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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
目的の無い旅

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206/937

あとは正義に任せて

10/25 労働期間が旧設定と混じっていたので修正しました

 


「ひ!?」

 僕が拳を作るのを見てとると、偽カラスはわざとらしく身を躱すように捻り、それから僕を指差し叫んだ。

「ほ、ほら見てくださいよ! このガキ、俺に殴る蹴るの暴行を加えて、それで無理矢理こんな役をさせたんでさぁ!」

「いいから、早く中に入れ! 話なら中で聞くから!!」

「でも、旦那! こんな乱暴者を放っておいていいんですかぃ!? 罪もない俺みたいな一般人に暴力を振るう探索者なんざ、とっちめてくだせぇよ!」


 無理矢理にでも建物の中に連行しようとする衛兵の腕に抵抗しながら、自分は無実だと喚き続ける。僕を睨むその演技は……いや、演技ではないかもしれないが、真に迫って見えた。



 どうしようか。その姿を見て僕は悩む。

 証拠はある。今すぐには出せないが、ノイ達が拠点としているこの街へ戻ってくれば、この男の犯行を証言できる。それと犯行現場近くの詳しい捜索を行えば、きっと物証まで出てくるだろう。


 じっくり付き合えばいい。いずれ、真相はわかるだろう。

 そうは思う。だが、その正規の手続きを行う気も失せていた。



 偽カラスの口から発する音を消す。衛兵への質問の最中、繰り返される喚き声は耳障りだ。

「参考までにお聞きしたいのですが」

「……へ? あ、はい!」

 喚き声が消えて、驚く衛兵に質問を続ける。偽カラスは自らの声が届いていないのに気付かないのか、口をパクパクと動かし続けていた。

「この男がもしも本当に犯人だとして、その量刑はどれくらいでしょうか?」

「量刑……。罪の重さですか?」

 ライプニッツ領では死罪だという。だが、エッセンの法を当てはめるこの街ではどんな罰なのだろうか。

 僕が頷くと、偽カラスの頭を押し退けながら、顎に手を当て衛兵は考える。


「そうですね……やはり取り調べをして事情を聞かなければわかりませんし、最終的にはストゥルソン殿の判断にもなりますが……。以前、復興時の混乱に乗じて強盗を働いた者は、三年間の強制労働と賠償になりました。今回はそれとは桁違いの被害額ですが……でもその時と違って怪我人もいませんしねぇ……」

 ポツリポツリと思いついたことを並べるように、そう衛兵は答えてくれた。

 しかし、やはり怪我人がいないのが偽カラスに幸いしているのか。いや多分、それは狙っていたのだろう。無論、それが出来なかったということもあるだろうが。

 死傷者を出さないことで衛兵による討伐をされない程度の罪状に抑え、そして万が一捕まった場合に軽い罰で済むように。

 勿論被害に遭った商人達にとっては大迷惑であるし、街同士の流通を妨害してもいる。そこまで軽い罪にはならないだろうが、同時に重い罪にもならないだろう。ふざけた話ではあるが。


「ま、何ヶ月か程度の強制労働(奴隷落ち)か……、ほら、動くなって、……そこらで済んでしまうのではないでしょうか。勿論、商人や貴方へ対する賠償命令も出るとは思いますが……」

「……わかりました」


 本当に、重い罪にはならないらしい。僕の名前を悪用し、そして今なお僕のでっち上げだと罪を擦りつけようとしている男の罪が、そんな僅かな強制労働で償われるのか。賠償があるとはいえ、少し納得がいかない。

 死傷者がいない、ただそれだけで。

 それに。


 消音を解除する。必死に訴えていた偽物は先程からようやく違和感に気がついたようで、嘆願よりも事態の把握のために衛兵に訴えかけていた。

「旦那、ねえ、旦那!」

「……ああ、わかったから、とりあえず中に入れ。話を聞くから」

 衛兵が反応を返すと、ホッとしたような顔でまた僕を指差す。それから、泣きそうな顔でまた同じような言葉を吐き続けた。

「そんなことしちゃ、こいつの思う壺なんですよぉ! どうせ、俺を犯人に仕立て上げるために証拠やら何やらでっち上げてあんですから!!」


 それに、こいつは反省などしない。そう思った。

 この短い時間だけでもわかる。嘘を吐く仕草に何の躊躇も罪悪感も感じられない。強制労働の最中も、そしてその労働が終わろうとも、自分の犯した罪を悔いることはないだろう。悔いるとしたら、捕まったことに対してだ。

 だからきっと、またやる。


 一度犯罪を犯した人間は、その後の行動の選択肢に犯罪行為を入れてしまう。そのため、容易に犯罪を繰り返してしまうという。この男はその典型だろう。人の心の内は読めないが、そう思えた。


 言い訳に歪めた顔は不快で、見ているのも嫌になる。醜悪とはこの事だろうか。

 この男の犯罪を知っている僕だからこそそう思えるのかもしれないが、それはとてもとても不愉快だ。


 再犯を犯す悪人の処理。それはどうすればいいだろうか。

 勿論、この偽カラスも更正する可能性も残っている。僕には人を見る目がない。実は偽カラスは『根は良い人』などという存在なのかもしれない。だが、もしもまた犯罪を犯すなら、だ。


 オラヴならば、きっととことん付き合うだろう。いつか改心するその日まで、……いつかは極刑で死ぬかもしれないが、どちらにせよ悪事を働かなくなるその日まで。

 レシッドやオトフシならば、自らに火の粉がかからなければ放置するだろう。むしろ、先程捕縛したときにきっと躊躇なく殺している。そういう判断も出来る人たちだ。

 レイトンなら……、レイトンやグスタフさんならどうするだろうか。石ころ屋なら。


 ……そうだ。僕の判断は決まっている。

 ヘレナをオラヴに引き渡したくないと思ったあのとき、判断した通りだ。


 これからの行動は決まっている。

 誰に命令されることなく、僕は僕の判断で、悪事を働くのだ。




 もう一度、音を消す。そして偽カラスの縄を引っ張り衛兵から引き剥がし、魔法で拘束する。もがくことすら出来ぬよう、身体を完全に直立姿勢で固定する。

「もう一つお聞きしたいのですが、仮に僕がこの男に暴力を振るったとして、それはどういった量刑に?」

「そんなことするようには思えませんよ」

「それはありがとうございます。ですが、もしも、の質問ですので」

 答えることも渋るように、衛兵は口を歪める。ありがたいことだが、今はそれよりも質問に答えてほしい。

「……その場合は、多少の怪我だけでしたら一ヶ月程度の強制労働でしょうけれども……。でもその場合は罪を擦り付けるためですよね? でしたら先程の強盗の罪もありますし、悪意があるということで十年以上の強制労働どころか、極刑もあり得る話ですけれど……」

 何処かを見ながら衛兵は考え込む。きっとそれもオラヴの判断によるのだろう。一応エッセンの法に指針はあるだろうが、それを当てはめるのはオラヴなのだ。


 そう、オラヴがどう思うかで法の適用がどうなるか、それが違うのだ。

 この偽物ならば、オラヴの泣き落としも出来るのではないか。そんな気がする。


 本人が実際どうするかはわからない。だがそれでも、そういう懸念起こるだけでもはや充分だろう。


「……では最後に、僕が今この男に暴力を振るったとして、指名手配にはされますか?」

「指名手配……ですか?」

「ええ。他の街に顔の特徴が出回り、追われる身になったりとか」

「……まあ、一応されますね」

 そう答えながら、衛兵は頬を掻く。そして、目を逸らしながら半笑いで言った。

 声を潜めて、唇を読ませるように言葉を紡ぐ。

「ですが、正直なところを言いますと、他の街との連携はそんな綿密な訳ではないので……、微罪ですし、この街周辺で目撃情報があれば調べに行く程度でしょうか。それもどうせ一年ほどで有耶無耶になって……ああ、ここだけの話ですよ?」

「……ありがとうございます。それだけ知れれば結構です」


 衛兵達の怠慢。それはグスタフさんもレイトンも問題視していたが、この街でもそれは起こっているのか。いやきっと、この街でもというよりは、この国全体で。


 だが、その怠慢がちょうどいい。他の街でも追われる身になる。……まあ別に構わないけれど、それが起こらないのであればその方がいい。



 しばらくクラリセンを出入り出来なくなるくらいであれば、甘受しよう。





 偽カラスの拘束を解く。

 つんのめったように前に倒れ、それから僕の方を睨んだ。

 だが、もう関係ない。消音を解いているため何か喚いているが、聞く気もない。僕の方へ食ってかかるように近付いてきているが、好都合だ。


「ほら、お前みたいな乱暴者が……」

 その胴に、思い切り回し蹴りを入れる。


 手加減はしている。だから、死にはしないだろう。

「ぴ」

 変な声を出して、くの字に折れ曲がった身体が吹き飛んでいく。やがて偽カラスは、十歩ほど離れた石の壁に激突し、崩れ落ちた。



「今度は治しませんので。さようなら」


 どちゃりと音を立てて伏せた身体は、四肢を投げ出し力なく呼吸を繰り返している。

 意識はなさそうだし多分聞こえてはいないだろうが、一言悪態をついてしまうのはきっと僕の癖だ。それを今回は止める気もない。





 突然の凶行に驚き固まる衛兵に向けて笑顔を作る。本来ならば即座に僕を捕縛しに来なければいけないだろうに、そんな体たらくでは駄目だろう。そうは思うが、先程まで普通に話していた少年が突然起こした凶行だ。驚くのも無理はないか。

「これで手配されるでしょうか。次にこの近くの街道に『カラスと名乗る強盗』が現れたら、即座に捕まえに来てくださいね」

 そしておどけるように手を振ると、衛兵はようやく我に返ったのか、乾いた笑い声を発した。

「……そういうことですか」

「察して頂けたのであれば助かります。それでは僕はこれで逃げますので」

 犯罪者は安穏としているべきではない。捕まえられるのも困る。僕は踵を返し、そしてもう一度衛兵に顔だけ向けた。


「ああ、それと詳しい事情はノイさん達のパーティか、コンヴェイという商人から聞き取りをお願いします。ライプニッツ領に入って少ししたところでその男に遭遇、そこで捕縛し連れてきました」

 偽カラスを指差し、そう一息に言い切る。一応その証言はしておくべきだ。勿論それで偽カラスの犯行が明らかになっても、僕の罪が消えるわけでもないが。

「ええと、はい。わかりました。……じゃない、動くな神妙にしろ!」

 僕の言葉に、衛兵は覇気の無い顔でそう答える。逃げてくれ、そう言わんばかりに。


 きっとこういった『話がわかる』衛兵をグスタフさんやレイトンは嫌っているのだろう。だが、今回の僕にはありがたい。使えるものは何でも使うというのも、石ころ屋で学んだことだ。


 そう、今回はこの男だけだが、有名になった僕の名前を使う輩が他にも出ないとは限らない。

 では、これから起きる恐れのある悪事を止めるためにはどうすればいいのか?

 簡単だ。僕が、まず悪人になればいいのだ。

 それも、石ころ屋で学んだことだった。



 気遣いを無駄にしてはいけないだろう。足早に立ち去る。

 角を曲がり建物の陰に入り、ようやく衛兵の詰め所が見えなくなった頃、治療師を呼びに走る声が聞こえてきていた。

 もう会うこともないであろう、名も知らぬ初老の男。彼がまた、僕の名前を名乗らないことを祈る。




 日没だ。早いところ、ミーティアに向けて発とう。

 そう考えて南の門を目指す僕とすれ違うように、もう見慣れたような巨体が現れる。

 先程の野良仕事の服装ではなく、いかにも文官といったような動きづらそうな服だった。


「おう、カラスか。偽物を捕まえたそうじゃの」

「ええ。今し方衛兵の詰め所に突き出してきました」


 快活に笑うオラヴは、足を止めて僕に話しかけてくる。しばらく話すことも出来ないとあれば、この笑顔を見れるのもあと少しだ。寂しさはないが、何というか、勿体ない気がした。

「ご苦労じゃった。儂の方にもさっき連絡が来てのう。重罪人じゃ、儂直々に取り調べねばな」

「お疲れ様です」

 オラヴは袖捲りをするように腕に手を添え、そして牙を剥いて笑う。この様子ならば、偽物が無罪放免や赦免されることは無いのかもしれない。

 だが、僕はやらずにはいられなかった。であれば、やるべきだろう。


「では、僕はこれで。公正な裁きをお願いしますね」

「勿論じゃ。事情をよう聞いて、他にも仲間がいるかもしれんし」

「その心配は無いでしょう」

「何故じゃ?」

「僕の名前を騙ったからです」

 僕の言葉にキョトンとした顔を返したオラヴは、首を傾げて続きを促した。


「僕の名前を騙ったのは、あの人が弱かったからです。もしも個人で強盗が出来るくらいの腕前があるならば、自分の名前を名乗ればいい。その方が箔が付きますからね。ですが、それをしなかった。そして、自分のではなく自分『たち』の名前を名乗ることも出来ます。弱くても徒党を組めば、『自分たちはなんとか盗賊団だー!』のような感じで。しかし、それもしなかった」


「つまり、単独犯だったからこそ、お主の名前を名乗って身を守っていたと?」

「そんな感じかなぁ、と思うんですよね。当番制とか色々考えると他の可能性もありますが」

 持ち回りでやっている可能性もある。だが、犯行現場は一カ所だ。あのクラリセンとライプニッツ領の境、そこだけでまだ四件しか起きていない。二人組くらいであればあるだろうが、いたとしてもそんなに大人数ではあるまい。


「……まあよい。これからわかることじゃしの。そうじゃ、それに商人達のためにも脅し取った金品も出来るだけ取り戻さねばな。カラス、お主への賠償も……」

「それは結構です。面倒なことは嫌いなので」

「そうか? では、そのようにする」

 もし賠償などについての話を聞くとすれば、その前にきっとオラヴの鉄拳が来るだろう。説教と共に。それはごめんだ。

「……この道じゃと、停泊はせんのだな」

「ええ。どこかで野宿でもします。今日はライプニッツ領のどこかでですね」

「いいのう。虫の声を聞いて夜風に当たりながら……儂もまたしたいもんじゃのう」

 懐かしむようにオラヴは口に出す。ただその表情からすれば、それは野宿を懐かしんでいるわけではあるまい。僕が奪ったわけではないが、やはり何となく申し訳なくなった。


「これは褒め言葉として口に出しますが……」

「ん?」

「ストゥルソン殿は、礼服よりも鎧姿が似合いますね」

「お、お? そうかの……?」

 僕の褒め言葉に一瞬喜んだ様な、そして意味がわからないという怪訝な顔をして、オラヴは口ごもった。


 その姿を無視するように僕は頭を下げ、別れの言葉を口にする。

「それでは、これで失礼します。ありがとうございました」

「お、おう。ではの。また近くに来たら、この街に寄るんじゃぞ」

「ええ。機会があったら、是非」

 その機会はしばらく無いだろうが、その言葉はさらりと出た。少しばかり、僕は嘘が上手くなったらしい。



 オラヴに別れを告げ、クラリセンを後にする。

 これからは出入禁止に近い街。もう日は落ちてすっかり暗くなったその街に背を向け、僕は駆け出した。


 ライプニッツ領、どんなところだろうか。折角だし、明日は宿に泊まりたいな。




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― 新着の感想 ―
>「勿論じゃ。事情をよう聞いて、他にも仲間がいるかもしれんし」 >「その心配は無いでしょう」 ライプニッツ領の領主が討伐を有耶無耶にしてることから カラスの名前を貶める為に領主も絡んだ陰謀という疑いは…
[一言] あ、テティさん最後まで出て来なかった。 それにしても作者さん、苛つく人物の造りがうまいなあw
[一言] 主人公は基本的にアホだな なのに自分は優秀だ(魔法でどうとでもなる)と思ってる節がある だから、シンプルにすれば良い事をこじらせたり、やらんでいい事をやる エピソード毎にコレ繰り返されると…
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