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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
抗争

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修練の差

 


「この、馬鹿!!」

 約束の時間のほんの少し前、月野流道場に辿り着いた僕は中からそんな怒号を聞いた。

 何事か、と開かれた門扉から中を覗けば、そこには叱られ頭を下げているバーンと、叱りつけている見覚えのある用務員……? が向かい合って立っていた。


 叱っていた男性は僕に気がつくと、小さく会釈してから小走りで歩み寄ってくる。ちょこちょことした動作全てが小さい感じだ。


 僕の数歩前まで近づくと立ち止まり、今度は深く頭を下げる。

「すいやせん、カラスさん、わざわざご足労頂いて……!」

「ええと、いきなり頭を下げられてもよくわからないので上げてください」

 といっても薄々予想は出来ているが。

 先ほど聞いた名前、恐らくこの人がそうだろう。

「クリス師範代、でしょうか。()()()()()、カラスと申します」

「はい。この度はうちのバーンがご迷惑をおかけしやして……」

 この人が『僕と月野流門人が戦っていた』という証言を作ったクリス師範代その人だろう。レシッドと二人で会ったときは、師範代などと言われるような立場だとは思ってもみなかったが。

 腰が低い態度に誠意は伝わる。だがそれ以上に、何か恐れているような仕草にも見える。……おそらく、グスタフさんを、だ。自分の身内が工作を台無しにしているかもしれないという事実に怯えているのか。


 グスタフさんの声で、『手綱はちゃんと握っとけよ』と聞こえる気がする。多分、そんなようなことを言われるだろう。その後どうなるかはわからないが、それでもいい方向には転がるまい。



 だから一応、惚けて答える。

「比武の申しこみのことでしょうか。月野流は、他流試合を禁じてたり……?」

「いえ、そんなことは……ですけれど……」

 工作をしたことに関しては、一応口には出せまい。バーンの話では、詳しい事情は門人にも話していないはずだ。ではどこまで知っているのか、ということはわからないけれど。

「私はバーンさんに比武を申し込まれて、ここまで来ました。ただそれだけですので、何も謝ることなどないかと」

「ですが……」

「それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、さして不自然ではないでしょう」

 同時に、グスタフさんの方への対応も問題ないと、そう暗に言っておく。

 突っ撥ねることも出来た。だが、受けたのは僕の意志だ。何かあったとして、責任は僕にある。


「ですけれど」

 そしてもう一つ。バーンの責任も示しておかなければ。

 少し離れた場所で直立不動で見ていたバーンのほうを向いて、僕は静かに口を開く。クリス師範代にも聞こえるように、はっきりと。

「『もう一度、月野流からカラスに手合わせを申し込んだ』。その事が知れれば、聞いた人がどう思うのか。そこまでは申し訳ありませんが、どうにもできません」

 

 噂のことを考えるに、架空の野試合の結果は定まっていないのだろう。僕が勝った、いや、月野流の門人が勝った。そのどちらかは想像に任せている。

 しかし、野試合が終わり、もう一度手合わせをしたとしたらどうだろうか。

 人は少なかった、とはいえ探索ギルドでバーンが僕に話しかけたのは何人か見ているだろう。そのことが、広まったら。


 想像がついたようで、バーンの顔が少し青くなった。



「通常、勝った側から再戦を申し込みはしない、ですよね」

「カラスさん、申し訳ありませんが、今日のところはお帰り頂いても……」

「ああ、すいません。こういうことを言いに来たんじゃないんです」

 帰らせようとするクリス師範代を止めるように、僕は両手を胸の前で広げる。


「事情はお聞きしましたか?」

「へ、へえ」

「バーンさんの言っていることもわかります。私に勝って、月野流の力を示したい。そういうことじゃないですか。自分たちが弱いと思われたくない、それは当然の欲求です。むしろ、それが無い流派は弱い」

 自分たちが最強であると誇れないのであれば、他の流派を学ぶべきだ。それが出来ているだけ、月野流に芽はある。


「だから、やりましょう。正論が黙殺されるの、僕大嫌いなんです」


 利益や効率、大人の事情などよりも、もっと優先されることがある。

 正論のもと、バーンは自ら含む周囲のために、それも下馬評で自分たちより強いとされた者に、単身喧嘩を売った。その勇気は尊重されるべきだ。

 その結果どうなるか、まで考えられたらよかったと思うが、それは次の課題にしてほしい。僕が出来ていない以上、何様だとも思うが。



 バーンに向き直り、もう一度尋ねるように確認する。

「北の火災現場近くで僕と野試合をしていたのは、バーンさん。でいいですね?」

「それは、……」

 意味が分からないように口籠るバーンに、クリスが渋い顔をして言った。

「今回の結果が、今世間に流布されている月野流のした野試合の結果になるということでやす」

 あ、っと察した様子でバーンが口を開ける。

 結果が分からない野試合よりは、結果が分かる野試合のほうが信憑性が出る。もう噂になっていることであるので意味はあまり無いだろうが、今ここで試合をする名目にはなるだろう。石ころ屋に向けて今作った名目だが。


「……本来は口に出してはいけないことなんでしょうが……」

 溜息を一つついてから、クリス師範代は僕に向けて冷たい目を向ける。

「私にも迷惑が掛かってるので敢えて言います。貴方、お人よしすぎやす」

「……申し訳ありません、ご迷惑をおかけしまして」

「ただ、そろそろ壁が必要な時期でしたので、そこだけはお礼を申し上げやす」

 静かな会釈。冷たい目は一瞬だけで消えて、見えるのは指導者の顔だ。

「どうか、バーンの意地に付き合ってやってくだせえ。グスタフ爺へは、私からもよしなに伝えやすので」

「いいえ。付き合っていただくのはこちらですので」


 子供の意地に大人が付き合っている。そんな図式に見えるかもしれない。けれど、これは違う。意地を張った子供に、別の子供が追随しただけだ。

「ただ、ご承知でしょうが……この結果でまた僕へ果たし合いなど申し込まれることが無いよう、それだけはお願いします」

「たしかに」

 もう一度頭を下げたあと、クリス師範代はバーンの方へ目を向ける。その目に、バーンも慌てて頭を下げていた。






 それから少しの後、僕とバーンは月野流の道場で向かい合っていた。

 バーンの申し込みでは建物前の路上だったが、流石にそこでは隠蔽できないので、という配慮だ。


 構えるのは、共に木剣。もちろん、通常そこに通すことの出来ない上、使えば簡単に折れてしまうので闘気は使用禁止。そして剣術の試合ということで魔法の使用も不可。

 僕が使っている木剣はいつも使っている鉈と同じ短刀のものだったが、バーンのものは通常の長いもの。決着は体に有効打が一本入るまで。

 以上、全て明らかに僕に不利なルールで固められていた。そもそも魔法使いの僕に肉弾戦をさせるのもどうかと思う。


 だがそれは意図的ではなく、その辺りは全て道場内の取り決めらしい。野試合で成り上がった流派なので、決まりごとはかっちりしているようだ。……路上でのものならば取り決めなどは無いだろうに、これはクリス師範代の弟子への応援だろうか。

 

 僕を見つめるバーン。

 ほぼクリス師範代の手柄ではあるが、ここまでのお膳立てはした。あとは、彼に頑張ってもらうだけだ。勝って、月野流の名誉を取り戻してほしい。


 負ける気もさらさらないが。




 体の前で垂直に剣を立て、やや前かがみ。両手でしっかりと剣を把持しているのは月野流の構えか。

「……!!」

 開始の声もなく、摺り足でバーンが迫る。

 たしか、月野流は鍔迫り合いで押し切るのが強い、とキーチの授業で聞いた気がする。

 瞬間、バーンが加速した。後ろ足で地面を蹴ったのか、前から見ていても全く動きが見えないが、たしかに近づいてきた。

 迫る剣。それを僕も剣で押し留める。

 

 力強い圧迫。僕の腕が軋みを上げる。

「……っ!」

 押しつぶされそうな圧力。石の床の上で滑りそうになる足を踏ん張って支え、押し返そうと力を込め直す。

 だが、その動きを察知したのかバーンの口元が一瞬緩んだ。


 次の瞬間、僕の体に横から力が加わる。

 何かが当たったわけではない。だが、その力に弾き飛ばされそうになり僕はたたらを踏んだ。

 

「よっ…………!」

 とっさに小さく掛け声を上げ、その剣をいなして距離を取る。振り切られて体勢が崩れたバーンは、離れた僕を見て落ち着いて姿勢をまた正した。


「……不思議な剣ですね。鍔迫り合いしている剣から違う方向に力が伝わってきた」

 僕の言葉に、慌てたように視界の端のクリス師範代が震える。だが何も言葉を発さずに口を閉ざすと、力なく膝を叩いた。

「躱されるのは、予想外です」

 静かにそう呟いたバーンは、発声が終わると同時にまた飛び込んでくる。その頭に僕の剣先を合わせるように突き出す、がバーンは器用に剣を引いて合わせると、また鍔迫り合いの形になった。

 いくら月野流が鍔迫り合いが強い流派とはいえ、ここまでこだわるのか。


 今度は思い通りにはさせない。

 体ごと剣を振り、剣をまたいなした後、首に一撃。それで決まるだろう。


 そう思い、力を込めた瞬間、予想だにしないことが起こる。


 手の先、剣の打ち合わせた箇所からメリッと音がする。その音を僕の耳が確認したそのとき、伝わってくる力がふっと抜けた。

 僕に正面からぶつかるように迫るバーン。僕の腕は空を切り、振り切られる。


 何が起きた? バーンを躱し、とっさに状況を確認。すると、どうだろうか。

 カランと石の床に何か落ちた音がする。それも、二つ同時に。


 バーンも僕も、双方ともが驚き目を合わせた。瞬きを何度か繰り返す。

 驚きの事態だ。二人の立っていたその場所に、木剣の折れた先が二つ転げ落ちていた。





「……えーと、この場合どうするんですか?」

 クリス師範代に判断を求める。なんだい、これからってときに。

「武器を失った場合は負けでやすが、……同時でやすから仕切り直し、ですな。新しい木剣を用意しやす」

 クリス師範代はそう言って、壁際の木箱へ横倒しに入っていた木剣を取り出す。そして、その剣を僕とバーンに渡すと、バーンに向かって叱るように言った。

「……実力差を考えれば仕方ないでやすが、二つも使って勝負がつかないのは修業が足りない証拠でやす」

「……申し訳ありません」

 素直に頭を下げたバーン。そして意味ありげにクリス師範代は僕をちらりと見ると、また壁際に戻った。


 二つ。何の話だろうか。

 そうは思ったが、すぐにそれは気が付く。恐らく、技の数だ。

 そして最後の視線を考えれば、その言葉はバーンを叱るというよりも僕に伝えるため。


 流派に伝わる技は、基本的に門人以外には教えない。そんな大層な代物でなかろうが、本来全てが門外不出と言ってもいい。


 しかし基本的な技はどれも似通ってしまうし、人に見られる場所でも使うのである程度広まってしまうものだ。

 だからその分、他者に伝わらない技は全て必殺の技。

 使われる相手は口封じも兼ねて死に至る技。そういうことだ。


 そして、それをバーンは二つ使った。にもかかわらず、僕を仕留めきれなかったからの言葉だろう。だからバーンは素直に謝ったし、そして僕に伝える意味も生まれる。

 

 その意味は色々と浮かぶが、多分今回のは迷惑料だと思う。

 ……本来はどうだかしらないが、もし本当にそうならば律義なことだ。




 もう一度、双方構え直す。

 しかし、二つ。クリス師範代の反応から察するに、鍔迫り合いしている僕を、横に突き飛ばそうとした技。もう一つは、何だろうか。

 とは思ったが、考える必要はなかった。もう一つは、僕とバーンの剣を折ったものだろう。


 僕の口の端に笑みが浮かぶ。

 水天流にも似たような技はある。

 水天流大火の型。それは武器を持った相手を武器ごと破壊するような豪快な動きだ。当然、打ち合わされた武器を壊す技もあり、そしてかつ、打ち合わせた時に自らの武器が壊れないようにする技術も含んでいる。


 僕の剣は折れた。水天流の動きを一切使おうとしていなかった、というのは言い訳になるだろうか。

 だが、相手の武器を壊そうとして自らの武器も壊れる。それは練度が足りない証拠だ。なるほど、本当に修練が足りない。



 構えたバーン。その後ろ足に力が籠められる、が、そこから動き出すまでは待たない。

 僕も踏み込む。体に腕を巻き付けるように、腕をしならせ振りながら。


 カン、という高い音。続けて床からガランという音が鳴る。

 

 反応出来ず、硬直したバーン。

 その腕の先にある木剣は僕の短刀よりもさらに短く、本来鍔があるであろうその位置で切断されていた。


 



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