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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
姫様の休日

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誘蛾灯

 




「(しかし、本当に不思議な感じだな)」

「……あまり僕から離れますと、効果が及びませんのでご注意を」

 物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回し、通行人の前で立ち止まろうとしてはしげしげと観察する。そんな、なんというか、少しはしゃいだ様子のソーニャに、僕はそう言った。

 実際、僕一人を覆うよりも光を屈折させるための範囲は大きい。僕一人であれば目の前まで近づいても何も違和感は無いだろうが、ソーニャと二人でいる場合はあまり近づくと景色が歪んでバレる。ソーニャが周囲を見られるよう、ソーニャの目に入る分だけ光を作り出しているが、それもあまりに動かれると僕の方の処理が間に合わない。多分、それなりに速い動きをされると景色の方が遅れて見えるだろう。


「それと、声を出しても構いません。音も周囲には漏らしませんので」

「そ、そうか……」

 注意を済ませて、少しだけおとなしくなったソーニャから視線を外し、メルティたちに目を戻す。そこには、キャッキャとはしゃぎながら歩く二人の姿があった。



「次はー、どんなところへご案内くださるのかしら?」

「……ええっとですね、はい!」

 メルティよりも増して、ハイロの声は明るく少し上ずっている。これはあれか、人数が減ったから緊張しているのか。

 先ほどまではソーニャもいたし、照れ隠しにそちらを見ればよかったけれど、今は違う。メルティか、それ以外。そのどちらかを見なければならず、そしてあまりにも一緒にいるメルティを見ないのも不自然だ。

 そして……。

「……どうかなさいました?」

「い、いえ! そうですね、メルティ様は武器などに興味は……?」

「武器ですかー? いえ、私あまりそういった経験ありませんの。一度見てはみたいですねー」

「でしたら、服飾品の武具を扱う店がこの先にありますれば……」

 メルティの方を向けば、その青い瞳を真正面から見られずに、早口で目を逸らす。動作まで硬くなってきたようで、歩く度に肩が揺れる幅が大きくなってきていた。



 その二人を指さして、僕はソーニャに尋ねる。

「本当に、二人にしてよかったと思いますか?」

 その言葉に、ソーニャは少しだけ目を逸らして、苦笑いを隠しながら答えた。

「……まあ、ハイロ殿はともかく、姫様が楽しんでおられるのであれば、問題ない」

「そうですか」

 ……雇い主がいいと言っているのならばまあいいけれど。

 しかし、そうも言っていられない気がする。


 ここ職人街は鍛冶職人などが多い関係上、よく言えば豪快な、悪く言えば荒々しい男たちが多い。火に囲まれて暑く、金槌を振るう音が響く環境の中で働くためだ。大きな声を出す必要があるし、筋力も必要な仕事なのでそれは仕方ない。

 それに別に彼ら自体は悪い人ではないし、そもそも鍛冶職人以外も彫金を行う者や裁縫を行う者など、そうでない者たちもいる。


 だが、豪快な男たちの中に混ざるのは、豪快な者たちだけではない。悪く言った場合の、荒々しい男たち。環境がそうさせたのか、元の性格がそうだったのか、それはわからないが豪快な者たちを隠れ蓑とする男たちが往々にして存在するのだ。


「でもやはり、二人にして失敗だったと思いますよ」

「……何故だ?」

 道に面している建物には、商店ではなく鍛冶場のようなものもある。職人たちが大槌を振るい、熱した金属を金床で叩く。ひと段落したら座り、水を飲んで休憩する。肩に掛けた手拭いで汗を拭い、世間話に花を咲かせている。

 休憩中の職人。楽しそうで何よりだ。納得のいく商品を作り、いい汗をかいて、満足感に浸りながら次の作業のために鋭意を養う。そんな、どこにでもいる普通の職人たち。


 温厚な者はどこにでもいる。粗暴な者も、どこにでも。

 そして、疎外されやすい粗暴な者も、ここであれば存在を許されているのだ。

 豪快と粗暴。両者の見分けは一見では難しい。

 どこにでもいる普通の職人の中に、普通の職人でない者が混ざっていてもわかるまい。



「よう、兄ちゃん。おめかししてご機嫌じゃねえか」

「……え、は?」

 休憩中だった鍛冶職人が二人ほど立ち上がり、ハイロとそしてメルティに歩み寄る。ハイロに声を掛けたのはもののついでだろう。その目は、メルティの観察に忙しそうだった。

「かわいい嬢ちゃん、何か探してんのか? 俺らぁここらじゃ顔なんだよ、力になってやるぜぇ」

「あらー、そうですか? でしたら、この辺で……」

「いやいやいやいや、ちょっと! すみません!!」

 明らかに、言葉通りの意味ではないだろう男の言葉に普通に答えようとしたメルティをハイロが止める。そして、男たちとの間に割って入ると、両手を胸の前に出して拒絶の意を表した。

「すみません、彼女は俺が案内中なので……」

「あ?」

 少し掠れた声で、一人の男がハイロに凄む。ハイロの身が固くなったのが見えた。

「いえ、ですから……」

「生っちょろいお兄さんはどいててくんねえかな」

 ハイロの方に、手がかけられる。少し押しのけただけで、ハイロが簡単に動かされた。……そこまで委縮することないだろうに。

「なあなあ嬢ちゃん、こんなひょろいあんちゃん置いてさ、俺らと遊ばねぇ? 俺ら、ここら詳しいよ?」

「でもー、ハイロさんもお詳しいようで……」

「いいからさ、おら、大人しく……」

「やめろ……ください」

 今度はメルティの肩に手を掛けようとした男。その男の手をハイロが掴むと、そう毅然として言った。


「すみませんが、彼女は俺が案内中なので……」

「ああ!?」


 いきなり男の声が大きくなる。今まではそんなに注目を浴びてもいなかったが、それだけで往来の人の目がハイロたちに集まった。

「俺ら、優しく言ってんのよ? 兄ちゃんが優しいのはわかったけど、この辺のことなんか知らねえでしょ? そんなに俺らの言ってることわかりづらい?」

「ですから……」

「嬢ちゃんは俺らが案内すっから、早くお前は帰れつってんだよ!」

 あくまでも冷静に言い返そうとするハイロを委縮させるような大きな声。粗暴な者。


 こいつらは、以前僕らが襲われた時と何にも変わっていないのだ。



「……くっ……!」

「ね? だから、二人にしない方が良いんですよ。先ほどまでは一応四人でしたし、子供の僕でもそれなりに人避けにはなってたんです。しかし、それが消えて、しかもメルティ様は見目麗しいお方。華美な装飾などなくとも、人を寄せ付けてしまいます」

 女性の容姿を褒めるのは、どんな小さなことでも歯が浮く気分だ。凄く言いづらい。

「カラス殿! そんな落ち着いている場合では……!」

「まあ、その通りなんですが……」

 そう、今まさに護衛対象の危機だ。落ち着いている場合などではなく、すぐに姿を現して駆け付けるべきだろう。というか、ソーニャも早く駆け寄っていくべきなのだが、危機感が足りないというかなんというか……。

 まあ、その辺りは責めることは出来ない。駆け寄っていかないのは僕も同じ。

 ……護衛任務に色々と付け足された上、メルティから引き離された意趣返しとしてはこれくらいでいいだろう。もとより、傷つける気はない。


「しかし、このまま見ていてもいいと思いますよ」

「何を……!」

 ソーニャを言葉で制し、ハイロたちを見守る。いや、手出しをする気はあるのだが、その必要もない気がする。

 オトフシは言っていた。『護衛対象が守れているのであれば、他はどうでもいい』と。

 先ほどまでは、そういった『護衛』をする気はなかったのだが。


 ここまで味方からも邪魔をされているのだ。少しばかり考え方を変えようと思う。

 護衛対象を守るのに、今回僕の手は多分必要ないのだ。


 ……ですよねえ? ハイロ。




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