外野からの提案
店を出て歩き出す。
店の中にいた時から確認していたが、改めて見ても周囲に異常はなく、姫様方の歩みを止める必要はない。親し気にハイロに話しかけるメルティと、それにニヤケて応えるハイロ。無表情に近い気を張った表情で周囲を気にしているソーニャ。僕がおらずとも大丈夫そうな光景に、気が緩みそうになるのを必死で抑えていた。
「次はー、どこへ行きましょう?」
「ええっとですね……」
メルティの質問に、鼻の下をこすりながらハイロが悩む。
「どんなところがいいでしょうか?」
「何かー、綺麗なものが見たいですー」
また漠然としたリクエスト。こういうものに答えられるハイロは、まあ少し見直せる。
「だったら……、いや、ちょっと待って」
しかしハイロは少し悩み、それから僕の方を見て顔が少し明るくした。そして僕へと駆け寄ってくると、肩を抱く。顔を寄せてひそひそと話すのは、隠し事などにはあからさますぎて向いていないと思うのだが。
「なあ、カラス!」
「視界がとれないので、とりあえず離れてくれます?」
左後ろがハイロのせいで潰れている。確認出来ないわけではないが、視界が無いよりはあった方が良い。
「ああ、悪い……じゃなくてさ……!」
少し離れたが、それでもひそひそ話は出来る範囲だ。ソーニャのように唇だけで話せれば楽なのに。
「お前、どんなところがいい?」
「……僕の意見を聞く必要はないでしょう」
今、メルティのリクエストを受けたばかりだろう。それに、僕が行きたい場所などあるわけないのに。強いて挙げればもう帰りたい。
メルティの方を確認すれば、何処へ案内してもらえるのかと目を輝かせて待っていた。ハイロも一応役には立っているのだ。ここで僕の意見を混ぜて、盛り下げることもあるまい。
だが、ハイロは苦笑しながら続けた。
「いや、だって、さっきお前もソーニャさんと仲良さげに話してたじゃん? やっぱ、お前もあの人とどっか二人きりになれたほうが……」
「勘違いですね。そんな色気のある話は一切しておりません」
何を言うのかと思えばそれか。仲良さげとは、いったい何を見ていたんだろうか。
「嘘つけ! こう、額をつんって突いたりとか、何かやってただろ」
「……ああ……」
根拠はそれだったか。というか、そんな風に見えていたのか。
そもそも、身長差も年齢差もあるだろうに。これはあれだろうか。願望の表れというもの。
「仕事上必要だったので」
「そんなの必要かよ?」
ニマニマとした笑いが少し不快になってきた。
「……それでしたら、むしろメルティ様と二人きりになれたほうがいいですね。その方が都合良いですし」
嫌がらせも込めて、僕はそう言い放つ。右奥の壁に武装した男が二人……襲撃の気配はなし、と。
……メルティと二人きりになれたほうが都合がいいのは本当だ。ソーニャはシロだった。けれど、メルティの脳はまだ調べていない。彼女の方も一応確認はしておきたいし、それには二人になって話せた方が上手くいくだろう。
そしてこの言葉で、ハイロの笑いが消えるのも予想済みだ。
「あ、いや、それは……」
「そもそも護衛なので、メルティ様から離れるわけにはいきません。どうか、僕のことは気にせずどうぞ」
しどろもどろになるハイロを突き放すように、少し早足になる。本当に、他人の色恋沙汰などつまらないものだ。少しだけ、溜息を吐いた。
「ハイロ様ー?」
「え、ああ! はい! っと、次はですね……」
メルティに話しかけられ、次の店の案内をハイロは始める。それでいいのだ。案内以上のことは今求めてはいない。少々上から目線だが、仕事の邪魔にもなり得る行為をされるわけにはいかない。僕が許可したわけではないのだから。
それからもしばらく店を見て回り……。
「そういえば、今夜の宿などは……?」
五番街を歩きながら、ハイロがメルティに問いかける。半刻ごとになる時計鐘もまた二回程鳴り、ウィンドウショッピングもひと段落した。昼も過ぎて、少々メルティにも疲れが見え始めた。歩幅が小さくなり、少し口数も少なくなった。今から遅い昼ご飯となる。まだ、何処に行くのかも決まってはいないが。
ハイロの質問に、睨むようにしながらソーニャが口を開く。仕事熱心だからだろうし、睨んではいないんだろうが少し怖い。
「教えられません」
「私はー、一番……」
「メルティ様」
答えようとしたメルティの言葉をソーニャが遮った。本来は失礼なことだろうが、今回は仕方のないことなのだろう。というか、ハイロの方が不躾だ。
「……すいません」
僕が謝るようなことではない気がするが、一応謝る。それを聞いてソーニャはハイロを今度は本当に睨むと、聞こえるように溜息を吐いた。メルティもだが、ソーニャも少し疲れてきたらしい。
「ハイロさん、とりあえず、何処か休めそうな所へ早くいきましょう」
「お、おお」
雰囲気が少し悪くなったのを察したハイロが、縋るような目で僕を見る。雰囲気についてメルティが何とも思っていなさそうなのが少々気になったが、それは無視してハイロの案内に付き従った。
「お、美味ひぃですうぅ……!」
柑橘系の飲み物と饅頭を口の中に詰め込んで、メルティは唸る。ここは記憶に新しい、エウリューケに相談をした店だ。あの時は適当に選んだが、それなりに評価の高い店だったらしい。ハイロに案内されてこの店に着いた時には、少しだけ驚いた。
「メルティ様、あまり詰め込まれますと……」
「だって、もう、ソーニャも食べてごらんなさい。はい、あーん」
ちぎった饅頭を、メルティがソーニャの口に詰め込む。それを羨ましそうにハイロが見ていたが、それは今どうでもいいだろう。
ちなみに、口に入るものは全て僕が検査済みだ。ルルの時とは違い、毒見できないのが残念ではあったが、まあ普通に食べられるからそれは別にいい。見た目は、後ろに控えた状態で饅頭を齧っている下男だが、行儀が悪いということを除けば問題はあるまい。
僕が食べているのは、固い皮で赤茄子と胡桃を包んだ饅頭だ。メルティと違うのを頼むわけにはいかないので、メルティも同じものだが。
……しかし、そんなに美味しいものだろうか? いや、美味しいは美味しい。けれども、普段豪華な食事を食べ慣れているメルティが、これで喜ぶとはあまり思えない。肉体労働者向けなのだろう。しょっぱすぎない程度には塩分が強めで、味が濃い。とてもではないが、素材の味を生かすとかそういう類のものではない。
「お、俺……じゃない私たちも仕事でこちらに来るとここで食べるんですよ。気に入っていただけたようで……」
「ええ、はいー。とても美味しゅうございますねー。いつも食べてるのは、なんかこう手の込んだものが多くてー」
「……ええと、そうなんですか?」
「もう、本当に! 何でお皿の音を立てただけで怒られなくてはなりませんのー?」
泣き真似をするようにしながら、メルティはソーニャをちらりと見る。それを、ソーニャは無表情で流した。その、怒っているのが誰かがすぐにわかる動作だ。
まあ、言っていることはわかる。ルルたちの会食は僕にはとても窮屈そうに見えたし、その後実際に高級なところで食べた時には、本当に窮屈だった。
しかし、と僕は考える。
それは、王族であれば当然身に着けているべきスキルなのではないだろうか?
またも覚えた、若干の違和感。別にそれがどうというわけではない。ただ単に苦手。そういう人もいるだろう。それを考えると、平民だったにもかかわらず数日間で様になっていたルルは本当に凄い。そう感心するばかりだ。
視界の端で、ふとソーニャがほほ笑む。今日初めて見たくらいの、優し気な笑み。一瞬だが、確かにそれは見えた。
それを見た少しの驚きに、ソーニャを見れば向こうもそれに気が付く。そして、メルティたちから口元を隠したソーニャは、僕に向けて無音で言葉を発する。
「(カラス殿)」
「(……何か?)」
僕も応える。元々メルティからは見えない位置だが、他人から見て不自然でないように、さりげなく僕も口元を隠して。
「(先ほどの貴殿の隠形を前提に、一つ提案があるのだが)」
「(提案?)」
何となく、優しげな雰囲気のままソーニャが続ける。やはり、無表情が僅かに崩れていた。
そして、少し迷ったような表情の後、とんでもないことを口にする。
「(メルティ様とハイロ殿、二人きりにさせてやれないだろうか?)」
「(何ですと?)」
思わず素で答えてしまった僕。それを気にすることなく、ソーニャは一度ハイロたちを見回した。
記念すべき300話……!
しかし、作者が直前まで気づかなかった(というか、教えてもらうまで気にしてなかった)ので、何もなしです……無念……。




