新たな看板
初回クラリセン編の最後に、閑話を挿入しました。
レイトンが何やってたか(明白)気になる方はどうぞ。
「人が引けたら、少しお話ししましょう」
食器を返しながらにこやかに僕が声を掛けると、女将さんは唇を結んで毛を逆立てる。
……鳥肌が立つとはいうが、髪の毛や肌の産毛がこれほど見事に逆立つのは初めて見た。見た目はエッセンの人間と変わらないが、実はミーティア人だったりするのだろうか。
「……あたしらを殺す算段が付いたとでも……」
「別にそんな意図はありません。正直に質問に答えて頂けたら、すぐにこの宿を発ちます。それから貴方たちには僕から関わることはしませんよ。当然、貴方がたも無傷のまま」
そう言いきった僕の顔をジトッと見つめると、それから歯ぎしりをして悔しそうに唇を震わせた。
「……あたし達には、断れないんだろ」
「ご理解頂けたようで、幸いです」
話はついた。あとは監視がてら、人がいなくなるまで食堂で待とう。
席で待っていたアントルに声を掛ける。
「さて、アントルさんは自分の準備をお願いします。宿を引き払えるようにしておいてください」
「お前はここで待つのか?」
「ええ。幸い僕の荷物は持ち歩いていますし、あの夫妻とのお話が終わったら一緒に宿を出ましょう」
「はいよ。んで? 寄り道して何するかは話してくれんだよなぁ?」
「勿論です。あとで宿を出たらになりますけどね」
一応はあの夫妻にも関わりのある話だ。ここでするのはマズイ。
「じゃ、行ってくらぁ。すぐに済む」
それだけ言い残して、アントルは階段を上っていく。僕は頬杖をついて、夫妻の仕事ぶりを見守っていた。
戻ってきた食器を洗い桶に入れて、洗い桶が一杯になったら桶ごと勝手口から外へ運び出す。
そして新たに持ってきたのは、水の入っていない洗い桶と、その中に入っている綺麗な食器。綺麗な食器はまとめられて棚に戻され、それから洗い桶には新たに水が注がれる。
旦那といえば、鍋や鉄板などの調理器具に水を桶から何度も注ぎ、そして磨いては流している。二人とも重労働だろうに、汗を流しながらその手を止めることはない。やがて磨き上げられた調理器具は銀色に光を放ち、その清潔さを表わしていた。
仕事には真面目らしい。
今見ていた限りでは怠けている様子でもなく、淀みない手つきからはその経験の長さがわかる。そして昨日のレシピを考案しているということからも、新しい事への挑戦の意欲の片鱗が感じられる。
レシピの事は嘘かもしれないが、その他の仕事に対する姿勢は見習うべき事すらあるかもしれないのに。それだけに勿体ない。何故、強盗などに手を染めたのだろうか。
やがて人もいなくなる。食事をしていた人はいなくなり、そして各自チェックアウトの準備に入るために階段を上がっていく。
チェックアウトといっても、料金先払いのこの宿では手続きもなく、女将か旦那に挨拶をして出ていくだけだが。
二人が洗い物に専念しだした頃、アントルが戻ってきた。
小さなリュックを……いや、これはアントルの巨体のせいでそう見えるだけだ。リュックサックを後頭部のすぐ下に持ってくるように背負い、のっそりと姿を現わす。
頃合いだろう。
僕は調理場、食堂にすぐ面したところで皿を水に漬けたまま布で擦っている女将に歩み寄った。
「もうそろそろいいですよね。で、聞きたいんですけど」
「何の話かわからないね! 早いところ出てってくれよ! これ以上長居するなら、衛兵を呼ぶよ!!」
……時間が経って落ち着いたのだろう。そして、衛兵を呼んで僕らを不審客として追い払う事を決意したのか、いきなり強気なことを言い出した。
旦那の方も、こちらを見ることもなく無視を決め込んでいる。
証拠が無いことも承知済みなのだろうか? それとも、一縷の望みを掛けて、ということだろうか。目も合わせずに言った女将のこめかみに、一筋の冷や汗が見えた。
だが、そんな言葉で引き下がるわけにはいかない。
「改めて、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ヒッ!?」
その手を入れている洗い桶。その水を凍結させる。氷を作るよりも、水を冷やした方が大分簡単だ。それに、この方法ならば魔力の供給を切っても氷は持続している。
パキパキと音を立てて白く染まる水面に、手を引き抜こうとしても動けないという状況。その状況に、もう一度女将の顔色が変わる。そしてようやく、僕の方を向いてくれた。
「別に質問に答えてくれるだけでいいんですよ。それだけで、手出しをしないで帰ると言っているのに」
「ああ、わかったよ! わかったから、早くこの手をなんとかして……」
「質問が先です」
その手が凍傷になるまでまだ時間はあるはずだ。痛みはもう感じているだろうが、それぐらいの制裁は構わないだろう。
「簡単な話です。僕から奪った荷物は、どう処分するおつもりだったのでしょう? 焼却? それとも、誰かに売り払うんでしょうか?」
「……チッ、どうせもう目星はついてんだろ? 売り払ってるよ! 食品を扱ってる、出入りの業者に引き取らせて!」
「その業者の名前……出来ればその担当者の名前も。それと、拠点の場所を教えてもらえますか」
それさえわかればこの場所に用事はないのだ。早いところ教えてほしい。言ってから僕がジッと見つめると、旦那の方が駆け寄ってきて叫んだ。
「わかったよ、教える、教えるから!!」
そして女将の手首を握り、僕を恨めしそうに見る。恨めしそうに見てはいるが、その手は昨日僕を殺そうとして刃物を握っていたのだ。僕に後ろめたいことはない。その目を真正面から見ると、旦那の方が目を逸らした。
「じゃ、こちらに地図を描いて頂けます? それで、僕たちは立ち去りますので」
僕が差し出した紙を奪い取るように持っていくと、旦那は勝手口に掛けてあった羽根ペンでそこに乱雑な絵と名前を記した。
「どうも。……じゃ、行きましょう」
それを受け取り、お礼を言う。これでもうここに用は無い。
アントルに声を掛けると、アントルも静かに頷いて食堂から出ていった。
僕もその後に続く。
僕たちの後ろ姿に、声が掛かることはなかった。
宿を出て、地図を頼りに歩き出す。
「で、どうすんだ?」
「どうするもなにも、この業者を襲撃します。殺しはしませんが、少々痛い目にあってもらいましょう」
僕がそう言うと、意外そうにアントルは肩を竦めた。元々狭い肩幅が首と同じになったその姿は、やはり少し可愛らしい。
「あいつらの言うことを信じるのか? 真っ赤な嘘かもしんねえぞ?」
「それならそれでいいです。業者には気の毒ですが、あの宿屋への制裁にはなりますので」
冤罪の可能性はあるにはある。だが、それが原因で僕の悪名が高くなるのはちょうどいいし、業者がひとつ使えなくなるのだ。あの宿屋への制裁にはなる。
今回は、無辜の人間を巻き込むことに躊躇はしない。
「ここですね」
描かれた地図を睨み、何度も確認をする。間違いでした、というのが一番困る。屋号を確認し、もう一度地図を見て周囲を確認する。
「じゃ、俺ぁここで待ってるよ」
「はい。ではすぐ済みますので」
アントルは傭兵だ。金にならない戦闘に首を突っ込むということはしないのだろう。言葉の通りに、アントルは道の反対まで歩いていくと、そこに寄りかかる。後ろの壁がギシギシ鳴っているが、壊れないか心配だ。早いところ済ませよう。
店先の野菜を見れば、泥付きの立派な野菜が並んでいる。朝の仕入れのピークも終わり、落ち着いているのだろう。眺めていてしばらくすると、奥から静かに店員が出てきた。
「らっしゃい! おう、何かほしいもんでもあんのか坊主?」
「おはようございます。欲しいものはないんですけど……」
言い淀むと、店員は細い片眉を寄せて僕の言葉を待つ。一応、確認をしておこう。
「少し、厄介な物が手に入りまして。買い取って頂ければありがたいなぁ……と」
「へえ」
声を潜ませて、店員は興味ありげに僕に顔を寄せてくる。
「お前、新顔だな。……何処の紹介だ?」
新顔の確認はどこでもするのだろうか? グスタフさんとの会話を思い出して、少し懐かしくなる。だが、ここのお世話になる気は無い。そして確定だ。
「向こうにあった宿の女将さんからです。街道で……手に入れたものがあると相談したら、こちらを紹介されました」
「クク、いいだろ! さあ、詳しい話は中でする。入った入った!」
肩をばんばんと叩かれて中へ案内される。そして入った部屋ではまたカウンターが有り、その向こうに腰掛けた店員は、僕へと向けて机を叩いた。
「さあさあ、ここは何でも買い取る名も無い質屋だ。だが、価値あるもんに限られるぜ。さあ、品物は何だ?」
「……これです」
コトリと置いたのは、グスタフさんからもらった短剣だ。売る気は無い。すぐに返してもらうが。
「ほうほう。で、厄介ってのは?」
「それ、言わなくちゃいけませんか?」
詮索しようとする店員を咎めるように、聞き返す。僕の言葉に、店員はやれやれと両掌を上に向けて首を振った。
「俺らは二人だけでこの店をやってるもんでな。そこいらの事情も管理しとかなきゃならんのよ。安心しな、事情の如何にかかわらず引き取ってやっからよ」
そう威勢良く言い切った店員の顔に何故か腹が立ったが、それとは関係なく僕は演技をやめる。
パタリと手を下ろし、表情を作るのをやめて店員を見た。
「ありがとうございます。それだけ知れれば充分です」
「あん?」
また眉を顰めた店員の顔に手を掛け、頭部を掴んで引き上げる。僕の手を引きはがそうとする力は弱く、そんなものに負けることはない。
「グググ…………てめえ……」
「面倒なので、もう一人の方を呼んで頂けますか? 貴方の弱さから考えると、用心棒役でしょ?」
「……クッ……ダンタリオン! なんとかしろ!!」
僕の言葉に応じて、というわけではないだろうが、店員が誰かを呼ぶ。
すぐに後ろの暗闇からまた大きな男が姿を現わした。
「兄貴……! 兄貴を離せ!!」
そのダンタリオンと呼ばれた大男は事態をすぐさま把握したようで、店員の頭部を挟むように手を回し、僕の手を掴む。闘気は帯びているようだが、こちらも弱い。
……拍子抜けだ。
石ころ屋と同じような業種なのだ。正直、もっと人数がいると思った。人数が少ないと知ってからは、どんな精鋭が出てくるのかと思った。
だが、そんなことはなかった。これでは、相手をするとしても一般人相手が精々だ。少し強めの探索者が来れば、簡単に壊滅する店。
つまらない。大男も、こちらに殴りかかる仕草でもすればいいのに、僕の手をはずそうと赤い顔をして躍起になっている。それくらいの機転すら利かないなど、この職業以外でもやっていけるのかどうか怪しいものだ。
手早く気絶させて、店から二人とも引きずり出す。
透明化させ、その荷物は隠してある。
店から出れば、アントルがうつらうつらとしながら待っていた。
そこに近付くと、飛び起きるように僕を見る。
「お、早かったなぁ。で、成果は?」
「確保しました。では僕は、あの宿屋に戻ります」
満足げにアントルは頷くと、その荷物から縄を取り出す。気が早い。それに、この場ではアントルには出来ないだろう。
それを止めながら、縄だけ受け取る。そしてその縄で二人を縛り上げる。二人の透明化に巻き込まれすぐに縄も見えなくなるが、それをアントルは不思議そうな目で見ていた。
「さっき聞いちゃいたが、不思議だよぁ、やっぱ」
「ま、違和感が酷いでしょうね。では、この二人を宿屋に連れていくので、アントルさんは街の南口あたりまで先に行っててください。すぐに追いつきますので」
「おうよ。グフ、俺も見たかったけどなぁ」
「姿を消してもいいのであれば見ても構いませんよ? 付いてきますか?」
「出来れば頼まぁ」
元気に返事をするアントル。……予定とは変わるがいいだろう。僕は人目がないことを確認すると、アントルを巻き込んで透明化した。
「……これでよし、と」
「ガハ、ガハハハハハハ!」
作業も終わり、僕は宿を見上げて一息つく。アントルは笑い転げているが、僕が見ても少し可笑しい。
見上げる先には宿屋の看板。
その上に張り出した屋根に吊してあるのは、先程の店員と大男。
その二人に貼り付けてある布には、『私達はこの宿屋から盗品を買いました』という大きな文字。
集まりつつある群衆を見ながら、達成感とともに僕は額の汗を拭った。




