仲間外れ
「とまあそんなわけで、君たちはしばらく……いや、カラスくんはしばらく待機だ」
「ほいさ」
エウリューケは快活に答える。だがレイトンの言葉は、ほとんど僕に向けられた言葉だった。
「僕だけ、ですか?」
「うん。奴らはしばらく行動を起こさない。探すより、向こうから網にかかるのを待つのが一番効率的だ」
「この手紙が欺瞞で、すぐに騒ぎが起きる、などということはない、と。何故です?」
馬鹿正直に手紙の文面を信じるレイトンではないだろう。
「……奴らがモノケルだけ送ってよこした理由、何故だと思う?」
僕の問いには答えずに、レイトンはそう聞き返す。カウンターに座り、足をプラプラとさせる仕草はなんとなく楽しそうだ。
しかし、『モノケルだけ』の理由など、昨日の話に上がったのに。
「殺されること前提だったから、と昨日」
「そうだね。じゃあそこから一歩進めてみよう。奴が殺されることの利点を挙げてみなよ」
僕の言葉を遮りつつ重ねられた質問。それも聞いた気がする。たしか……。
僕は口を開きかけて止める。
いや、待て。こういう聞き方をするということは、他に何かある。
昨日聞いた話では、ここで講和を持ちかけるための生贄だったはずだ。それの再確認、というわけではないだろう。
「ヒヒ、考えるというのはとてもいいことだよね」
黙った僕を嘲笑うかのように、レイトンはニヤケ顔を崩さない。
少しイラッとするものの、僕に考えが足りないのは事実だ。その辺りは甘んじて受けよう。
だが、何だろうか。
倒されると何か利がある。それを狙って倒されることを前提に彼は送り出された。
それは言い方を変えれば、その『ルチア』とやらによる味方の殺害。その利点とは何だ?
「助言を出すとしたら、ここで必要なのは『殺されてもかまわない理由』じゃなくて『殺されたほうがいい理由』だね」
「殺されたほうがいい、積極的な理由ですか」
つまり、生きていれば不利益がある。もしくは死ねば利益が出る、そんな理由。
「といっても、あいつとは以前に一回会っただけですし……、よく知らないんですが……」
事情を知れば何かわかるのだろうか。それとも、それ以降に何かあっただろうか?
僕がそう続けると、レイトンは少し眉を下げて嘆くように言った。
「"一回会った"。何でそこまで言ってわからないのかな?」
「…………。……あ」
そうだ。何故わからなかったんだろうか。いや、気が付かないほうがおかしいほどのミスだった。
少し顔が赤くなる。今回は完全に僕の負けだ。いや、勝負でも何でもないのだが、それでも初めに気が付いてしかるべき事情だった。
「……顔が知れてますもんね」
「そう。外見と出身しかわからなかった姉妹とも少し違う。あいつはそれなりに有名人だ。王領を堂々と歩けばぼくらに伝わってしまうくらいの。いなくなってくれるに越したことはない」
「でも、それでも陽動など他の用途はあるでしょう」
目立つというのは短所だが、長所でもある。使いどころの問題じゃないのか。
「確かにそれも効果的だ」
ニンマリとレイトンは笑う。先ほどまでのガッカリとした感じは消え去り、優しげな顔で。少し悔しい。
「どこかであいつが無差別に暴れれば、こちらもそれなりの戦力を割かなければならなくなる。その隙に色々と出来たかもしれない。けれども、今回はそれをしなかった。一度きりしか出せない手札なのにね」
確かにそれは、出せばどのみち死んでしまう手札だ。クラリセンで、僕とレイトンがヘレナの命を取り合ったように。
けれど、効果的だとレイトンも認めているのに、それをしない理由まではわからない。
「それは何故でしょうか」
「色々と予想は出来るけれど、ぼくとグスタフの見解としては『まだ機会じゃないから』かな。まだ動けないから、それまでをしのぐためにモノケルを処分しなければならなかった。つまり」
「奴らはしばらく動かない、と」
レイトンの言葉を継いで口に出す。なるほど。僕が待機の理由は理解できた。
「では、エウリューケさんが待機から外された理由は? 僕も何かすることがあるのなら……」
「そこから先は、俺らの仕事だ」
僕が当初の疑問を聞くと、それを遮りグスタフさんが答えた。
「奴らごときにかまけているわけにはいかねえんでな。通常営業だよ」
「……そういうことだね。今回の作戦行動としての命令は、二人とも待機だ。そしてきみは今回の作戦には参加しているけれど、正式にぼくらの事業に参加しているわけじゃない。だから、エウリューケにはやることがある。それだけさ」
グスタフさんも、その言葉に無言で同意していた。
「……そうですか」
確かに僕の立場を明確にしていない以上、これ以上は深入りできないか。いつもはレイトンが僕を巻き込むのに、それが無い今少しの寂しさを感じた。
「きみも久しぶりにイラインに帰ってきたんだ。しばらくゆっくりしていればいいさ」
「いいなー、いいなー」
囃し立てるように後ろでエウリューケが騒ぐ。ピョンピョンと跳ねるその動きに、床が軋んだ。
「どうしてもというなら……」
「おい」
レイトンがポケットに手を入れると、グスタフさんがそれを止める。いつになく険しい声で。
それを怖がるそぶりもなく、レイトンはおどけて両手を上げて、ゆっくりと首を振った。
「……ぼくの抱えてる仕事の一つくらい、と思ったけれど、やはり駄目らしい」
「まあ、そうですね。しばらくゆっくりしているとします。……僕も通常営業をしましょう」
自分がワーカホリックだとは思わないが、やはり何かしていないと落ち着かない。旅行先ではあれだけのんびりできたのに、この街ではその気にならないのが不思議なことだが。
「そういえば」
僕はふと疑問に思う。以前ニクスキーさんから聞いた話であれば、レイトンの『仕事』はグスタフさんと関わらないところでやっているのではなかったか。しれっと普通にいたから不自然に感じなかったが、よく考えてみれば何故石ころ屋に普通に出入りしているのだろうか。
「この店に……」
それを聞こうとして、止まる。よく考えたら、本人達に『仲悪いんじゃないのか』とはなかなか聞けない。
「いえ、この店でレイトンさんを見たのは初めてな気がします」
不自然ながら適当に近い話題を出す。けれども、やはり僕のそんな浅知恵はすぐに見抜かれてしまったようだ。
レイトンはにやっと笑い、グスタフさんを横目で見る。
「ヒヒヒ、光栄に思いなよ。グスタフがぼくを呼ぶのは、きみに関わることだけなんだからね」
「それは、光栄なことなんでしょうか」
繋がらない僕らの会話に、エウリューケは首を何度も傾げて僕らを交互に見ていた。
それからしばらくして。
「さて、僕の通常営業っていったらやっぱりここかな」
誰に聞かれるともなく口に出す。見上げる先は、大きく天を目指す蜥蜴の旗。僕は探索ギルドの前にいた。
会いづらい人はいるものの、レシッドの助言通り前ほどの忌避感は無いようだ。それなりに軽やかに木の扉を開き、中へと入る。明るい屋内に、依頼がびっしりと貼られた掲示板が懐かしい。
そんなに街を離れるわけにはいかないので、受けられる依頼に制限はあるが、それでも何かやることはあるだろう。そう思い、掲示板へと歩み寄る。
だが、やはり僕はここに来ると何か変わったことに遭遇しやすいらしい。
掲示板を見る僕。その僕に歩み寄る、剣を背中に佩いた人影。
少年のようなその風貌を視界の端に捉えて、僕は少し警戒し出方を待った。




