絶望
それ以来ジェラルドは本当にどこに行くにもソニアを連れて行った。ソニアはジェラルドに守られ人前に出ることはなかったが全ての行事について行った。ジェラルドと離れる時は絶対的に信頼できる直属の部下をソニアにつけた。たとえそれがたったの五分でもジェラルドはソニアの警備を完璧にした。ソニアは何も言わずジェラルドの側にいた。ジェラルドは時々ソニアに聞いた「ソニア嫌じゃない?」ソニアは嫌だと思ったことはなかった。ただただ幸せだった。ジェラルドはその立場と容姿で多くの女性から思いを寄せられていた。昔ジェラルド三世を慕うあまりソニアを殺そうとしたソフィア一族はジェラルドによって罪を暴かれ一族容赦なく処刑された。ジェラルドはソニアにはその事を言わなかったがソニアは執事から聞いた。けれどきっと今でもソニアを邪魔だと思う女性は多いのだと思っていた。ソニアはジェラルドを見つめながら、こんなに素敵な人がどうして私を愛してくれるのだろうといつも不思議に思っていた。ジェラルドはソニアを愛する気持ちをソニアだけではなく全ての人間に伝えていた。ジェラルドに想いを寄せる令嬢にも自分にはずっと前から愛している人がいると言い続けていた。七年も眠っていたソニアは知らなかったが,その間もジェラルドは一貫してそう言い続けていた。
しかしそんなある日のこと、穏やかな日々が終わりを告げる事件が起こった。
その日、ソニアはジェラルドと一緒にお茶会に出席していた。と言ってもソニアのいる場所は皇帝以外出入り出来ない場所でソニアはそこから庭園の風景を楽しんでいた。一人で美しい木々を眺めていると強い風が吹き、ソニアの髪に結ばれていたリボンが風に煽られ飛んでいった。幸いにすぐ近くに落ちたのでソニアは自分で拾いに行った。その時ソニアはジェラルドが美しい姫と雑談している姿を見た。その二人の姿は美しい一枚の絵葉書のように見えた。近くにいた貴族はソニアを知らない。ソニアの姿を見ても構わず他の貴族と話しをしていた。「ジェラルド様とリータ姫は噂によると本当は結ばれるはずだったようですね。予言までされていたのに」「覚醒する必要のない生贄が起きると帝国が滅びるという予言か。不吉な予言だがジェラルド様はそれでもあのソニアとか言う眠姫を選ぶのかね」「あのまま眠り続ければよかったのに」
ソニアは聞いてはいけない話を聞いてしまった。平然を装ってその場を離れて戻って来たが一体どんな事が起きているのか知らなければいけないと思った。確かになぜこの時代に私は目覚めたのだろう?起こされた訳でもない。ジェラルドが生まれ変わった時代になぜ覚醒したの?でもそれはフローエン帝国の為に眠りについた生贄が自ら起きるなどあってはならない事だ。先ほどの貴族が言った予言。あながち嘘だと思えない。私が起きたと言うことは歴史の流れが変わると言うこと。本来ジェラルド三世と結ばれるはずだったのは先ほどの姫だったかもしれない。けれどなぜか覚醒した私がジェラルドと愛し合いその歪みが結果としてこの帝国を滅ぼしてしまうかもしれない。ソニアは血の気が引いた。ジェラルドはきっとこの予言を知っている。けれど絶対にソニアにそんな話はしないとわかっていた。それにソニアの周りにいるメイドや使用人もソニアにそんな話をするわけがない。けれど確実なことはソニアはこの世界で邪魔な人間だという事実だった。ソニアが眠りから覚めた事によって本来の運命が変わってしまったのだ。
ソニアは全身の血の気が引き気分が悪くなりテーブルに伏せた。「ソニア様?大丈夫ですか?」メイドが心配をし声をかけて来たが「大丈夫です。気にしないで」と言うのが精一杯だった。私は邪魔な人間だ。その思いがソニアを深い絶望に落として行った。帝国の為に皇室の為にベアトリーチェ以来数百年間禁止されていた生贄になってくれと実の兄から言われた日、断ることもできず人知れず泣き、何度も自分を追い詰め、心を殺し耐えた日々、一人で洞窟に入り恐怖と寂しさに涙しながら全てを受け入れたあの瞬間。そして三百年前ジェラルドに巡り会い愛し迎えた辛い別れ、再び眠りにつき奇跡の再会を果たしようやく愛し合った今。辛い事が多かった人生の中でジェラルドだけがソニアにとって光だった。
ソニアはジェラルドの方を見た。ジェラルドはリータ姫とまだ話をしていた。リータ姫はジェラルドを潤んだ瞳で見つめている。ジェラルドが好きなんだとわかった。ジェラルドはその想いを知っても知らなくてもソニアだけを愛している。だけど、ジェラルド一世の時から眠り続けていたらこのジェラルドはきっとあのお姫様と結ばれていたのかもしれない。三歳のジェラルドがソニアを見て全てを思い出し眠るソニアを愛してくれていたとしても目覚めなければ運命は変わっていたはずだ。さらにいえば、ススキの丘で心臓を貫かれまた眠りにつきそのまま目覚めなければ、運命は変わっていた。でも目覚めてしまったからこそその歪みが予言という形で現れたのだ。運命通りジェラルドがリータ姫と結ばれれば全てが正常通りに進んでゆく。それはソニアがこの世界にいてはいけないという神からの警告だと思った。ソニアはもうこの場に居られなかった。「私は先に戻ります」そう言って部屋に向かって歩き始めた。とにかく一人になりたかった。ついてこようとしたメイドと側近に一人にしてほしいと言い、ソニアは一人で帰った。まさかそんな時間にソニアが一人で歩いていると思っていない使用人たちはリータ姫との噂話をしていた。ソニアは影に隠れその話を聞いた。「ジェラルド様はどうするおつもりなんでしょうね。」「我々としてはリータ様と一緒になっていただきたくと思うが、、」「でもあの予言が嘘かもしれないじゃないか「嘘でもジェラルド様とリータ様はソニア様よりお似合いだぞ」「アハハハ確かにな」「帝国が滅びると言われているのにソニア様は知らないんだろう?自分のせいでこうなっていることに」「ああ、そうだ。本来は生贄だから自分が人柱として贄になっていなきゃいけないのにな」




