購入希望
しかし、多分僕も当事者だ。
ここで口を出した方がいいだろうか? そう思い、一歩歩み寄ったところで僕に受付嬢が気付いた。
目線で受付嬢に問いかけると、受付嬢は口を真一文字に結び、掌を見せて僕を制した。
出てくるなということだろう。
そういうのであれば、そうしよう。
だが何が起きているのか把握はしておきたい。
僕は二人の話し声が聞こえる壁際に、さりげなく移動した。
二人とも、見た目は僕より少し上くらいの年齢だ。彼らは、深緑の染められた木綿のカッターシャツにチョッキという、一般的な町民の服装だった。
一般的な町民の服装。しかし何か違和感がある。
着慣れていない、というか、合っていないというか。この違和感の正体は何だろう。
「でも、明後日まで待ってたら売れちゃうかもしれないし」
「そうじゃなくて、今、命令とか目立つことはするなって言ったろ?」
「そっちか! じゃあ、あの剥製は……」
「俺に任せとけって。いい案がある」
ボソボソと続いていた作戦会議が終わったらしい。
レヴィンは振り返り、また受付嬢の方を向いた。
「だったら、そのフルシールを売る本人に話を通すから、売主の居所を教えてくれ」
居丈高に、レヴィンはそう言い切る。しかし受付嬢は、その申し出も切って落とした。
「お請け出来ません。本人の同意がない以上、ギルドの方から情報を提供することは致せませんので」
「居場所ぐらいいいじゃん!」
黙って聞いていたもう一人の少年が、後ろからそう叫ぶ。
「申し訳ありません」
受付嬢は動じない。ただ謝罪の言葉を述べ、頭を下げるだけだ。
なんか僕がすごく迷惑をかけている気がする。
心苦しさに一歩踏み出すと、横のカウンターの受付嬢が、こちらを見つめながら必死に手を振っていた。
任せてもいいのか。
僕が苦笑いを返すと、受付嬢は安心したように頷く。そして立ち上がり、奥へと引っ込んでいった。
そうしている間にも、もう一人はまだ喚いている。
せっかく来たのにギルドは親切でないとか、俺たちの力があればこんなギルドどうとでもなるとか、穏やかではない様子だ。
やがて見ていると、先程席を立った受付嬢に連れだって、少し歳上の男性職員が歩いてきた。
「お二方とも、こちらにお願いします。奥で詳しいお話を……」
「そうか、そうだな」
「よかったぁ」
嬉しそうな顔をして、職員の申し出に二人は乗る。
そして大人しく奥へと歩いて行った。
二人がいなくなったのを確認して、僕は受付嬢の所に歩み寄った。
「何なんです? いったい」
「ああ、はい。見ていらしていたのであれば話は早いのですが、先程の二人が、競売にかけられるフルシールの剥製について、ちょっと……」
言い淀んだ受付嬢は、周囲を見回して聞き耳を立てている者がいないことを確認する。
僕も一応確認するが、一応いないようだ。
向き直り、聞き直す。
「あの剥製が、何か?」
「あの剥製を、買い取りたいという申し出があったんです」
「買いたいって……競売にかけられる物を?」
「はい。競売にかけられる前に、即金で金を払うから品物をくれ、と」
競りではなく、相対で買いたい。そういう要求か。
しかし、それくらいで。
「どこで商品を知ったか、という事を除けば、特に問題も無い要求だと思いますが?」
「金貨五枚で、という要求でもでしょうか」
「……すいません」
冷えた受付嬢の視線が痛い。
金貨五枚とは普通に考えれば大金だが、伝説の魔物の値段にしては安すぎる。鉄貨一枚で馬を買うようなものだ。
なるほど、にべもなく断られても無理はない。
「仮に適正価格でも、売りはしませんが」
「金額の多寡の問題じゃないと」
僕の言葉に、受付嬢は頷く。
「今回の競りは利益を得るため以外にも、市場調査の意味もあります。そして、競売の規約でもある。一度出品目録に入れられた商品を削るには、それ相応の理由が必要です」
「はあ、まあわかりました」
出品の規約は目を通したことがないが、ギルドとしての回答だ。そういうものなのだろう。
また奥の方が騒がしくなる。
ドアを蹴破るように開けながら、先程の二人が出てきた。
「俺、あれどうしても欲しいんだけど!?」
「ううん、難しいみたいだね。我慢も必要だよ」
どうやら、行われていたのかもわからない交渉は決裂したらしい。
彼らの願いは認められず、何事もなくフルシールは競売にかけられる。きっとそうなるのだろう。
「また来るよ」
帰り際、レヴィンの方が受付嬢にウインクしてそう言う。受付嬢は、眉一つ動かさずに会釈してそれを見送った。
「ちょうど良いです。私自身が担当ではありませんが、先程担当者に確認したギルド側の要望を述べましょう」
二人が去って行った方を見つめながら、受付嬢は淡々と述べる。
「ギルドとしては、このままフルシールを競売にかけることを望みます。理由は先程の通りです。仮に金貨百枚積まれようが、競売にかける利点の方が大きい」
「……はい」
「彼らが諦めなかった場合、次に取る手段はカラス様、貴方への直接交渉でしょう。ですから、それを突っぱねて頂きたい。ある程度の補償の準備はありますので、多少金額が増えようが、条件がつこうが断って頂きたいのです」
「仮に僕が彼らへ売ろうと思えば、そうなるんですか?」
「流石に、売り主の貴方の意見は無視出来ない。そうなる可能性も、もちろんあります。その上で、お頼み申し上げております」
……どうだろう。
元々、あの二人へ売る気は無い。というか何処で売れてもいいのだが、今預けてあるギルド以外の所へとなると、少々面倒くさいことが予想出来る。
どうだろうと、悩むまでもなく決まっている。
「僕としてもこのままがいいので、わかりました。彼らとの交渉はしない。それでいいですね」
「ありがとうございます。売り主が貴方だとは、競売が終わるまで知れ渡ることがないはずです。しかし彼らなら調べることも可能だと思われますので、ご注意ください」
「もう既に商品を知っているくらいですからね」
通常、この街の公開競売に出品される商品は前日の昼に発表される。
主催するのはイラインの行政である。その監視の下厳重に管理された商品は、出品者すらほかの商品を知らない。
今回のような抜け駆けや無用な駆け引きを防ぐためらしいが、その辺はよく知らない。
そして公開競売は明後日だ。商品の発表は明日の昼のはず。
つまり、彼らが知っているのはおかしい。
何かコネでもあるのか。
「彼らは……」
そう言いかけて、言葉を止める。そして今度は声を潜めて、受付嬢は言った。
「レヴィン様に、グラニー様。共に偽名でしょうが、恐らく一番街の住民でしょう。貴族の子女という線が有力ですが、今調査部が調べております」
「ああ、だから、ですか」
僕の脳裏に、先程の着慣れていない服装が浮かぶ。
一般的な普通の服装。その違和感の正体。
綺麗すぎるのだ。皺もなく、くたびれた様子もない。
まるで先程買ってきた物をそのまま着たような、そんな具合だった。
「ですから、重ねてお願いいたします。どうか彼らではなく、私どもにフルシールを託して頂けますよう」
受付嬢はぺこりと頭を下げる。彼女自身の考えはどうだかわからないが、その真摯さは読み取れた。
僕の答えは決まっている。
「この前、僕の目の前で魔物がギルドに寄付されたことがありましてね」
「は、はあ」
面食らったように、受付嬢は戸惑っていた。関係ないような話をいきなり始めたのだから当然か。しかし、それが僕の要望だ。
レイトンは、中の死体も含めて魔物を寄付した。
「僕も今、ギルドに魔物を託しています。だから、面倒ごとも含めて全部お願いしますね」
もうギルドへは託した。後半が主な願いだが、それが叶うと嬉しい。
僕の答えに、受付嬢はニッコリと笑って言った。
「余程の無茶をあの方々がされない限りは、大丈夫です。承りました」
快諾されてよかった。
これで何もないと良いのだけれど。
先程までは確かに、何か変わったことが起きて欲しいとは思っていた。
しかし、こういう面倒ごとはごめんなのだ。




