変わった友、変わらない男
12/22 サブタイトル変更しました
「あ、本当だすごい美味しい」
思わず呟きが漏れる。先ほど買った六魚を食堂で塩焼きにしてもらい、かぶりついたところだ。
胴体が僕の両手を広げたくらいの大きさな上、頭を落としただけなのでかなりの食いでがある。
そして、なるほど。これは鱗も食べるべきだ。桜の花びらほどの半透明の鱗が、お腹の部分まで毛羽立つようにめくれ上がっていた。それを囓ると、カリカリとした歯ごたえの上にお腹の脂があふれ出て、焼き魚とは思えない甘さと食感が口の中に広がる。
内臓が抜かれているということは腸は食べられないのだろうか。いや、料理人がその処理を間違えるはずがない。苦いか何かで食べられないのだろう。
そして、兜焼きもすごいことになっていた。
鮮魚の時でさえ、毛の無い牛の頭のような形だったのだ。それに火を通し、こんがりと焼き目がついた姿を見れば、牛の頭部そのままだった。大きさが全く違うものの、それでも子牛の頭と言われれば一瞬判断に迷うかもしれない。それくらい似ていた。
ただ、そちらの味もやはり魚だった。見た目が牛だからといって、牛肉の味がするわけではないのだ。
それはちょっと残念だが。
ミーティアの料理は口に合わなかった。
だが、ピスキスではそんな心配は無かったらしい。普通に僕の口に合う料理だ。やはりその辺りは、鎖国しているミーティアと、開国しているピスキスの違いだろう。
よかった。ならば、僕でも楽しめる国だと確定した。食べ物がよければなんとかなるのだ。
不安が一つ消えて、僕の心に余裕が出来る。そしてそのおかげで視野が広がる。どちらかといえば、この心境の変化は僕がこの国を受け入れたということなのだろうけれど、それでも何故か、この国に受け入れられた気がして少し嬉しかった。
会計を済ませて食堂を出る。
先ほどまでの人はほとんどが、飲食店か何かの従業員だったのだろう。朝食の時間、少し経っただけで人がまばらになり、屋台も終わる準備をしているところが多い。
砂と土が混じったような地面に魚から滴り落ちた水が捨てられ、少しだけ魚臭いような臭気が漂う。そういえば、魚の周りには氷や緩衝材のようなものも何も無かった。やはり、鮮度を保つための工夫や何かしていないのだろうか。
「あれ、……カラス君!!?」
まあ、この国には何日か滞在してもいいだろう。その間に、色々と知れればいいな。
そんな風に考えながら歩いていた僕に声がかかる。
そう、僕に声がかかる。歩いている子供にでも、邪魔な障害物にでもない。
驚いて、弾けるように振り返る。馬鹿な、ここはエッセンから遠く離れた国で、しかも入ってまだ二時間も経っていない。なのに何故、僕の名前を知っている人物がいる。
振り返る間、そんな疑問が僕の頭の大部分を占めていた。
だが、その僕に声をかけてきた人物を見た瞬間、ほとんどの疑問が吹き飛んでしまう。
「久しぶりだねー! こんなところで会うなんて、本当に奇遇!」
笑顔で僕に走り寄るその茶色い髪の毛。細い体は貧民街の生活から抜け出した途端に成長を再開したのか、年相応に近くなっていた。笑顔は、いつも一緒だった親友よりも優しげで理性的な。
「……本当に、お久しぶりです。リコさん」
貧民街で、ハイロといつも一緒にいた少年。その成長した姿がそこにあった。
旧友と再会したかのように……ようにではなく、まさになのだが、走り寄ってきたリコは僕の手を両手で握るように握手をする。その手を上下に振りながら、嬉しそうに大きな声を発した。
「どうしたの? こんな遠い国まで。あれ? キミってまだイラインで活躍してたよね!?」
「ええ、今ちょっとした旅に出てまして。リコさんこそ、どうしてこちらへ?」
僕よりも頭一つ分高いその顔を見上げながら、僕は聞き返す。
彼らはあの三日熱の件の後、日の当たる仕事をするようになっていた。それもしばらくはグスタフさんのところからの派遣という形だったが、その二年ほど後、そこに正式に就職した。
おかげでそれからは貧民街などで暮らすこともなく、住み込みで働いていた。名実ともに、貧民街から脱出していたというわけだ。当時は商店や工房間の連絡やその事務作業の補佐という感じの仕事をしていたはずだが、今何故ここにいるのだろうか。
「うんと、俺もちょっと昇進してさ。ピスキスとの商談にくっついてきたんだ」
「へえ、すごいじゃないですか。……ということは、ハイロも?」
いつも一緒にいた彼らだ。そう思って近くを見回すが、いない。
「いや。……そうだ、あいつも出世してね! 俺はたまたま仲良くなった衣料品を扱う商店に正式に加入したんだけど、あいつは通信? 事業っていうのかな? いくつかの商店が出資した、伝令の仕事のもっと大きいものを専属でやる店が出来てね! そっちで頑張ってるよ!!」
誇らしげにリコは話す。郵便事業のようなものだろうか? その仕事についてはよくわからないが、出世したのなら何よりだ。
「グスタフさんのところには報告に行ったんだけどね。……知らなかった?」
「全然。すいません」
一応形だけ謝罪の言葉を口にする。最近疎遠になっていたが、それが申し訳ないとは僕は思わない。便りが無いのは良い便りとはいうし、僕のところに便りがくれば、それはそれで悪い便りとしか思えないのだ。
「フフ、でも君も活躍してるみたいじゃんか。聞いたよ? クラリセンのところで戦ってきたって」
「僕はたいしたことしていないんですけどね」
やりたいことは何一つ出来ず、ただ鬱憤晴らしに竜を殺しただけ。たいしたことどころではない。僕の中では、何もしていないに等しい。
「それでもすごいよ。いいなぁ、俺も竜の死体が見たかったなぁ……」
ため息をつきながら、そうリコは呟く。そう良いものではないと思うが。
それからリコは何度も頷きながら、そして少し計算高そうな顔で、半分笑いながら僕に言った。
「俺の中では、やっぱ君が俺らの中での出世頭だよ。今度、何か仕事を頼みに行くかも」
「ハハハ、そのときは格安で引き受けましょうとも」
僕も気安くその言葉に応える。友達価格、そんな言葉を僕が使うとは思わなかったが。しかし、使えるときには使おう。
「あ、ごめん。そろそろ行かなくちゃ! これから、上司と落ち合わなくちゃいけないんだよ!!」
「ああ、すいません。足を止めたようで。お仕事、頑張ってください」
「うん! 君も!! 俺明後日までこの街にいるから、また時間があったら落ち着いて話そうね!!」
中性的な顔に、満面の笑みを浮かべてそのまま路地に走っていく。
……なんとなく、友達が多そうな感じだなぁと思いながら、僕はその後ろ姿を見送る。
リコも商談などに付いていけるようになったのだ。みんな成長している。
この分では、ハイロも同じように成長しているのだろう。男子三日会わざれば、というが、一年以上会わなければ更に変わるだろう。特に成長期ならば尚更だ。
僕も追いつけるように頑張らなくては。具体的には、五年後には身長が追いつくことを願う。
旅先で、旧友と再会した。その偶然の出会いに僕は喜んだ。
偶然というのは続くものだ。
少しばかり、続いてほしくない偶然というものもあるが。
先ほどのリコは、一般の人間だ。商人である以上仕事などの時はわからないが、その雰囲気は今路上にいる人間と変わらない。
だからこそ、僕は声をかけられるまで気がつかなかった。
そして僕の知っている中には、戦場以外でも、醸し出す雰囲気が違う者がいる。
隠れようとは思っていなかったのだろう。その雰囲気を偽装しようなどとも。思っていれば、多分僕は気がつかなかった。
僕の首筋に、チリッと何かが走る。体が警戒している。
ゆっくりと後ろを振り返った。
「やあやあ、奇遇だね」
後ろを見れば、壁により掛かりにやにやと笑っている男。
レイトン・ドルグワントの、いつもと変わらない姿がそこにあった。




