閑話:秘めた心
陽はまだ沈まない。
だが、もうすぐ夜が来る。暗殺者にとって縄張りにも等しい闇が、もうすぐ奴らに訪れる。
騎士たちは姫の下へは行かない。当たり前だ。そんなもの、今から殺される女のところに送って何になる。
空を見上げる。そこには雲と、そして抜けるような空。
その空に透かすように、私は父親の顔を思い出す。
決して忘れてはなるものか。
民のために立ち上がった父は、二つに分かれて土中に埋められた。
おいたわしや。私の立場など一切の考慮に入らず、ただ冷酷に地面の下に埋められた。
民の血肉たる実りを奪い、奢侈の限りを尽くし安穏としていた姫は、そのことなど知らぬだろう。
花や蝶やと育てられてきた姫君。かわいいかわいい姫君は、私の胸の内など知らぬだろう。
知らぬだろう。
その笑顔がどれほど民を苦しめてきたのか。
その笑顔を作るのに、民がどれだけ苦しめられてきたのか。
その笑顔に、どれだけ私が苦しめられてきたのか。
甘いお菓子をねだり、一口食べて捨てた様は、どれだけ憎かったことか。
その甘いお菓子を食べられぬ民がそれを見てどう思うか。私がそれを考えただけでどれほど胸が痛んだのか。
知らぬだろう。
優しい世界へ生まれ、優しさに包まれて生きてこられたあの女には、生涯わからないだろう。
だが、その生涯も今日で終わる。
かつての仲間への手引きも終わり、あとは結果を待つだけだ。
可哀そうな姫様。その唇はもはや菓子を食べることもなく、その耳は美しい音楽を聴くこともない。
父様、今敵を討ちます。
孝行も出来ない娘だったけれど、これで少しは役に立てたでしょうか。
そして、姫様。私の恩情で付けた護衛は役に立っていますでしょうか。
なんて私は優しいのだろう。これだけ憎く思っている女に、護衛が付くように仕向けて差し上げるなんて。
そう、この街イラインはあの男の活動拠点だ。忌々しい。竜殺し、そして<狐砕き>のカラス。
護衛対象の姫様の死は、奴にとって大きな損害となるだろう。いいや、それだけでは足りない。姫もろとも死んでしまえばいいのだ。
レヴィン様の腕に大きな傷をつけ、奪った。そのような蛮行を、許しておくことなど到底出来るはずがない。
もうすぐ夜が来る。
警護のカラスの気が緩み、姫様を狙う絶好の機会がもうすぐ訪れます。
レヴィン様。
たとえどのようなことになっても、かの怨敵は痛い目を見るでしょう。
どうか、またお会いした時には、褒めてくださると嬉しいです。
注:この話ではフーダニットは出来ません




