小さな嘘
「まず、敵戦力の把握をしておきたい。レヴィンが使っていた魔法について、お聞きしたいんですが」
「魔法? なんて人によって千差万別よ?」
饅頭を丸のまま口の中に放り込み、エウリューケは片頬を膨らませる。噛みちぎったりしないのかこの人。
「あいつが使っていた魔法は『勇者が作ろうと考えていた魔法』らしいんです。僕の持っている英雄譚には書いてありませんでしたので……」
上等魔術師。下から四つ目、上から三つ目の階級だったか。それならば、グスタフさんが手に入れられなかった内部文書にも少しは触れられるのではないか。そう思ったからの問いだったが、エウリューケは口を動かすことすらやめて腕を組んで俯いた。
「うーんと、ちょい待ちーな。名前とかわからん?」
「……たしか、……《弾丸》とかそんな名前でしたが」
僕は指鉄砲を作り、ジェスチャーを加えながらそう答える。
レヴィン本人がわざとらしく叫んでいた名前。たしかそんな感じだった。
「現象は? どんなん?」
「横にいた仲間の話では、灼けた鉄を撃ちだす魔法とか」
撃ちだされたのは銃弾だったが、それだけなのだろうか。そもそもどんな魔法だったのか。聞いておいても損はない。
「灼けた、鉄……ねぇ……」
何度も頷き、それからエウリューケは懐に手を突っ込む。ごそごそと探り、それから引き出されたのは、ハードカバーのような加工を施された黒く分厚い手帳だった。
それをパラパラと捲りながら、エウリューケは上下左右に目を走らせていった。中にちらりと見える文句を考えるに、これは魔術ギルドで使っていた教本だろうか。
しかし、治療師が使っていた手書きの写本と比べても紙は薄く、字は細かい。製本の技術も高そうだ。
僕が内心褒めていると、エウリューケは絞り出すように言葉を吐き出す。
「いや、勇者がいろいろと考えてたってのはあるんよ。でも、あたしゃあ、そんなの覚えてないですわね」
「……無い、ですか?」
「そうね、そういってもいいかもね」
パタン、と手帳が勢いよく閉じられる。自信ありげに言い切ったその姿は、到底疑えるものではない。
「エウリューケさんでも触れられなかった禁術とか……」
「あたしを舐めんなさんな。あたしゃあ特等魔術師長が触れられる歴史上全魔法の資料を盗……借りて見てたんですぜ? そこにも載ってないってこたぁ、禁忌級の禁忌よ。《形質崩壊》やら《天落》やら、そんなもんよりも上ってこと。ありえねえなぁ」
やはり、自信満々に、鼻息荒く僕の言葉を否定する。ならば、どうして。
「それに、もしもそんな禁術があったとして、そのレヴィンとやらはそれをどうやって知ったってのさ?」
「……それも、そうですね」
そうだ。仮にその特等魔術師長とやらが触れられないほどの魔法があったとして、それをレヴィンが知れるとは思えない。考慮くらいはされるかもしれないが、貴族の力はギルドまでは及ばないだろう。グラニーが貴族と知った後まで、探索ギルドが僕を庇ったように。
ならば、何故。
「そもそも禁術になるってのは、それなりの理由がある。さっき出した例でいえば、体を直接作り変えるだとか、周囲の被害が尋常じゃないものだとか。その、灼けた鉄を撃ちだすくらいならそんな隠匿すらされないんじゃない?」
「人が見えない速度で撃ちだされても、ですか?」
「その程度、ちゃんちゃらおかしいわい」
饅頭を半分だけ口で毟り取り、はみ出た分を押し込むようにエウリューケは上を向いて口の中に詰め込む。なんというか、見た目は無理やり餌を押し込まれている鳥のようだ。
「では、どこから……」
エウリューケが持っている資料には、その魔法は存在しなかった。そして、それはつまり魔術ギルドも把握していないということだという。
『勇者が考えていた』というグラニーの情報、そして、『そんなものなどない』というエウリューケからの情報。それらを統合すると、二つの可能性が浮かぶ。
勇者の旅の手記、その中に書かれていたのに魔術ギルドが把握していない? 勇者の手記には失われた部分があって、そしてレヴィンはそれを持っている?
そのどちらであっても、この際どうでもいい気がする。詳しい効果はわからずとも、『銃を使う』ということ自体はわかっているのだから。
しかし、何故だろうか。
僕はこの情報を無視できない気がする。無視してはいけない気がする。
「そういえば、もう一つあったらしいねー。なんかー、物をビュンッって消してパッ! と出すやつ!」
言葉に合わせてエウリューケが手を開閉させる。《保管庫》とかいう魔法だったか。
「ええ、はい。《保管庫》とかいうらしいですが……」
「そういえばそれも知らな……! ……!!」
言いながら、口の中の饅頭を飲み込もうとして目を白黒させる。喉に詰まったらしい。腰から竹の水筒を出して一気に口の中に注ぎ入れ、それでも飲み込めないのか手足をばたつかせるその仕草はやはり鶏のようだ。
「……大丈夫ですか?」
話しかけている僕も悪いのだが、もう少し丁寧に食べればそんなことにならないのに。
「死ぬかと思ったじぇえ……」
ようやく飲み込み、青い顔で深呼吸を繰り返すエウリューケを横目に、僕は考える。
レヴィンの魔法が正体不明のものとなった。
いや、実際使っている姿を見ている。それは確かに灼けた鉄、銃弾を撃ちだす魔法で、そして瞬時に物を見えない場所に格納できる魔法だ。しかし、その出自をレヴィンは隠していた。
勇者が考えていた、というのが嘘?
いや、そこに嘘を吐く必要はない。
胸を張って誇ればいいのだ。自分はそんな魔法を考え出し、そして使えるようになったのだと。
無意味な嘘を吐くタイプだろうか。
いや、待て、これに似た状況どこかで、それも最近経験がある。
……情報が足りない。
僕の脳裏に今浮かんだ予想。それが正しいという証拠がない。
もう一つ調べなければいけないことが出来たようだ。
「……ありがとうございました。あとはいくらか頼んでもらって構いません」
銀貨を一枚机に置いて、僕は席を立つ。
「ん? なんだい? よくわかんないけど深刻そうな顔してまあ」
「ええ、ちょっと気になることが出来ました。グスタフさんに資料を頂かないと」
正直、まだいろいろと聞きたいことはある。魔道具について、禁術について。せっかく凄腕の魔術師がいるのだ。その右腕の『研究』とやらも少し気になる。
けれど、今はそれは後回しだ。
魔法を考えたのは誰か。いや、どこの誰なのか。
まずはそれを解き明かさなければ。僕の強化プランはそれが済んでからでいい。
エウリューケは僕が机に置いた硬貨に目をやり、それから両手を上げて小さく跳ねた。
「きゃっほーい! 太っ腹ー!」
「それは今日のお礼も兼ねていますので。それでは」
自分でも、この感情が何なのかわからない。
けれど、石ころ屋へ向かう足は、知らぬ間に早足になっていた。




