に接していたことにも気がつかなかった。姫様の一番近くにいたのが私なのに、な。姫様の笑顔を前にして、他の全てを視界から取り払ってしまったのだ」

 目を伏せて、ソーニャは苦笑する。

「だから、すまなかった。カラス殿。仕事とはいえ、迷惑をかけた」

「いえ。その迷惑がなければ、私は《魅了》の除去を出来るようにはなろうとしなかったでしょう。……それに」

 レヴィンの顔を思い出す。あいつが全部悪いとは言わないが、半分くらいはあいつのせいだろう。そして、その暗躍に気づかなかった僕も。

「未熟な人間は、悩んで人に迷惑をかけなければいけないと思うんです。そして、自分で悩んだ結果を出して、成熟するものだと」

「……見た目通りの子供とは思えぬ言葉だな」

 肩をすくめて、ソーニャは笑う。僕も思った。少し爺くさい気がする。

 だが、言葉の通りだ。そして、未熟なのはメルティだけではない。僕だって、人に迷惑をかけてばかりだ。成長しなければいけないのに。

「だが、至言だ。私は姫様からあらゆる災いを取り払ってきた。あらゆる悩みを、事前に全て処理してきたつもりだ。……意外か?」

「いえ……そうですね」

 否定しかけると、ソーニャの目が一瞬据わった。自分でも甘やかしていた自覚はあったのか。

「今回革命軍の手にかかろうと行動し、結果的に自裁を望むなど、そこまで追い詰めてしまったのは私だ。人はそう極端には走らない。折り合いをつけて、どうにかやり過ごすはずなのに。その手段を考える機会まで奪っていたのだ」

「じゃあ、今度からはいろいろと考えさせる機会をあげてください」

「そうしなければいけないようだな。今回のことで痛感した」

 寂しそうにソーニャは笑う。これは所謂、親離れというやつだろうか。いや、子離れかな。


 会話の途中だが、僕の耳が遠くの音を拾う。これは、メルティの寝室のほうからか。

「………! …ニャ……ソーニャ!」

 メルティが起きたらしい。あの寝不足の様子であればもっと寝ているはずだが、それほどまでに眠りたくないのか。意識の覚醒が早すぎる。

「呼ばれてますよ」

「……誰にだ?」

「メルティ様にです。お目覚めになられたようで」

「!! 行かねば!」

 ソーニャが駆け出す。そのまま廊下を走っていくと思ったが、扉を開けようとして一度振り返った。

 ドアノブはまだ回されていない。

「カラス殿。マリーヤのことは……」

「僕の口からは言えませんが、きっともうメルティ様を狙うことはないでしょう」

 今どうしてる、などは言わない。その代わり、ソーニャが気になっていそうなことだけを伝える。

 そしてソーニャはその言葉に反論しない。最初からそう思っていた。そんな雰囲気で微かに頷いた。

「……本当に、姫様にとって、いや、私たちにとってはいい休日になったようだ。落ち延びて以来、たぶんイラインが一番の都だった。……世話になった。この礼は、またいずれ」

「はい。私はちょっと遠くに行く予定なので、どこかでまたお会いしたらたっぷりと礼をお願いします」

「どこへだ?」

「イラインより北方。リドニックへ。四色目の雪を見に」

 僕の言葉にソーニャは目を丸くした。今日も、ころころと表情が変わる。

 それから、からかうように微笑む。

「……そうか。魂まで凍るほど寒い故、心して行かれることだ」

「それは怖い。厚着していきますね」

 ソーニャは僕の返事に鼻を鳴らすと、思い切りよく扉を開けた。それから振り返らずに、廊下の奥へと消えていった。


 女性の部屋に長居するわけにもいくまい。

 僕も出よう。ここに僕は、もう必要ない。

 姿を隠し、僕は館を後にした。




 さて、することが終わったのは館でだけではない。

 この街ではしばらくすることがない。もう昼は過ぎているが、早々にイラインを発とうか。

 と、そう思ったがもう一つ。まだ見ていないものがあることを思い出した。

 正直、なんかどうでもいい気がするのだが、それでもやはり友達だ。助けはしないが、結果だけでも見ていこうか。

 といっても、殊更に探す気もない。一番街から北へ向かう前に、五番街と貧民街を経由していくだけだ。そこで目につかなかったらもういいや。

 ハイロはどうなったか。

 グスタフさんはもう興味もないようだが、僕はほんの少しだけ気になっていた。


 物乞いでもしていたら、からかってやろう。

 と思い五番街を歩くが、やはりといっていいかハイロの姿は見えない。

 いや、さすがに物乞いでもしていたら僕もなんというか反応に困るので、そういう意味で姿が見えないのは良いことなのだが。


 安心半分不安半分で道を歩く。

 だが、貧民街近くに来てもとうとう、ハイロの姿は見えなかった。


 うん。僕は見ていない。そういうことにしておいてあげるのが優しさだろうか。

「……よっ」

 力なく僕に話しかけてくる影。緑の大きな肩掛け鞄には書類らしきものが大量に詰まり、成人男性であっても重いだろう。

 見た目は十代中盤から後半くらいか。細身で僕よりやや背が高い。

 その声には、聞き覚えがあった。


「……ど、どちら、さまですか?」

「笑ってんのがわかるんだよちくしょー!!」

 僕が懸命に真顔を作って応えるが、目の前の男は鞄を地面に叩きつけんばかりに叫んだ。

 涙目で震えながら顔を赤く……多分、赤くしているのは、やはり。

「すごい顔ですね、ハイロ」

「いうなよバカー!」

 大きな声で注目を集めたハイロの顔は、何というか、分厚い白粉で真っ白に塗られていた。


 歩きながら手短に事情を聞く。どう見ても仕事中だ、手を離すわけには行くまい。

「親方に謝りに行ったらさ、許してくれるって話だったんだけどさ」

「謝り、行ったんですね」

 僕とグスタフさんの予想は外れという訳か。残念でもなく、むしろ嬉しいことだが。

「その代わり、仕事中に女といちゃつけないようにって、眉が生えそろうまでこの顔でやれって」

「眉も剃ってるんですか」

 白粉の下でわかりづらいが、なるほど、眉毛もない。まるで、化粧をしていないおたふくのような顔。いや、あれも一応白粉か。

「……まあ、その顔ならどこかで勝手に休むわけにもいきませんしね」

 それに、今まで通り働けるのだ。何も文句は言えまい。

「それでもあんまりだよ!!!」

「眉毛が生えてきても、……今までのように怠けたりはしないよう……にしてください」

 目の周りの白粉を涙で落としながら叫ぶハイロ。その様子に笑いをこらえながら、そう言うのが精一杯だった。



「またお前街を離れるって」

「そうですね。リコももうすぐ帰ってくると思いますし、よろしくお伝えください」

 僕がリドニックまで行くのを簡単に伝えると、ハイロは残念そうに眉を顰めた。白粉の筋が出来ている。

「ま、気をつけろよ」

「ハイロも。リコにもその白粉姿を見せないように」

 勤務態度は真面目に。その意図は伝わっているだろうか。

 それはわからないが、忠告はした。真面目なリコを見習って、勤務態度を改めてくれれば良いけど。

「だー! 考えないようにしてんのに!!」

「ハハハハハハ、ま、また三人でなんか食べましょうよ。ハイロの奢りで」

 次に会うときには、奢れるようになっていてほしい。上から目線ではあるが、それは僕の友達への願いだ。

「あー、まあ、なんとかするよ。んじゃな」

「ええ、また」


 重い荷物によろけながら、ハイロは去って行く。その顔を見た通行人の笑い顔を残して。


 まあ、これでいいだろう。次にどうなってるかは知らないけれど、今はどうにか首がつながったらしい。

 笑われながらも懸命に勤めるとか、あいつの性格だと無理そうだけれど、リコが帰ってくればなんとかなるだろう。

 僕よりも昔なじみのリコに、その辺は丸投げしよう。


 少しだけ清々しい気分で、僕は足を北に向ける。

 今度は寒いところだ。雪景色、楽しみだな。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 『買い物に付き合って』 では、ソーニャの髪型は「肩までしかないショートカットの白い髪」だったのが、この話では「長い銀の髪」になっていますがどちらなのでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ