路上の喧嘩
「ところで、先程のは治癒魔法か」
ニクスキーさんは歩きながら僕にそう問いかけた。
「あの男の手のことでしょうか。そんなようなものです」
もう普通に横を歩ける。健康って素晴らしい。
こちらを見ずに、ニクスキーさんは感嘆の息を漏らす。
「さすがグスタフさんに目をかけられているだけある。法術など、もはや学ぶ必要も無いだろうに」
「……僕の魔法じゃ、怪我しか治せないので」
病気が治せないのは厳しい。それに、全て我流なのは問題だろう。
ていうか、そんなに評価されてたんだ。何処かこそばゆい気持ちになった。
しばらく歩く。この先で、嫌な予感がする。もうすぐ十二番街だというのに。
職人達の金槌の音が、やけに大きく聞こえた。
「そういえば、ニクスキーさんは依頼を受けて僕を案内しているんですよね?」
「ああ」
「依頼はいつ達成になるんですか」
「お前をもう一度、石ころ屋に送り届けるまでだ」
無表情で、遠くを見ながらそう答える。
「ではそれまで、僕の護衛をしていただけるということでいいですか? なんせ、僕が倒れたら送り届けられませんし」
そう言うと、ニクスキーさんは少し黙ってからこちらを見た。
「たしかにその通りだ。では、俺も加勢しよう」
確約は得た。ならば、早く終わらせてしまおう。
ガシャン、と何かの金属が地面に落ちた音が響く。
「おう、さっきの奴らだよな」
先程の治療院にいた男が、店からいきなり現れた。しかし、ニクスキーさんも僕も、男の方を見ないで会話を続ける。
見た目は落ち着いているが、既に敵意が満ちている。道を塞ぐように立ちはだかっているのがまずわかりやすい。
「しかし、こいつだけならお前でも何とか出来るだろう」
「いや、まあ、撃退は出来るでしょうが、ちょっとニクスキーさんには働いてもらわないといけないと思うんですよ」
「何故だ?」
「一人もニクスキーさんの方へ行かせずに、なおかつ殺さずに無力化する自信は無いもので」
「……どうして俺の方に来ると?」
男を無視して話し続ける僕らに怒りが臨界点を超えたのか、男の顔がみるみる赤くなってゆく。
「おい、無視してんじゃねえよ!」
「聞こえてるから、続きを話してくれ」
無表情でニクスキーさんは男を見る。この人ははたして、煽ってるのを自覚してるんだろうか。
「チッ……。 なあ、お前何したんだ?」
「何、とは?」
ニクスキーさんが片眉を上げる。ほら、やっぱり。
「てめえが何か細工したんだろ? 魔法でも使えんのか? そんなガキに、何か出来るわけねえもんなぁ!?」
「ああ、なるほど。矛先が俺に向くのか」
ポンと手を叩き、ニクスキーさんは一人納得する。次いでこちらを見た。
「加勢、というより俺が主なのだな」
「まあ、申し訳ありませんが、そうなります。巻き込んだようですみません」
あの場には、もう一人疑える人物がいたのだ。
僕でもない。テレットさんでももちろん無い。ならば、ニクスキーさんに疑いの目が行く。
この男はそのことに気付かずに帰って行ったようだったが、一旦落ち着いて考えたのだろう。そして、見かけた僕ら、というかニクスキーさんに因縁をつけてきた。そんな感じだろうか。
「まあ、このトラブルも依頼のうちと考えれば、別に構わない」
怒っているようでもないので安心する。無表情で読みづらいから、実際に激怒していてもわからない気もするが。
一つ息を吐き、ニクスキーさんは男に向き直る。
「魔法など使えない。俺が何かをした覚えも無い」
男はその言葉を聞くと、歯ぎしりをして地団駄を踏む。
「じゃあ、何だってんだ!? 怪我が知らぬ間に治るような奇跡が、俺に起きたとでも言うのかよ!?」
「さあな。俺には言えん」
そう言うと、一歩男に向かって踏み出した。
「とにかく俺は何もしていない。 だから、このままここを通してくれ」
「行かせるわけねえだろうが。 おい! 出てこい!」
一歩も引かずに男は店に声をかける。
準備していたかのように、ぞろぞろと筋肉質の男達が現れた。
皆目つきが怖い。殺気立ってるとはこういうことか。
「お前らのせいで、テレットちゃんの診察がなくなったんだ。お前がなにかやったに決まってんだ」
周りに向かって声を張り上げる。
「素直になれるように、痛めつけてやれ!」
その言葉とともに、六人の男達がニクスキーさんに迫っていった。
なんだか悪代官みたいだ。
「ふん」
ニクスキーさんは鼻を鳴らすと、振るわれた拳を躱して手近な男の懐に入る。そして顎を掌底で押さえながら、真後ろ、地面に向けて振り下ろした。
「ぉぐっ……!」
受け身が取れずに男が一人悶絶する。その鳩尾につま先を蹴り入れると、僅かな悲鳴とともに体の力がだらりと抜ける。
雄叫びを上げて、頭巾を着けた男がラリアットのように腕を叩きつけようとする。しかしそれよりも、ニクスキーさんの拳の方が速い。綺麗に顎先にヒットした拳は、一瞬で意識を刈り取った。
目の前で次々に男達が倒れていく。
こうしてはいられない。これは、僕が蒔いた種なのだ。成り行き上、ニクスキーさんが戦ってしまってはいるが、本来は僕が責任を取らなければいけないことだ。
ニクスキーさんの背後に回り込んだ男二人は、僕が相手をする。
こんな子供に攻撃されるとも思っていないだろう、その無防備な後ろ姿に蹴りを入れる。狙うのは膝裏だ。
膝かっくんの要領で一人の男の体勢を崩す。
「おぅっ……!?」
そして首に腕を回し、締め上げた。
実際に締め落とすわけではない。これはフリだ。もしも魔法を使えることが出来ると知れたら、ハマンとやらに大義名分が出来てしまう。この場だけでも隠しておきたい。
すぐに魔法を発動、吸気内の酸素濃度を減少させる。
暴れもがく男は、何回かの呼吸をして意識を失った。
あと一人、どうやって気絶させようか。
そう思い、最後の男を見上げる。
しかしその男は、口から泡を吹いて、ドサリとそのまま倒れてしまった。
ニクスキーさん、早いって。
死屍累々、そんな光景だろうか。筋骨隆々とした屈強な男達は、ほぼニクスキーさんによって簡単に片付けられてしまった。
「で、通るぞ」
ハマンに向かって言い放つ。先程の赤い顔から打って変わって、今度は青い顔でこちらを見ていた。
歩き出したニクスキーさんに続いて歩き始める。
ハマンはニクスキーさんとついでに僕を見て、少し後ずさった。
転がっている奴らは、ハマンが何とかするだろう。
治療院にでも連れていけばいい。
後は問題無く、貧民街へと戻ってこれた。
キィと、軋む扉を押し開け、石ころ屋へと戻ってきた。
「おう」
グスタフさんが軽く挨拶をする。
「ありがとうございました。おかげさまで、すっかり元気です」
「俺は案内人を呼んだだけだ。おかげさまも何も、何もしてねえよ」
呆れた顔で溜め息を吐いて、グスタフさんはニクスキーさんの方を見た。
「ご苦労だったな」
「いえ」
ニクスキーさんは懐から紙を一枚取り出すと、カウンターに置いて広げた。
「任務完了でよろしいですね」
「ああ、報酬はいつもの通りに」
「わかりました」
サインされたその紙を再び懐にしまい、踵を返す。
「またいつか」
そして僕にそう声をかけると、振り返らずに店を出て行った。
「あいつと上手くやれたようだな」
「そう……ですか?」
仲良くなれた気は全くしないが。
「あれだけ楽しそうな姿はそうそう見れねえからな」
「まあ、それなら良かったです」
余計なトラブルに巻き込んだことで、文句を言われるよりはずっと良い。
無表情のせいで、楽しそうかどうかもさっぱりわからなかったけれど。
石ころ屋を出ると、もう日が傾いていた。
考えてみると、今日は何も口にしていない。お腹が空いてきた。
予防も兼ねて、魚でも獲りに行こう。
日が暮れる前に帰りたい。僕は、早足で森へと駆けていった。




