媚びた嘆願
では、承諾もしてくれたところで……まあしてもしなくてもいいのだが、クラリセンへと連れていこう。このまま走っていけば、日没までには戻れるだろう。
そう思い、戻る道を見る。そして偽カラスの襟首を掴み、持ち上げる。このまま持っていけばいいや。と思ったが、偽カラスが叫び声を上げた。
「あがっ……!!」
? 何だろう。と偽カラスを見れば、腕を押さえて顔を顰めている。そしてついでに足を見れば、ぐにゃりと曲がったその足を力なく投げ出していた。
「……ああ」
それでようやく気がつく。魔法で保護はしていたし、僕自身同じ目にあっても多分無傷だから気にしなかったが、よく考えればここまで数百メートル以上投げ飛ばしたり殴り飛ばしたりして移動させているのだ。
特に投げ飛ばして移動させたときなど、地面を跳ねるように飛んでいた。全身に怪我を負っていて当然だろう。
その身体に魔力を通す。闘気も少ない貧弱な身体には簡単に通せて楽だ。
「すいません。気がつきませんでした。色々と折れてますね」
具体的には、骨折が腕にも脚にもあるし、肋骨にもいくつか罅が入っている。重要臓器や背骨に傷が付いていないのが幸いか。あとは擦過傷が身体の至る所にできていた。
「……ぃ!」
呻きながら僕の言葉に反応する。そして恐怖の表情を浮かべてから無理に笑顔を作った。
「……へ、へへ、何言ってるんですか、私何にも……」
「別に隠さないでも、傷口を抉る真似はしませんよ」
とりあえず、その骨と傷を治す。僕が怪我させてすぐに治すとは、徒労だとも思うが仕方がないだろう。気にしすぎだとは思うが、オラヴに不信感を与えるわけにはいかない。
「さて、行きますか」
健康体になった偽物の襟首をもう一度掴み、そしてそのまま近くの木の枝に飛び移る。
そんなに曲がっているわけでもないが、それでも街道は直線ではない。目指すはクラリセン、その街まで最短のルートで駆け抜ける。
偽男の叫び声がすぐに止まったのはありがたい。うるさいのは嫌いだ。
「到着―!」
走ってきた勢いをそのままに、クラリセン近くの麦畑の前に降り立つ。畑以外の場所にはまた石畳が敷かれているようで、そこに飛び降りると細かい土煙が舞う。……剥がれなくてよかった。
ここからは木の上を移動するわけにはいかない。担いでいくのも嫌だし、歩いてもらうしかない。泣きそうな顔で身体を硬直させている偽物を引きずり立たせ、そしてクラリセンの街を示す。
「じゃ、付いてきてもらいますけど……ああ、拘束した方がいいですね」
正直それも忘れていた。手を縛るくらいはするべきだった。他人の捕縛などした経験がないとはいえ、ここまで何もしないのは反省すべきだろう。武器も取り上げておく。
背嚢から縄を取り出し、後ろ手に拘束する。縛り方の勉強もしておくべきだったか。
為す術なく、抵抗もしない偽カラス。その腰にもう一本取り出した縄をくくりつけ、その先を握って街中に引っ立てていった。
オラヴの所まで連れて行くと言ったが、よく考えれば犯罪者を突き出すのならば衛兵の詰め所だろう。そう考えた僕は行き先を変更する。
偽カラスの情報を提供してもらった所まで歩き続ける。
そして出迎えてくれた衛兵は先程資料を見せてくれた衛兵で、僕の顔を見て明るく笑った。
「あ、先程の。……では、こいつが?」
「はい。偽物のカラスです。こちらで対応していただけますか」
そう言いながら、偽カラスの背中をポンと押す。押し出されてつんのめった偽カラスは、たたらを踏んだように衛兵の前で立ち止まった。
「そうですね。ご協力ありがとうございます。ついては、一応捕まえたときの状況等お聞きしなければならないのでそちらもご協力願いたいのですが」
「わかりました。この街に泊まる気はないので、出来るだけ早くお願いしますね」
「フフ、ええ。時間は取らせませんので」
柔和な笑みに頷きで応えて、建物の中に入ろうとする。だがそこからは、偽カラスは動こうとしなかった。
「ええと、この期に及んで?」
抵抗だろうか。もはや捕縛され、衛兵も目の前にいるというのに。
「へ、へへ、すいやせん、俺を逃がしてはくれませんか?」
僕が尋ねたことには応えず、ただ衛兵を見て偽カラスは媚びた笑みを浮かべる。
「馬鹿なことを言うな。出来るわけがないだろう」
それに厳しい言葉を返し、縄を引っ張ろうとする衛兵に向けて、薄ら笑いを浮かべて男は叫ぶ。
「お、俺はハメられたんだ! そこのガキに、あんたは騙されてんだよ!!」
「うるさい、黙れ!!」
「だ、だから、俺はそこのガキに騙されてこんな場所に連れて来られてんだ! 俺は無実なんですよ旦那ぁ!?」
その意見を翻した姿に何故だろうと一瞬考えたが、その目つきに、その口ぶりを見て僕は確信する。
この男、媚びる相手を変えたのだ。僕に従っていたのはただ暴力の結果で、その暴力が衛兵の前では振るえないと踏んで。とんだ変わり身の早さだ。
このまま僕が突き出しても、前回と同じことになる気がする。オラヴがヘレナを見逃しそうになったあのときに。
ただ、今回は一応証拠がある。僕の他、ノイ達のパーティと商人が、犯行現場をキッチリと見ている。それだけでまた違った結果にはなるだろう。だが……。
……オラヴの顔を立ててここまで引っ立ててきたが、やはり殺した方がよかったかもしれない。まだ衛兵に泣きつき続ける偽物を見ながら、僕は拳を握り締めた。




