変装
「申し訳ありませんが、メルティ様をご案内できるような場所は存じ上げません」
仕方ない。答えに窮する質問には答えない。というか、言葉に出してから気が付いたが、もっといい断り文句があったじゃないか。
不快そうに僅かに眉を顰めたメルティに向かって、努めて笑顔で言う。
「それに、私は警護を請け負う身。お嬢様方へ行き先を示すなど以ての外でございます」
「……」
不満げな顔をされても困る。
街の案内は僕の領分ではないし、そもそも街での買い物を楽しんだこともないので、出来ない。女性の買い物に付き合うのは、僕には向いていないということもあるが。
「……それではメルティ様、このまま東側から一番街を出て、とりあえず五番街に向かいましょうか」
とりなすように、ソーニャがしずしずと目的地を示す。僕に聞くよりも、ずっとその方がいいだろう。
「五番街というとー、職人たちが揃ってるところでしたかー?」
「はい。一番街にあるような華美なものではなく、もう少し実用的なものとなりますが……」
「まあ、それでいいですわー」
僕を顧みることなく、メルティは歩き出す。行き先が決まり、少しだけ機嫌が回復したようで、足取りは若干軽くなっていた。
しかし、そこで一つ問題が生じた。
「カラス殿、意見をお聞きしたい」
ソーニャが、僕に向かって質問を投げかけてくる。その前に何度か自らの衣服を触っていたので、それ関連の疑問だろう。その問題は明白だった。
「はい。そちらの服では目立つでしょうね。豪華な衣装では、鉄は打てませんから」
だから、質問が来る前に答える。実際には鉄を打つような人間ばかりではないが、それでもやはり貴族の着るような仕立ての良い服では周りから浮いてしまうだろう。
「……貸衣装屋などはこの近くにあるだろうか?」
「ありますけれど……」
僕は言い淀む。
貸衣装屋はある。オルガさんとの会食や、オークションの時に使った衣装屋が。けれど、そこでは今回の目的にはそぐわない。
「あることにはありますが、この辺りにあるのは、平服を預かって礼服を貸し出す店ですね。平服を貸し出すような店はないかと」
「もうー、服なんかどうでもいいではありませんか」
プクーと片頬を膨らませて、メルティは僕とソーニャの会話に割り込んできた。
たしかに、いつどこでどんな服を着ていようが僕には関係ない。だが、今僕は警護中なのだ。
警護対象者の危険は、警告すべきだろう。
「周囲から浮いている服というのは、それだけで目を引きます。砂利の中に宝石を混ぜてもすぐに見つけられるように、あなた方も目立つことになるでしょう。貴方たちに危害を加えようとしている者にとっては、夜道の松明のように見えてしまうのではないでしょうか」
その、危害を加えようとしている者というのがどんな者かは知らない。
本当はそんなものいないのかもしれないし、今まさに虎視眈々と一番街の外で待ち構えているのかもしれない。
「だからこそー、貴方がいるのではないですか」
「その通りです。しかし、この忠告も僕の職責です」
ソーニャは微かに頷いて、メルティは意味が分からないというように眉を顰めた。
「ここ一番街の出入りは、一応制限されております。あからさまな不審人物が紛れ込まないように、出入り口には衛兵が立っている。なので、一番街を出た途端に危険性が跳ね上がるとお心得ください。勿論守りきりは致しますが、何か事は起きてもおかしくはなくなると……」
「しかし、〈狐砕き〉。そして竜を殺した貴方であれば、問題はないでしょうー?」
「けれど、無用に危険を冒すのはお止めください」
守る。それは僕の仕事だから当然だろう。だが殊更に危険に踏み込むことはない。
「では、五番街でまず衣装を買いましょう。そちらで着替えて、……」
少しだけ険悪な雰囲気になりそうだった空気を裂くように、ソーニャがそう口に出す。今の僕にはなかなか口に出せないことなので、そういう建設的なことを言ってくれる人は大変助かる。
その意見は途中で止まり、それから僕を見た。少しだけ申し訳なさそうに眉を下げたその顔。……言いたいことは大体わかった。
「カラス殿、荷物持ちをさせて申し訳ないが……」
「問題ありません」
脱いだ服などを持ってほしいということだろう。それくらいは別に構わない。両手がふさがらなければどうとでもなるだろうし、いざとなれば投げ捨てる。
「しかし、五番街では服は買えません。あるにはありますが、メルティ様たちが着るのにはそぐわないようなものばかりだと思います」
以前僕が服を探しにきたときもそうだったが、平服など売っていない。
売っているのは、体を保護するための防具が主だ。ちなみにあの後知ったことだが、鎧などのほかに作業着なども売っている店があるそうだ。
それはともかく、平服を売っている店などない。
「では、どうすれば……?」
「……まずこのまま南に抜けて、住宅街の二番街に行きましょう、そちらなら、普段遣いの服もあるかと」
基本的に、イラインの住宅街は数が若いほど高級志向になっていく。二番街は、商人や富豪たちの多く暮らす街。そちらならば、ちょうどいい感じに衣装を格落ちさせられるだろう。多分。
「うーん、わかりましたー」
「……差し出がましい真似をして、申し訳ありません」
ここにきて、一応頭を下げておく。先ほど言った、『護衛は行き先に口出ししない』という言葉を今は無視しているのだ。自縄自縛だが、まあいいだろう。
「では、いきましょうー」
ゆっくりと歩き出す。いきなり行き先が変わったことについてはとくに問題ないのか、メルティは機嫌よく、鼻歌まで歌いだしていた。
二番街の服屋。
そこには思った通り、それなりの服が並んでいる。一番街のようにゆとりある展示ではなく、棚に所狭しと吊るされている服は、それだけで一番街と格が違うことが読み取れた。
「では、着替えましょー」
適当に、それでも楽しそうにメルティは服を選ぶ。途中幾度も、『どっちがいい』とまた質問が飛んできたが、今度は適当に躱すことが出来た。基本的に、右手に好みのものを持って僕に聞いてくる。それがわかれば、容易いことだった。
選んでいる最中、今気が付いたかのようにソーニャが僕に静かに話しかけてきた。
「必要経費ということで、カラス殿も着替えていただいて構わないが……?」
「結構です。……いえ、そうですね、僕は外套を脱げば済むので……」
そういえば、僕も変装が必要か。黒いローブを纏った少年。それだけで、一応僕だとわかる者もいるだろう。一番街では平服の方がそぐわなかったのと、着替える暇が無かったからそのままだったが、僕も着替えておこう。
「あと……、店主さん、これ頂きます」
壁に掛けられていた深緑色の帽子。キャスケットといっただろうか? つばが狭く、上が大きな形のそれを手に取り、くるくると回す。僕が普段被らない。それだけで、変装の効果はあるだろう。
「はいよ! 銅貨三枚だ!」
「……では……」
懐に手を入れたソーニャを制し、僕は背嚢から銅貨を取り出す。
「私の報酬はもう決まっておりますので」
必要経費という話など、依頼を受けるときに出てはいなかった。そういう話は先にしておかなければトラブルのもと。だから、これは僕がプライベートで買ったものだ。そういうことでいいだろう。
「しかし……」
それでもソーニャは食い下がろうとする。その後ろから、ちょうどタイミングよく声がかかった。
「ソーニャ、着替えを手伝ってくださいませー」
「……! はい! ただいま!」
更衣室の方の安全はすでに確認済みだ。
僕は、駆けてゆくソーニャを眺めながら、周囲の警戒に戻る
「……あれ? カラス?」
そんな僕に歩み寄ってくる影。しかも、僕の名前を呼びながら。
魔力を展開し、更衣室の周囲を覆う。侵入出来ないように障壁を張りつつ、振り返った。




