追いつけない答え
「おはようございます、……本当に、奇遇ですね」
僕もわざとらしくそう返す。言葉まで被せてきているということは、ずっと見ていたのだろう。なのに気がつかなかった。奇遇なわけがない。
「さっきの子は貧民街でよく見たなぁ。いいね、上手いこと普通に生活出来るようになれたみたいで」
優し気にそう微笑むレイトンの視線は、リコが去っていった路地に注がれていた。
「キミも、ああいった道があっただろうに」
「あるかもしれませんが、まだ無理でしょう。年齢的にはまだわかりませんし」
リコたちが、グスタフさんに仕事を紹介されたのは今の僕よりももう少し年上のときだった。体の成長具合は今の僕よりもやや幼かっただろうが、それでもやはり年齢のほうが引っかかる。
「ヒヒ。ま、キミが人の下で働いているのは想像もつかないし、今の仕事のまま、続けたほうがいいかもね」
「今現在は、仕事しているとは言い難いですけど」
依頼を受けずに、もう一月近い。探索者のギルドに所属しているというだけで、無職といわれれば無職のほうが近い気がする。
「……それで、今日はどんな用事です?」
「冷たいなぁ。さっき奇遇って言っただろう? 偶然会った知り合いに声をかけただけさ」
悲しそうに眉を寄せながら、泣き真似までレイトンはしてみせる。しかし、そんな風には思えない。イラインから遠く離れたこの国で、突然会う。偶然にしては確率が低すぎる。しかも、ニクスキーさん曰く、行動には常に目的があるこの男が、無意味な移動をするなんて思えない。
「でも本当に、偶然だよ。たまたま別件でこの街を訪れていただけさ。他意はない」
「別件?」
「ああ、それは気にしないでいいよ。キミとは何のかかわりもない事件だ。関係者と知り合う機会すらキミにはないだろう」
暗に示すようにでもなく、何の気なしにそう言い切った。……ならば、本当に偶然だろうか。
「でも、そうだね。偶然とも言い切れないな」
だが僕の内心は、そのレイトン自身に否定された。
「だって、キミはミーティアから来たんだろ? ぼくはその別件のついでに、どうにかしてミーティアに入ろうと思っていたからね。検問から一番近いこの街で出会うのもわかるさ」
「……どうして僕が、ミーティアから来たと?」
「その背嚢から漂う香りは、紫檀のものだ。ミーティアで発行される滞在許可証だね。つまり、あそこを通った」
臭気も落ち着き、僕は鼻先に持ってこないとわからないほどの匂い。なのに、数歩離れているはずのこの男がわかるとは……。僕が慣れてしまっただけか? いいや、そうでもないはずだ。
「僕の用件といえるようなものがあるとするならば、今日はそれだけだ。一体どうやったんだい? ピスキスの人間ですら入れるようになるのは困難なのに。ぼくら、獣の特徴も魚の特徴も無い者はなおさら難しいはずだ」
「それこそ、偶然ですね。照猪の方と一緒に入ったところ、すごく嫌がりながらも通してくれました」
「へぇ……」
人差し指を唇に当て、楽しそうにレイトンは僕の顔を窺い見る。その仕草に、心の中まで透かされている気がした。
「じゃあ、ぼくには無理か。残念だけど、例の姉妹について、ミーティアで調べるのは難しそうだ」
「ああ、それなら……」
僕はレイトンに、サーロたちへ姉妹の名前やその他の情報を調べるように依頼したことを話した。
僕の大雑把な説明を聞き終えると、唇の端だけ釣り上げて、レイトンはニィと笑う。
「ヒヒ、最低限の仕事はしてきたんだね」
「ええ。旅ついでの片手間なので申し訳ないですが」
片手間とはいうが、僕にはそれ以上出来ることはなかった。小国とはいえ、広大なミーティアを僕一人で探し回るのも無理がある。何か出来ないことがあるならば、出来る人たちに任せればいいのだ。
「なるほどなるほど。じゃあ、ぼくが行く意味もない、か」
「本当にそうであればいいんですけど」
この男ならば、まだ何か出来る。そんな気がする。
「いやいや、そこまでしてもらってるなら、本当に、ぼくがすることもなくなってるさ。ミーティアに入る手段だって、まだ考えてもなかったしね」
あっけらかんと、そう言ってレイトンは笑う。本当に、よく笑う男だ。
「まあ、これからゆっくりと適当にイラインへ戻るさ。キミの話ならば、その頃には結果が出ている」
「一月もかけて戻る気ですか?」
僕ですらもっと早く帰れるが……その気がないのか。
「うん。他に見て回るところもあるしね。それに少し、怪しいところも調べておきたい」
レイトンの目が細められる。少し威圧感が増した。その雰囲気に押されてか、往来の人たちも、僕とレイトンからは一定の距離をとって歩いているようだ。無意識だとは思うが、僕とレイトンの周囲にポッカリと空間ができた。
「怪しいところ? どこですか?」
僕が調べられるところであれば、僕も調べに行く。そう思い、問いかけてはみたが、やはりだ。
レイトンは目を閉じ、少し口元を緩めて息を吐いた。
「……キミは少し、噂話に気を付けたほうがいいな」
僕の問いには答えず、意味深長な発言をする。こういうところはどうも好きになれない。
「まだ時間はある。あの姉妹が何かするとしたら必ずグスタフは察知できるだろう。そうなればニクスキーもエウリューケも出る。キミは安心して考え続けるといい」
「エウリューケさん?」
僕が知らない名前を聞き返すと、意外そうにレイトンは眉を上げた。
「……あれ、キミは知らなかったかな。ちょっと前に入った石ころ屋の新人さ。新人っていっても、結構な年なんだけど……。キミに会いたがってたし、今度会うこともあるかもね」
「僕に? ……、そうですか」
石ころ屋に新人。反社会組織に新人が入るなど歓迎すべきことではないと思うが、『石ころ屋に新人が入った』と聞くと普通の就職と変わらないから困る。
それはそれとして。
「でも……考え続けている間に、誰か死んでしまうのは避けたいところですが」
もう、レイトンが答えを言わないのは諦めている。だがそのせいで、僕の意に添わぬ人殺しが行われるのは看過できない問題だ。……もう少し僕の頭が回ればどうにかなるのかもしれないが。それが少し悔しい。
「その心配はないだろうね。ぼくの考えが正しいとするのならば、今回の犯人をキミが庇いだてすることはない。仮に死んでしまっても、何とも思わないさ」
「それは、前回のクラリセンも踏まえて、でしょうか」
「そうだね」
頷くレイトンは、もはやそこらに歩いている一般人と変わらない柔和な雰囲気だ。
……前回のクラリセンでは、目指す方向性の違いから対立した。だが、今回は違うというのか。
前回のクラリセン、覚えている。腹を裂かれた痛みは忘れていない。
「次は負けません」
「勝負することにもならないから、そんなに気合を入れなくてもいいよ」
僕が無意識にポツリと呟いた言葉。レイトンはそれを笑い飛ばす。
「じゃあ、ぼくももう行くよ。ミーティアを通る意味がないとしたら、もうここに用はない」
一度両肩をいからせるように持ち上げて、その肩をおろす。猫が背伸びをするように、レイトンは体をほぐしていた。
「はい、それではまた」
今度は戦場で会うことのないように祈るばかりだが。
とてとてと歩き出したレイトンは、背筋を伸ばすようにして立ち止まった。
「……と、そうだ」
それからゆっくりと僕のほうを振り向く。
「クラリセンでは、少し愉快なことをしたようだね」
「ええと、僕が『カラスさん』に暴行を働いた件でしょうか?」
とぼけるように僕が口にすると、レイトンは噴き出すように笑った。
「ヒヒヒ。グスタフが泡食ってたぜ? あいつも不本意ながら指名手配解除はさせてないみたいだけど、あんまり無茶して心配かけないようにね」
「それはそれは、心配かけてすいません、と伝えておいてください」
指名手配解除をさせないというところから、きっと僕の意図は汲んでくれているのだろうが。
「ヒヒ、了解。でもまあ、先輩としてはよくやったと褒めておくよ。それじゃあ、今度こそ、じゃあね」
それだけ言い残して、レイトンは往来の人ごみに紛れ込む。すぐに溶けるように姿が見えなくなったのは、やはり見事というしかない。ニクスキーさんと同様の歩法のようだが、どこかで同じ流派を学びでもしたのだろうか。少なくとも、水天流には無い。
……これから先も荒事に携わり続けるのであれば、やはりどこかで学びなおしたほうがいいだろうか。そうは思うが、やはり拝師などはしたくない。きっと僕には向いていないのだ。
その辺りは、きつくなったら考えよう。
さて、それじゃあやることもなくなったし、観光旅行でもしてまわろう。
魚料理が美味しい街。屋台とかあればいいけど。




