恩返しをされる側
すいません、途中で書きかけの文章消えてしまったので短いです。
「いや、なんかごめんね……」
「気にしないでください」
料理店の店主が、目の前で戸をバタンとやたら大きな音をたてて閉める。口に出してはいないが、その無言の動作に何となく抗議の意志が感じられた。
……それもそうだろう。ろくに料理も頼まない二人組が、テーブルを長時間占拠していたのだ。むしろ、閉店時間まで叩き出さずにおいてくれるなど、温厚な方だと思う。
ジャリジャリとした道を二人で歩く。
イラインなどと比べて明かりの少ない道はどこか頼りなく、店から漏れる明かりが何となく頼もしい。
きっとこうして、誘蛾灯のように客を寄せているのだろう。もはや真夜中になった今、開いている店がどのような類のものかは想像に難くないが。
「なんか、お礼させてよ」
ポツリとリコが呟く。そうして僕の顔を覗き込む笑顔は眩しくて、何故だか僕は目を逸らした。
「別に何もいりません」
そう口に出すが、それを聞いたリコが顔を歪めた。
「そうはいかないよ。グスタフさんだってそうしてたじゃないか。報恩も報復もちゃんとしないと」
「……はは! そうでしたね」
リコの言葉に、僕の心が動く。僕らの行動規範はやはりあの店で形作られているらしい。その言葉に、僕はもう無欲ではいられなくなってしまった。
僕は無言で考える。暗闇の中、二人の足音だけが響く。……どこからか嬌声が響いているのは、気にしないことにしよう。
「そうだ」
「何?」
思いついたこと。そうだ、布製品を一つねだるくらいしてもバチは当たるまい。
「靴が欲しいです。丈夫で動きやすくて軽いのがいいですね」
僕は、自らの革靴を示しながらそう言った。薄暗いが、靴底が浮いているのはリコにも視認できるはずだ。
「靴、かぁ……」
立ち止まり、僕の足元を覗き込むリコは、楽しいことを思い付いたように口元を歪めた。
「皮革製品はまだあんまり扱ったことないんだけど、そうだ、そうだねぇ……」
「あ、別に無理にとは……」
まずい、またスイッチを押してしまった気がする。
「いやぁ、いい勉強になるし、ちょっとこの靴預からせてもらえない?」
「預ける…といっても、すいません、予備とかは無いので」
やんわりと断る。スイッチを入れるわけにはいかないし、そもそも本当に預ける訳にはいかない。砂浜を歩くといっても、やはり文明人として靴はほしい。
「それに、明日の朝この街を出るんでしょう? というか、何するつもりです?」
「へへ、明日の朝には間に合うさ」
鼻をこすりながら得意気にそう言ったリコは、貧民街のときの顔だ。
そうだ、とリコは手を叩く。
「じゃあさ、予備の布靴渡しとくよ。今履いてる靴は明日返すから、ね?」
「布靴、ですか」
それならまあいいか。……と思ったが、だから何をするのだろう。
「何をするつもりなんです?」
「俺流の、お礼だよ」
聞いても頑としてリコは答えない。そして、言葉通りに荷物から潰れた布靴を取り出し、僕へと手渡す。強引なその態度に、僕は苦笑いをしながら革靴を脱いだ。
……何で布靴など持ち歩いてるんだろうか。
「じゃ、明日、……ああ、どこで渡せばいいかなぁ……」
今気がついたかのようにリコはそうぼやく。
「明日の朝、出発はどこからです?」
「船着き場からかな。乗り合いとかじゃなくて、一応商会の馬車だけど」
「では、出発前にそこに行きますので、準備しといてください」
「わかった。日の出と一緒に出るから気を付けてね」
「……わかりました」
……早いなぁ。あと何時間もないじゃないか。
それから、僕らは別れる。
リコは宿に。僕はといえば、宿を取っていないので適当な浮島だ。
「夜更かししないようにね」
「大丈夫です。もう眠いですし」
ただ、浮島でもそんなに寝られないだろう。時間が時間だ。
「でもほら、君もそろそろ、興味もあるだろうし、ね」
視線の先は、先ほど通り過ぎた娼館だ。そこもまた、魅力的な人魚が客引きをしていた。
「だから、行きませんって」
「そ、ならいいや!」
嬉しそうにリコは言う。というかなんでリコに咎められてるんだろう……?
しばらく寝たら、もう空は明るくなり始めていた。
ついさっきのことではあるが、約束の朝だ。僕は、船着き場でリコを待った。




