推し活
「あの。これもらっていいの?」ソニアはお金を指差しながら近くの人に聞いた。「もちろんです!!」皆嬉しそうな顔で頷いている。ソニアはその様子を見つめ首を傾げた。何かおかしくない?何か、、私が眠りから覚めたことをこんなに喜ぶなど、何か違和感がある。ソニアは起こされた時にジェラルドが言った言葉を思い出していた。ジェラルドは皇帝になったから起こした、好きに生きればいいと言った。好きに生きればって?どう言う意味?何か隠している?理由がある?
ソニアは翌日顔を隠し街を散策していた。街の中心部に入り人混みの中を歩いていると「祈りの乙女とうとう目覚める」という見出しの新聞が売られていることに気がついた。何これ?私が目覚めることが新聞に載るほど重要なことなの?そもそも目覚めると知っていたわけ?ソニアは不審に思い情報を入手するため一部購入した。静かな公園のベンチに腰掛け新聞を読み始めた。
自分のことが書いてある記事を読みすすみその内容に愕然とした。
ジェラルドの婚約者であるルアーナ令嬢が不治の病に倒れた。大司教や占い師、霊媒師は口を揃え言った。乙女の未練が呪いのような形となりルアーナ令嬢に取り憑いた。十八歳で生贄にされた祈りの乙女の現世への未練が原因だと書いてある。何これ?私そんな未練はもう無い。ソニアは怒りのような悲しみを感じ新聞を持つ手が小刻みに震えた。胸の中で何かつっかえたような気持ちになったが、堪え更に読み進める。
フローエン帝国ははるか昔から若い女性の生贄を捧げることで平和で安定を維持してきた。しかしその歪みがとうとう現れた。ルアーナ令嬢を治すには祈りの乙女を覚醒させこの世界に満足させる。覚醒させるにはジェラルド皇帝の力が必要だ。皇帝こそフローエン帝国の象徴だからだ。乙女はフローエンの為に生贄になったのだからジェラルド皇帝の思いに反応を示すだろう。そして現世での生活に満足した暁にはまた再び深い眠りにつくだろう。それによりフローエン帝国は安定しジェラルド皇帝とルアーナ令嬢は幸せになれるという内容だった。そして現在ルアーナ令嬢の病は安定したともかいてある。国民は乙女を見たら手厚くもてなし乙女に布施を施せば必ず倍になって戻るだろう。全帝国民総出で乙女を満足させると皆豊かな生活が保証されるだろうと書いてあった。「はぁ?ふざけるな!!何この最後の文章?こじつけじゃない?適当なことかいて!そんな能力私にはありません!そもそも私がどんな思いで、どんな思いで眠りについたと思っている?!この世に未練?冗談じゃ無い。未練など無い。未練に思うほどの経験もせず生贄になったのだから!それを無理矢理起こしてまた眠ればいい?眠る為にどれだけ自分を犠牲にしたかわかんないでしょ?!!!」誰もいない公園の中で叫んだ!!もうわかった。私はジェラルドの幸せの為に覚醒させられて利用された。この世に満足させる?不可能だわ!私の満足は今決めた!ジェラルドの不幸よ!このフローエン帝国の滅亡よ!今まで生贄になった乙女達の苦しみを思い知らせてやるわ!今から復讐してあげる。このフローエン帝国に復讐よ!!
ソニアは考えた。国民を始め誰もが帝国の安定とジェラルドとルアーナを応援している。私を満足させる?ならば私はジェラルドを誘惑する。私が満足するにはジェラルドの愛が必要だと言えばきっと戸惑うはず。戸惑っても私が満足しないとルアーナ令嬢の病は治らないしフローエン帝国も安定しない。我ながら素晴らしいアイデアだわ。ソニアは綿密に作戦を考えた。
設定を考えなきゃ。私こと祈りの乙女は眠りから目覚めた時に目の前にいた皇帝に一目惚れした。この設定は不可欠だわ。とりあえずもう一度ジェラルドに会わなきゃ。まずは城に借金を返しに行こう。それも一気に返さずに少しずつ返す。城に行く口実を増やさないと。ジェラルドは何をもって私を満足させようと思ったのかしら?人との触れ合いで皆に優しくして貰えば満足するとでも?それともお金で解決?考えてもわからないがとにかく城に行こう!ジェラルドを好きになったと言わなきゃ。
こうしてソニアは復讐のためジェラルドとルアーナの幸せを邪魔する事にした。
ソニアは早速城に向かった。その道中歩きながら自分のキャラ設定を考えていた。どんな人物になり切れば良いのかしら?私の長所を生かす設定がいいわ。って、私どんな性格なんだろう?わからないわ。ソニアは立ち止まった。眠りにつく前の自分が思い出せない。どんな性格だったのか何が好きなのか。「うーん、でも」ソニアはまた歩き出した。ルアーナ令嬢と真逆の設定にしないとジェラルドの興味を惹けないかもしれない。皇帝の后となる令嬢だからきっとおしとやかで優しくて品があって。自分の気持ちを直球でジェラルドに伝えないだろう。うん、私のキャラ設定は明るくてガンガン押して行く自己中な女にしよう。わかりやすい愛の表現も採用しよう。だれが見ても私がジェラルドを好きだとわかるほうがいい。戸惑う顔が目に浮かぶようで楽しいわ!よし、それで行こう。ソニアは意気揚々と歩き始めた。ところで私は眠る前に誰かを好きだったのかな?そんな事も覚えていない。まあ、百十九歳だから仕方ないか!!!新しい人生楽しむわ!
ソニアは城の入り口に到着した。ここであの借用書を見せたら入れてくれるはず。ソニアは城の門番に借用書を見せた。借用書を確認した門番はすぐにソニアを通した。
うん。これは便利いいわ!「ソニア様どうぞこちらに」ソニアは案内する使用人について歩き始めた。広い城の庭園を横切っていると中庭に沢山の貴族の姿が見えた。お茶会かな?呑気なものね、こっちは必死に生きているのに。ソニアはその中にジェラルドの姿を見た。そしてその隣には美しい令嬢がいた。この人がルアーナか。ソニアはルアーナを見て少しだけテンションが下がった。不治の病って何?私がそんな呪いのようなものをかけた覚えがないけれど何かの力が働いたのは事実だ。私が目覚めルアーナは回復した。でも私はまだ満足も何も感じていない。私が起きたことで回復するってどういうことなんだろう?ソニアは頭を左右に振りため息をついた。そんな事よりも百一年ぶりに起こされ、また眠らされようとしている。私の想いや人権は無視されているように感じる。私は何一つ望んでいないのに。うーん、やはり腹が立つ。戦おう自分のために。私が私を諦めたら誰も私を助けてくれないわ。諦めた時は負けなんだ。そう思い直し使用人の後を追った。
「ソニア様、こちらでお待ち下さい」応接室に通されたソニアはソファーの座り目を閉じた。もう一度自分のキャラ設定を復習しなきゃ。有無を言わせないハイテンションで先制しないと。ソニアは目を開け覚悟を決めた。絶対にやってやる!「こちらです」ドアの向こうから声が聞こえドアが開いた。ソニアは笑顔を浮かべ立ち上がった。ドアからジェラルドとその後ろから執事が入ってきた。ソニアはジェラルドに釘付けになった。ジェラルドの姿が輝いて見えた。ジェラルドってかっこいいわ。ソニアは改めてジェラルドを見つめた。金色の髪が窓からの光にすけてキラキラと輝い全てがている。整った顔、美しい瞳、微笑みをたたえる上品な口元。ジェラルドの美しさを引き出している。ソニアは我を忘れ見惚れていた。そんなソニアを見てジェラルドは微笑みを浮かべ声をかけた。「ソニア!来たのか!」ソニアはジェラルドの声を聞き我に返った。しまったわ!見惚れるなんて!!一瞬妙な間ができたがソニアは両手を胸に前で組み言った。「まあジェラルド!やっぱりあなたはかっこいいわ!!」ソニアはとびきりの笑顔をジェラルドに向けた。ジェラルドと執事は一瞬ポカンとした顔をした。ソニアはその様子を確認し意外にいけるかもと確信した。もう一押ししなきゃ!「ウフフ!百一年ぶりに起こされた時からジェラルドの魅力にハマっちゃったわ!あなたとても優しいしユーモアもあるし。好きかもしれないって感じ?」と胸の前に組んでいた両手を外し投げキッスをした。それを見ていたジェラルドは突然笑い始めた。「アハハハ!ソニア面白いな!!」ジェラルドは爆笑している。え?笑うとこ?ソニアは笑われるとは思わなかったが、笑いに負けるわけにいかない。ガンガン押し押しでいかねば!ソニアは笑うジェラルドを見つめながら言った。「ジェラルドの笑う姿にときめくわ!ジェラルドあなた最高ね!」そういってウィンクした。ジェラルドの後ろに控えていた執事はソニアの言葉にドン引きしている。
いい反応だわ!ざまあみろ!!という目でチラッと執事を見た。執事の顔は引き攣っていた。うん、いい反応!楽しくなってきた。ソニアはお構いなしに話を続けた。「あ、少しお金を返そうと思って持ってきたんだけど、ジェラルドの顔を見れて幸せだわ!!随分長いこと寝てて気が付かなかったけど、これが恋ってやつね!ジェラルドよろしく!」そう言って爆笑しているジェラルドに近づきジェラルドのスカーフをグッと握りジェラルドを動けなくした。執事は慌ててソニアを止めようとしたがジェラルドは片手を上げ執事に合図を送った。執事は動きを止め二人をみている。ソニアはそのままジェラルドの頬にキスをした。ジェラルドは一瞬驚いた顔をしソニアを見つめた。その様子を見た執事が慌ててソニアをジェラルドから引き離したがもう遅い。「じゃ、またね!ジェラルド大好きよ!!」ソニアはそう言ってお金をテーブルの上に置き応接室を出て行った。
うん、なかなか良い仕上がりだわ。ソニアは立ち止まり驚いた顔のジェラルドを思い出し笑みが溢れた。あ、誰か来る。ソニアはそのまま廊下の隅に立ち頭を下げた。ルアーナだ。ルアーナはソニアのことは見ずにジェラルドがいる応接室方面に歩いて行った。その後ろ姿を見つめ思った。いつか私を無視できないようになるわ。




