ベアトリーチェとソニア
翌日になってもジェラルドは帰って来なかった。ソニアはため息をつき仕方なく部屋に戻った。ソファーに腰掛けテレビをつけるとジェラルドと恋人が別のホテルから出てくる映像がスクープされていた。冷静に考えてみたら当たり前のこと。ソニアとの約束など気にする訳がない。昨日少しだけ仲良くなれたからここに帰ってくると当たり前に思っていたし、もっと仲良くなれると期待していた。馬鹿みたい。私の事など眼中に無い人だった。あの日エレベーターの前で言われた言葉をまた思い出した。「関係のない人、見ればわかるでしょ?」少しジェラルドに近づけたからって、私は本当に馬鹿だ。好きになってくれるかもしれないと心の片隅で期待してた。関係のない人と言われたのに。誰が見てもわかるほどジェラルドに不釣り合いだと、見ればわかると本人からも言われたのに。馬鹿な私。もうジェラルドは私のジェラルドじゃない。そう思ったら涙が出てきた。ソニアはそのままベットに伏せ泣いた。泣くほど悲しく、泣くほどジェラルドが好きなんだと認識しくやしくてまた泣いた。そして泣きながら寝てしまった。
昨夜ほとんど寝ていなかったせいか起きた時はお昼を過ぎていた。ソニアはとりあえず気分転換しようとお風呂に入り髪を洗った。千百一年切っていない髪は腰まである。ジェラルド一世も三世もこの髪にキスをし優しく触れてくれた。それも今では苦しく切ない思い出。今のジェラルドは私に興味がない。また現実を思い出しため息をついた。風呂から出て髪を乾かし海の見えるテラスに出た。
遠く水平線まで見える海は光を反射し美しく輝いていた。最上階にあるこのテラスは海から吹く風が強い。けれど今の心のモヤモヤを吹き飛ばしてくれそうでソニアは風に吹かれながら水平線を見ていた。
海を見つめながらフローエン帝国が出来た頃に実際にあった物語を思い出した。物語の主人公は貴族の少女ベアトリーチェ。ベアトリーチェは皇帝が好きだった。皇帝は常に穏やかな笑みを浮かべ優しく民衆に寄り添う。そんな皇帝を応援し尊敬し一度で良いから会いたいと思っていた。だが現実はなかなか皇帝に会うことができなかった。多くの貴族の中でも平民に近い貴族のベアトリーチェが皇帝に会うなど無理な話。けれどベアトリーチェは必死に努力し皇帝が行く先々に先回りし民衆を巻き込んで尊敬する皇帝を応援した。その結果皇帝はベアトリーチェの存在を知った。ベアトリーチェのおかげで多くの国民も皇帝を好きになり帝国は活気あふれた。
ベアトリーチェは純粋に皇帝が好きだった。他の令嬢達と違い恋人の座や皇后の座など求めることをしなかった。そんなある日、日々応援してくれるお礼に皇帝はベアトリーチェの夢を叶えてあげると希望を聞いた。ベアトリーチェは思い出が欲しいと言った。とても些細な願い事を言ったベアトリーチェに皇帝はラストダンスを誘った。ラストダンスは意中の相手と踊ると言われているだけにベアトリーチェは断った。何故なら皇帝はベアトリーチェを愛している訳ではなく思い出の為のプレゼントだからだ。ベアトリーチェは本当の相手に申し訳ないと伝え断った。けれど皇帝はベアトリーチェとラストダンスを踊った。ベアトリーチェのお陰でフローエン帝国の国民が自分を支えてくれたと感謝している。皇帝のその気持ちにベアトリーチェは喜びの涙を流しほとんど踊れなかったが最高の思い出をもらったと感謝した。けれどその日を最後にベアトリーチェは姿を消し一週間後、自分の誕生日に断崖絶壁から海に身を投げた。ベアトリーチェは帝国の為の生贄だった。
私も、あの日ベアトリーチェ以来禁止されていた生贄になった。あの頃の皇帝を好きだった訳ではなく、生贄になった百一年後の皇帝を好きになった。ジェラルドと出会い愛する人が治めるこの国のためにもう一度眠りについたのに最後は帝国を滅亡させた。この海はずっと見てきた。私たちの想いを。
ベアトリーチェはどんな気持ちで海に身を投げたんだろう?死ぬと分かっているから皇帝に何も求めなかったの?でも愛する気持ちは純粋に相手の幸せだけを願えるものではない。愛するからこそ愛して欲しいと思う事は当たり前の感情。それを胸に秘めてこの海に?高い所から?ここよりもっと高かったのかな。ソニアはテラスから下を見た。足がすくむような高さ。吸い込まれそうで手すりを強く掴んだ。怖かったね、ベアトリーチェ。私も少しだけ気持ちがわかる。同じ生贄になった私はあなたであなたは私なのかもしれない。私も皇帝が好きだったわ。大好きな彼の為なら死んでも良いと思えた。でもやっぱりベアトリーチェと同じ。この想いは届かなかったの。べアトリーチェ、私たちの恋心はどこに行くのだろう。どこに行ったのだろう。ソニアは泣きながらベアトリーチェのことを思った。涙は風に乗り日の光を浴び輝きながら風と共に海に消えてゆく。私もこのまま消えてしまいたい。ソニアは手すりを強く掴んだ。
この「ベアトリーチェとソニア」で出てくるベアトリーチェは「ベアトリーチェの押し活」という別の物語の主人公のお話を指しています。
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