異文化の街
次の街へは、驚くほどあっさりと着いた。
駆け出して、すぐに標を通りすぎ、それからすぐに街の明かりが見えた。体感だが、五キロメートルも離れていないんじゃないだろうか。ともかくすぐに、次の街へ辿り着くことが出来た。
日没してそう時間は経っていない。イラインの一番街や以前のクラリセンのようなちゃんとした街灯というわけではないが、松明に明かりも灯され、トウモロコシのような作物の畑が点々と照らされている。夜間はそこに人が立ち入ることもないだろうに、これは何かへの警戒なのだろうか? それとも、そんな無駄とも思える行為が出来るほど裕福なのだろうか。それはわからないが、副都ですらされていなかった畑の照明は新鮮に見えた。
畑も広い。そこでイラインと比べてばかりなのが僕の世界の狭さを物語っている気もするが、それにしても副都であるイラインと比べて遜色ない広さなのだ。
これは、それだけこの街の人口が多いという事だろうか?
まだ周囲の畑を見ているだけなのに、疑問は尽きない。
クラリセンから続く道、その真っ直ぐな道がトウモロコシの畑を割り、街へと続いている。
もはや土のその道を踏んで、歩いていく。そして街に入れば、そこは木造の家屋が建ち並ぶ牧歌的な農村のような街だった。
というか、街だろうか? これ。
歩く人の数は多く、戸を完全に開け放した食堂のような所で皆酒を酌み交わしている。笑い声が響き、カードゲームに興じる者の姿さえも見えた。
それだけ見れば、ここは街だ。まるで、以前のクラリセンの縮小版のような栄えた街。
だが、そこにいる人の着ている野良着や食堂のすぐ脇に牛のような家畜が並んで繋がれているその光景、そして周囲の畑は農村といった方がしっくりきた。
……うん。その様を見て、確信する。
この街に宿は無い。いや、あるかもしれないが兼業で細々とやっているだけの小さな宿屋が精々だろう。あの、楽しそうに笑い合う人の輪に入っていき、泊まりたいと申し出ればどこか案内してもらえるだろうか。
どうしようか。その明かりを見ながら考えるが、そう悩むことは無かった。やはり当初の予定通り野宿か。うん、それがいい。そうしよう。
温かな人の輪へ入ることに躊躇した僕は、くるりと踵を返す。明かりから逃げ出すように、暗闇の濃い林の中に分け入っていった。
街の明かりが感じられないほどの距離で、僕は寝床をこしらえる。
周囲の林、その適当な枝を落とし、それを太い枝の又になっている所へ織るように重ねていく。円形にして縁が盛り上がるように組み、布を一枚その上に広げる。そうすれば、それなりにくつろげるベッドの出来上がりだ。ハンモックのような寝方になるため、大の字になってというわけにはいかないが、それでも寝心地は良い。
月を見上げて、一応今日の反省をしておく。
今日は何をしたのだろう。目標を定めて歩き出したはいいが、途中立ち寄った街で大きな寄り道をした。
それだけならば特に問題は無い。旅に寄り道はつきものだし、そもそもアウラに何時までに行くとも決めていないのだから、そもそも寄り道ではない。
だが、この心に残る少しの苦みは、その寄り道のせいだろう。
その寄り道のせいで、協力してくれたオラヴの顔を潰してしまった。オラヴに紹介されて衛兵に力を貸してもらった僕が、傷害事件を起こしたのだ。
多分、今頃オラヴは怒っている。いや、そんなこともあまり問題ではない。それよりも、僕が親切を仇で返してしまった方が問題だ。
僕は、恩は恩で返したいし、仇は仇で返したい。親切にだって親切で返そう。だが、それに不釣り合いなことをしてしまった。それが少し申し訳ない。
今は何も浮かばないが、何か埋め合わせを考えておかなければ。
夜空を見上げてそんなことを考えながらうとうとしていれば、すぐに眠気がやってくる。
こんな街の近くに魔物は出ないだろうが、それなりに警戒はしておかなければ。そうは思いながらも、下がってくる瞼に抵抗出来ずに、僕は意識を手放した。
次の日からも、農村のような街を抜けながらひたすらに南を目指した。
どうも、僕が通ってきた村々はミーティアとの交易に使う家畜の飼料を作っているらしい。トウモロコシのような物や牧草を乾燥させて、出荷する。
それを聞いて、僕は少し驚いていた。
開拓村で作った農作物はまずその集落の人口を養うためだった。そこで食べない分はそれを充分量貯蓄し、最後に余った物がようやく周囲との取引に使われていたのだ。売り先は主に副都であり、それから不作だった他の村や街へと分かれていく。クラリセンやイラインの場合は小作人が多く、収穫された物はほぼ都市に買い上げられてしまうが、それから先はあまり変わらない。
だが、ライプニッツ領では違う。
各村……街が出荷用の作物を栽培し、それを交易に出している。
つまりそれは、各街の食糧事情が開拓村よりも、下手をすればクラリセンやイラインよりも良いことを示しているのだ。
それは労働人口の違いだろうか? それとも、土や水などの具合だろうか? ネルグの影響をより多く受けている開拓村の土が負けているとは思えないが、何か共通して行っている改善のための手法でもあるのだろうか。
興味は尽きない。もしも何かの方策を行えば同程度の収穫が見込めるのであれば、他の開拓村も助かるのだ。
一応差し入れまでして、農作業をしている男性に聞いてみたが、その人は特別に何かしているわけではないそうだ。ただ、ライプニッツ卿の布告の通りに開墾をして、配布された種を植えて世話をしている。
始めはやはりすることが増えて大変だったが、しばらくすればそれだけで暮らし向きが豊かになったと、笑いながら言っていた。
……種が特別だったとか、そういうことだろうか? そういった仮説は立てられるが、それを検証する方法は無い。領民の暮らしが豊かになったのは良いことだが、その理由がわからないことだけが、僕にとってとてももやもやする悩みだった。
横に伸びた楕円形のような領地を縦断しているため、一週間も経てばもうかなりミーティアには近付いていた。そしてネルグから離れているからだろうか、農村のような雰囲気も薄まり、商業都市のような雰囲気が濃くなってくる。
今日は夕方になる前に街へ着いた。急げば次の街まで行けるだろうが、特に理由も無く僕はその街で立ち止まる。そして、もう見慣れてきたその街の雰囲気を見て息を吐いた。
ここまでの街でわかってはいたが、ライプニッツ領にはミーティア人が多い。やはり隣接していると交流が多くなるのか、街中では二足歩行の動物といったような人が増えていた。
初めて見たときにはそれなりに驚いた。何しろ、失礼ながら人間には見えなかったのだから。
マナー上、人といっていいのか動物といっていいのかどうかはわからないが、とにかくそんな感じだ。
まるで狼が普通に立ち上がったような人が歩いていたり、白髪の女性に巻いた角が生えていたりする。動物との混ざり具合――それも『混ざる』と表現していいのかどうかわからないが――も様々だ。人のような肌がある人や、毛皮そのものの人、毛深いだけの人、様々だ。
……直立歩行している猪など、もはや食肉として食べている動物と何が違うのかわからなかったりする人もいるが、その辺の折り合いはどうつけているのだろうか。それは本人に聞くしかないと思うが、その勇気は無かった。
人種が混ざった街。そんな街で、今日も宿を取る。
『食べられない物などはございますか?』という聞かれ慣れた問いに答えながら、僕は銀貨二枚をカウンターに置いた。




