ジェラルド三世のお墓
「ジェラルド様。昔、ここはフローエンという国だったとご存じでしょうか?」「ああ、歴史か、知っている。俺の名前は最後の皇帝ジェラルドから名づけられたから」ソニアは手に持っていたカップを落としそうになった。「え?ジェラルド様、本当ですか?!」ソニアはカップを置き手を握り締めた。両手が小刻みに震える。「ああ、俺の先祖はジェラルド三世の父親の弟の血筋だったそうだ。生まれた時この髪と青い瞳がその象徴と言われているらしくて数百年ぶりに現れた特徴で、だからジェラルドと名付けられたらしい」ソニアその話しを聞き号泣した。そうだったんだ、、だからあなたはジェラルドなんだ。ソニアは瞳を閉じて深呼吸した。今目の前にいる人はフローエン帝国の血筋、正真正銘のジェラルド。閉じた瞳から一筋の涙が頬を伝わり顎先から下に落ちた。「ソニア?一体どうしたんだ?」ジェラルドは泣き出すソニアを見て困惑している。「あ、いえ、実は私、歴史が好きで、特にその時代に興味があって。今のお話を伺って感極まって、」ソニアは涙を拭い気持ちを落ち着かせるように胸をさすった。ジェラルドはそんなソニアを見て嬉しくなった。初めてソニア自身の事を話してくれた。それに俺に、初めて興味を持ってくれた。「そんなに好きなんだ。なんか嬉しいな。我が家の敷地に最後の皇帝ジェラルド三世と、その恋人のリータ姫の墓がある」
「リータ姫、、、」その名前を聞きソニアはジェラルド三世との最期を思い出した。「ああ、ジェラルド三世が姫を助ける為に死んだあと、彼女も後を追って死んだ悲恋の物語だ。亡くなってとなりに埋葬されている。そういえばそろそろ我が一族の慰霊祭があるから興味があれば行くか?」ジェラルドはソニアを誘った。「行ってもいいのですか?」ソニアはリータと聞いて複雑な気持ちになったがジェラルド三世の埋葬されている場所に行きたい気持ちが勝った。「ああ、一族以外も参加するから気にしなくていい。確か来週だった。」ジェラルドはスケジュールを見て言った。「何か用意するものはありますか?」ソニアは気持ちを切り替えた。「特にはないが、慰霊祭だから黒の礼服だな。詳細はまた伝えるよ。しかしソニアが歴史好きだとはな」そう言ってジェラルドは嬉しそうに笑った。
ソニアは部屋に戻った。「ジェラルド三世の恋人リータ姫」衝撃的な言葉がよみがえった。ジェラルド三世の恋人がリータ姫になっていた。では、私は?私の存在はなんと言われているの?帝国を滅ぼした悪女?呪われた生贄?ショックで体が震えた。
ジェラルド三世は一貫して私を愛してくれていた。周りもそれを知っていたのになぜ?私がフローエン帝国を滅亡させたと言われているから?だからジェラルド三世が私を愛してくれていた真実を隠蔽しリータ姫を恋人にしたの?私は一体何のために生贄になったの?歴史上の悪女になる為に全てを諦め眠る孤独な人生を送ってきたって事?何のために時を超え千百一年も生きてきたのだろう?
ソニアは生きていることに罪悪感を感じた。私は生贄としてなんの役にも立たなかった。「ウッ、、ヒック、バカみたい。わ、私は本当にバカみたいだわ!」ソニアはこらえきれず声を上げて泣いた。ジェラルド三世が死んだ時あの場所でどれだけ泣き叫んだか。何度もこの胸に剣を突き刺したのに死ねなかった。ジェラルドごめんなさい。ジェラルド。ごめんなさい。私はあなたに会う為だけに時を超える生贄になったのかもしれない。だけど私たちが結ばれることは過去もこの先の未来にも無いのだわ。
数日後ソニアは礼服を買いに出かけた。コンシェルジュに聞いたお店に行った。お店の店員はとても親切に選んでくれた。恐らくコンシェルジュが伝えてくれたのだろう。店を出て歩いていると人だかりが出来ている。チラッと見るとジェラルドと先日の恋人が仲良く手を繋ぎレストランに入って行った。これが現実なのだ。ジェラルド一世の妻はルアーナで、ジェラルド三世の恋人はリータ姫そして今のジェラルドも私じゃない。いい加減諦めなきゃ。
ソニアはホテルに帰り慰霊祭に必要なものリストを見ていた。皇帝に捧げる花一輪と書いてあった。慰霊祭前にジェラルドは先に邸宅に帰った。ソニアは一般として参加するので当日に行くことになっている。当日になりソニアは花屋に行き一本のススキを買った。ソニアがジェラルドに捧げるのは思いが詰まったススキだ。それ以外無い。ソニアは魂が導かれるようにその場所に着いた。もうわかっていた。ジェラルド三世はここにいると。私を待っていてくれたと。慰霊祭は始まっていた。この時代のジェラルドがいた。ジェラルドの隣にはあの恋人カレナがいた。
ソニアの前に並んでいる人達があの二人は婚約するそうだと話していた。胸が痛んだ。でもこれでいい。この時代のジェラルドに私が出来る事は何一つ無いのだから。
何百年ぶりにジェラルド三世に会い本当のさよならが出来る。ずっとずっと心にあった。いつも愛を口にしてくれたジェラルド三世、そばにいて大切にしてくれたジェラルド三世、最後にソニアを選んでくれたジェラルド三世。ジェラルド一世の頃の事をずっと後悔していたと話してくれた愛する人。
ソニアはジェラルド三世の墓が見えた時に涙で前が見えなかった。皆一輪の美しい花を亡き皇帝に捧げている。ジェラルド三世の墓の背後には一族が座り一般の参列達が皇帝に花を捧げる姿を見ている。一番前は今のジェラルドがいた。
ソニアの順番が近づくにつれ会場の雰囲気が変わって行った。光が溢れ周りが黄金色に変わってゆく。少しだけ霞が出てきた。幻想的な雰囲気に変わった。ソニアは瞬きもせずジェラルド三世の眠る墓を見つめていた。とうとうソニアの番になった。ソニアはゆっくりとジェラルド三世の墓に近づいた。
「ジェラルド、待った?あなたに会いにきた。あなたと私の思い出のススキ持ってきたわ。今でもずっと愛しています。あなただけをずっと」ソニアはそう言ってジェラルド三世の墓にキスをした。
その時どこからか風が吹き沢山のススキの穂がジェラルド三世の墓とソニアの周りに舞い散った。
周りの人間は突然起きた現象に驚いていた。ソニアは空を舞うススキの穂を見て、懐かしく、一人残された悲しみの涙をながした。そして手に持っていたススキをジェラルド三世の墓に捧げた。その時もう一度強い風が吹き他の花は飛ばされソニアの捧げたススキだけがジェラルド三世の墓に残った。それを見たソニアは「ジェラルド、あなたらしいわ」そう言って微笑みその場を去った。
ジェラルドは今目の前で起きたことに言葉が出なかった。明らかに皇帝ジェラルド三世はソニアを待っていた。そう確信できるほどあり得ない現象が起きた。周りの人間誰も言葉を発することが出来なかった。ただ、あの人は誰なんだという声が上がっている。
ソニアは清々しい気持ちだった。ジェラルドからリータの事を聞いて動揺をしたが自分の思いだけを持ってジェラルド三世の墓に行った。一緒に死ねなくてごめんなさい。選んでくれてありがとう。愛しています。そんな思いだけ持ってジェラルド三世に向き合った。生まれ変わったジェラルドが目の前にいたが、ソニアはジェラルド三世を愛したのだ。その思いを汲んでくれたように、ジェラルド三世が待っていてくれたと思えた。隣に眠ることもできないソニアをジェラルド三世はずっと待てくれた。
部屋に戻りソニアは海を見つめながら先程の出来事を思い出していた。まさかあんな現象が起きるなど思ってもみなかった。言い訳を考えなきゃ。しかし言い訳は何一つ思い浮かべることが出来ない。結論として、偶然というしかない。目の前で見ていたジェラルドはどう思っただろう。ソニアは疲れてしまいいつのまにか眠っていた。
夢を見た。ススキ野原に佇むジェラルドがいた。「ジェラルド!」ソニア声をかけた。ジェラルドはゆっくりと振り返り眩しそうにソニアを見て言った。「ソニア?どうしてここに?」そのジェラルドはどのジェラルドかわからない「どのジェラルド?」「ソニア?疲れているのか?お茶い入れようか?」お茶?いまのジェラルド様?!「え?ジェラルド様ですか?」ジェラルドは優しく微笑み言った。「そうだよ。」「いつの?」ジェラルドは首を傾げ言った。「いつ?意味がわからないけど?。「え?今の?」ソニアは混乱した「今日慰霊祭であったよね?」 「え?ジェラルドじゃなくてジェラルド様?ま、間違えました!!!」ソニアは驚いて目が覚めた。あ、夢だったんだ。




