皆が貴女を守るために
「誰から、誰を……?」
聞こえてはいるし、受け取ってはいるがそれでも理解しがたいようで、もう一度ソーニャは聞き返した。
まあ、わかる。僕も少し言い方がおかしかった気もするし。
だが、言っていることはそのままだ。
「メルティ様をです。危険な場所に私の護衛対象者を連れ出し、襲撃者に協力中の、メルティ様から」
言いながら自問する。まだ分かりづらいか。もう少し直接的な表現に言い換える。
「……メルティ様の消極的な自殺を防ぐため、……態度と行動ではなく、懺悔は口に出して頂きましょう」
「自さ……!!」
二人で目を向けた先は、メルティの笑顔。ようやく煙を吸えた達成感に、得意げに胸を張るその姿だった。
慌てたように、ソーニャの目は僕とメルティを何度も往復する。ここまで驚くとは、やはり気が付いていなかったか。
それから、あたふたと手を上下にせわしなく動かす。先ほどまでにも増して、落ち着きがなくなった。
「あの煙草……!? すぐにやめさせ……!」
「えーと、そうではなく、ですね……」
いやたしかに、ソーニャはさっきそれを毒と言ったけれども。
事態は飲み込めていない。ならば説明しなければ……いけないんだけれども面倒くさい。出来れば一回で済ませたい。
僕は歩き出す。ソーニャをちらりと見て一歩踏み出せば、釣られたようにソーニャもついてきた。
「説明は後にさせていただきます。今はとにかく、帰りましょう」
「いや、しかしだな!」
食い下がるソーニャに構わず、透明化を解く。そしてそのソーニャの声に、ハイロが反応してこちらを向いた。メルティも、それに合わせるように一応。
顔の見える距離まで近づくと、向こうの方から声をかけてきた。
「カラス、あれ、もう用事は済んだのか?」
「ええ、充分に。それに、それよりも優先すべき用事が出来ました」
ニコリと微笑みかける。さてここからハイロはどうしようか。説得役として連れていくのもありだと思うが、その効果はあるだろうか? 僕は今日ここまで見てきて、女性の嘘を見抜く力には自信がなくなってきている。
「そ、そうかぁ……」
ハイロは僕の言葉に、眉を下げて開けた口を歪める。声のトーンも若干下がった。
間違いなく、僕が合流したことを残念に思っている。その表情を見て決めた。
よし、連れていこう。どんなことになっても。
メルティの方へと向き直る。こちらは態度が変わらず、しかし少しからかうような笑顔が混じっていた。
「メルティ様。お送りいたします。どうかこの辺で、お帰りになられますよう」
「でもー、まだそんな時間ではー」
当然のように、変わらぬ調子でメルティは拒む。僕の突然の進言だ。拒むのは自然な行動だろう。
「こんな時間だからです。行き先を示すのは以ての外という言葉、撤回いたします。お帰りにならなければ、メルティ様のお命が危ない」
「貴方が守ると……」
「その言葉、本意でしょうか?」
僕が守るのだから、大丈夫。恐らくそう続けようとした言葉。それを遮るように僕が問いかけると、メルティは黙った。
そう、昼間一番街を出るときにもメルティは言っていた。
『竜を殺した貴方であれば、問題はないでしょう』と、僕を信頼するような言葉を吐いていた。
だが、それを信じてはいないだろう。レヴィンの言葉、《魅了》の力と共に放たれた言葉は、洗脳に近い。オトフシですら影響を受けた魔法は、恐らくメルティにも防ぐことは出来ない。
つまりメルティは、レヴィンの僕を貶める言葉を、ソーニャ以上に直接受け取っていたということだ。
だから、あの言葉の意図は信頼ではない。
僕を焚き付け、より危険な場所へと自らが移動するための、当てつけだった。
一応、ソーニャと同じくギルド職員の話を聞いて考えを改めたという可能性も残ってはいた。
しかしその場合、僕が今尋ねた言葉には黙らない。不審な動作などもなく、すんなりと肯定したはずだ。そうしたら、僕もそれなりの対応を続けたのに。
ソーニャは頭が回る。この問いかけだけで、多少の事情はもう把握したらしい。
一歩踏み出し、僕より前へと出る。その一歩は小さく、顔の血の気が少し引いて見えた。
「メルティ様。カラス殿の進言通りです。……戻りましょう」
「ソーニャまでー、どういうことですのー?」
不思議そうにメルティは首を傾げる。見た感じであれば、本当に楽しい外出を邪魔されたという様子。
けれど、手袋を外していたおかげで見えた掌。それを見れば、それとも少し違うと思う。そこに浮かぶ汗は、焦りの汗だ。
「え、ちょ、メルティさん嫌がってんじゃん。もうちょっとなんとかならねえの?」
「なりません」
少しだけ予想していたハイロの抗議。それを、一顧だにせず切り捨てる。
「ハイロ様にまだ連れてってもらっていないところもー……」
「そうですね。また、全部片付き安全になった道であれば、来ていただいても構わないと思います」
無防備な態度。いや、無防備なのは態度だけではない、その行動も今は制限しなければ。
「ですけれど、今は駄目です。このままでは、メルティ様のお命が危ない」
「しかし、それではー……」
「堂々巡りを繰り返すおつもりでしょうか?」
またも遮ると黙る。不敬な行動を繰り返しているが、まあいいと思う。ここまでイレギュラーの入った護衛依頼だ。メルティの命を優先させて、他の優先順位を下げる。間違いではあるまい。
そう、命以外の優先順位を下げる。そのために、色々と見逃すのも間違いではないと思いたい。
「……、走って……!!」
突然の行動だった。
ハイロが、言い淀んだメルティの腕を掴んで走り出す。
僕やソーニャの手が伸びないような一瞬を狙って行動を起こす。要は、姫様をひったくられた。昔取った杵柄だろう、見事な手際だった。
その駆けだしていくハイロたちを見送り、僕は溜息を吐く。乾いた笑いが出た。
「……普通に誘拐犯だし……」
「メルティ様!!」
駆けだそうとするソーニャの肩を僕は止める。急ブレーキをかけるように止まったソーニャが、後ろに仰け反った。
「お姫様はお任せください。それと、私の旧友の行動も許していただければ嬉しいのですが……まあ、それはあとで。それよりも、ソーニャ様にしていただきたいことが」
「こんなときに何を……!」
「先ほどの笛を使い、一番街の方へ連絡をお願いします。すぐに帰ると」
見逃した代金として、ハイロには少し役に立ってもらわなければ。
「しかし……、メルティ様は今……!!」
「すぐに追いつきます。ソーニャ様は安心して、先触れを出しておいていただければ」
返事を聞かず、僕も駆けだす。建物を蹴って上空から見れば、二人連れ立っての逃避行。
ワンピースのロングスカート部が足に引っかかりもつれて転びそうになるメルティと、それを支えながら逃走経路を必死に考えるハイロの姿だった。
二人ともに、僕の魔力圏内。見失う要素はない。
ハイロの逃走もちょうどいい。姫様を無理やり回収する口実も作れた。
護衛として、喉元に迫る刃もついでに何とかしておこうか。
ハイロは勘違いをしているかもしれない。だがこれは、鬼ごっこではないのだ。




