036_闘獣祭_④
試合は続き、いよいよセミファイナルの試合となった。
運ばれて来たのはゴーゴン。ひとつ目猪ヘッドの牛だ。ただ、そのサイズが通常のゴーゴンよりも二回りほど大きい。もう少し大きければ、小柄な種類の象と同じサイズだ。
車輪のついた巨大な檻が定位置につくと、運んでいた人夫たちが慌てたように引っ込んでいく。檻に括りつけられている開閉用のロープがやたらと目立っている。
普通ならこんなデカブツと戦おうなんて思わない。大昔のインドで使われた戦象なんて、ほぼ無敵状態だったらしいし。
もっとも戦象は餌の関係と、扱いにくさからメジャーに成り切れなかった――兵器でいいか。兵器にはなれなかったわけだけれど。結構味方も踏み潰したらしいしね。
まぁ、とにかく、巨大質量を武器とする生物とまともに戦うというのは愚かに等しい。地球の現代兵器であれば、象を仕留めることのできる銃なんかもあるけれど、この世界の文明レベルの武器では無理だ。
魔法であれば可能とする術もあるが、それを扱える腕をもつ魔法使いがそもそも希少だ。
なにせ魔獣であるのだ。体の回りに魔力による防護膜なんてものができているのだから、現実問題、矢を射たところで、その皮膚を軽く引っ掻いた程度の痕しかつけられない。
「よくよく考えると、あのサイズのゴーゴンを生け捕りにできるとは。市井にもなかなかできる冒険者がいるんですねぇ。ぜんぜん噂を聞きませんでしたけど」
「生け捕りだけで暮らして行けるだけの報酬を得ている冒険者パーティなので、実力は凄まじいものの、名声は広まっていないんです。魔獣はこの闘技場に直接運び込まれるので、町の者からは単に大きな荷物が運び込まれたとしか思われていませんね」
お嬢様の答えに納得した。
「なるほど。もしかすると、ギルドからは脱会して、捕縛の契約をだけを直接クライアントから受けている元プロ冒険者なのかもしれませんね。ギルドを通すと、所によっては4割5割は当たり前、ひどいと7割中抜きされますからね」
あれ、ヘッドリー公爵があからさまに顔を顰めたね。クロ―ディアさんに至っては殺意が漏れてるし。さすがに側にいる王妃殿下の顔も強張ってるよ。王妃様は、私の言葉が原因なのか、となりのクロ―ディアさんが原因なのかわからないけど。
「冒険者ギルドはそんなに劣悪な状態なんですか?」
「王都からは離れれるにつれて酷くなりますよ。王都のギルドはまぁ、いろいろと目を光らされていますからね。馬鹿な真似をする輩はよほどの度胸とコネがある阿呆だけですよ」
王都での仕事は割がよかったんだよねぇ。悪目立ちが過ぎたのと、盗賊団だのがなくなっちゃったから国境にまで来たんだけど、王都から離れるほど酷い有様だったからねぇ。
ロープが引かれ、ガラガラと檻が開いていく。
対するは8人パーティの冒険者。ゲームなんかだとフルパーティって呼ばれる人数構成かな。
みたところヒーラー役がふたりに攻撃系の魔法使いがひとり。あとはアタッカーか。……これは魔法使い次第かな。
あぁ、いや。あれ、【這いずるモノども】に憑かれてるんだっけ。とりあえず、連中の面子もあるわけだし、そこそこピンチになったら乱入しよう。
「あ、云い忘れてた」
神様がつまらなそうに彼らを見ながら言葉を吐いた。
「大物はあともう一匹いるからね」
「もう一匹?」
「この後にもう一戦予定されてるだろ。ゴートベア戦が」
「あー。あのテンプレ悪魔みたいなアレもですか。どうりで気配が妙に広いと思ったら、ゴーゴンだけじゃなかったんですね」
「マウラみたいなことをするかもしれないから気をつけな」
「新しいフラグを建てないでくださいよ。でもまぁ、私としてはそっちのが楽かもしれませんけど。2対1より、1対1の方が楽です」
「――で済むかなぁ」
ボソリといった神様の声は私の耳には届かなかった。
闘技場では冒険者たちが苦戦していた。
彼らとしては、魔法使いがゴーゴンを足止めしたところを、集中攻撃するというオーソドックスな戦い方をする予定だったのだろう。
普通の魔獣であればそれで対処できたであろう。時間が無駄に掛かる単調作業となっただろうが。
だがあれは【這いずるモノども】に中身が取って代わられた存在だ。個体としてのポテンシャルが本来のゴーゴンとはまるで違う。
魔法使いの掛けた拘束魔法が容易く破られ、隊列めがけ突進してくるゴーゴンに、冒険者たちは慌てて散開してそれを躱した。
だが散開したことによって、おそらくは立てていた作戦が瓦解してしまったのだろう。縦横無尽に突進を続けるゴーゴンから逃れるため、8人はバラバラに行動している。完全に浮足立っているように見える。
ゴーゴンの突進を受け止めることが自殺行為である以上、回避に重点を置くのは正解だ。だがその結果、まともに攻撃ができなくなっているのは本末転倒といえる。
一番簡単なのは、ボーラ(両端に重石を付けたロープ)でも使って、ゴーゴンを転倒させる、或いは足に絡ませて機動力を奪うことなのだが……。
「連中、デカい魔獣相手の対処方法を知らなかったのかな?」
大盾を持った前衛がいないことから、盾で受け止めようなんてバカな作戦を立ててはいなかったようだ。となると、ヒットアンドウェイを中心とした戦い方になるんだろうけれど……。
最初からひと塊でいたしなぁ。どう戦うつもりだったんだろ?
突進をかろうじて避けたところで、女神官が転けた。
「おっと。【【光砲】」
右手をゴーゴンに向けて突き出す。直後、ボーリングのボール大の光球がすっ飛んで行き、ゴーゴンの側頭部に命中しよろめかせた。
これによりゴーゴンの足が止まった。これで踏み潰されることなく、あの神官は体勢を立て直せるだろう。
よし。それじゃそろそろ行くか。
「では、乱入してきますね」
改めて、王妃殿下に向けて騎士の礼を取る。なにせこの恰好だ。一応、形だけでも恰好を付けておこう。
そして身をひるがえし、闘技場へと向けて天覧席を駆け降りる。
正面5mほど先に跳躍魔法陣を展開。
ゴーゴンは頭をブルブルと振り、体勢を立て直している。
魔法陣を踏みつけ、跳ぶ。目指すはゴーゴンの側頭部だ。頼むから急に突進して躱すなんてしないでくれよ。そうなったら私が間抜けに過ぎる。
ゴーゴンは周囲に視線を巡らし、いましがた跳ね飛ばそうとした女神官に視線を向けた。存外、執着心なんてものを持ち合わせているようだ。他に7人いるというのに。
前足が地面を掻く。
「【祝福】」
いざ駈け出さん、といったまさしくその瞬間に、私のバフ魔法と体重を乗せた跳び蹴りがゴーゴンに突き刺さった。
タイミングが良かったのか、ゴーゴンはよろけるどころか横倒しに転倒した。
そして私はリーダーと思しき青年の隣に降り立った。
「邪魔するぞ」
「あんたいったいなんだ!?」
「想定外の事態だ。お前ら、公国の【魔】のことは知ってるな。あのゴーゴンはそれに取り憑かれた個体だ。それをどうにかできるというなら、私は手を引くぞ」
「は!? 邪魔をして――」
「【拘束】」
起き上がったゴーゴンを魔法で縛る。
……思ったよりも力強いな。とっとと見せてやるか。角度的にも問題ないな。客席まで焼くこともないだろう
「【光破】」
極太レーザー魔法をゴーゴンの頭部に向けて放つ。角度の問題で頭部全体ではなく、上半分を焼失させた。
「は?」
青年が間の抜けた声をあげた。
それもそうだろう。消えた頭部には、半ば透明の何かがうゴーゴンの頭の形に合わせて蠢いているのだから。
「な、なんだよあれ!?」
「だからいったろう。あれは【魔】に取り憑かれた個体だと。で、お前らはあれを問題なく殺せるのか? 私に文句を云おうとしていただろ。ということは、問題なくできるということだな? そうだと理解して、私はここから離脱するぞ。
なに、失敗しても問題ない。その時は私が始末すればいいだけだからな」
ゴーゴンは頭部を半壊させたまま唸り声をあげ、拘束から逃れようと身をよじっている。
「わ、私は撤収するわよ! 地面に鉄杭で磔て動けなくしたところを、魔法使いが入れ代わり立ち代わり、三日三晩魔法で焼いてどうにか殺せるのが【魔】なのよ! それもそれは人に取り憑いたものでよ! あんなデカブツ! ストレガひとりでどうにかできる訳ないでしょ! それ以前に私たちであれを取り押さえるなんて無理よ!」
私が助けた女神官がまくし立てた。そしてすぐに私に礼をま云ってきた。
なんと律義なことだ。少なくとも彼女は腐った神官ではないようだ。
パーティリーダーは私が拘束しているゴーゴンを見、そして私に視線を向けた。
「私を利用しようなどと思うなよ。それと、今は闘獣祭の最中だ。どの程度時間が掛かるか分からないが、少なくともアレを灰にするのに10日以上は確実に掛かるだろう。観客にそのつまらん作業を延々と見せるのか? いや、それ以前にだ。その間。飲まず食わず眠らずであれを私に拘束し続けろと云うわけじゃないだろうな? そんなくだらん事をいうなら、その舌を引っこ抜くぞ」
「俺たちをサポートするために来たんだろ!」
「サポート? バカをぬかすなよ小僧。私はアレを始末しに来たんだ。お前らを助けたのはついでだ。当然だが、王妃殿下の許可も得ていることだ。私が勝手にやっていることではないぞ。
どうする? 別に私はお前たちが全滅してから仕事に入っても構わないんだ。それに、いつまでもこうして拘束して置けるわけではないからな。掛け直すつもりもない。魔力の無駄だからな。拘束時間はあと2.3分だ。とっとと決めろ」
そういうとリーダーは憎々し気に睨んできた。
私はあからさまにため息をついてみせた。
「好きにしろ。私の助けはこれで終わりだ」
私は連中に背を向け、無造作にそこを離れるべく歩き始めた。それこそ堂々と。
さて、連中はどういう選択をするかな?
「全員、撤収ーっ!」
女神官が叫んだ。
「私たちは魔獣と戦うハズだったわ。決して【魔】が取り憑いた化け物と戦うことじゃない。あんな巨大な【魔】を相手にできるだけの準備も力もないわ! ここにはもう掴める栄誉なんてなにひとつ転がっていないのよ!」
女神官は踵を返し駆け逃げていく。それに同調し、もうひとりの神官と魔法使いが逃げ出した。
残った前衛、中衛の戦士たちはリーダーと、拘束を解こうともがく頭の奇怪な中身の見えるゴーゴンとを見比べるや、逃げ出した。
怯えたような表情を顔に張り付かせて。
だが、リーダーひとりだけは怒りで歯を食いしばっていた。
「はっ! 臆病者共が! いいさ、俺ひとりでやってやる! なにが【魔】のモノだ! そんなもん俺のこのけ――」
そこまで口にしたところで、リーダーは真後ろに真っすぐ吹き飛んだ。
「はぁ、まったく。困るんだよなぁ。私がこうして出張って来てるんだ。だってぇのに勝手にくたばられたら、記録が崩れちまうだろが」
吹き飛ばされた先。そこはバカの仲間たちが闘技場から退場すべく向かっている南門だ。バカは仲間たちの間を縫ってすっ飛んで行き、門の手前で着地。ゴロゴロと無様に頃がって気絶している。
なに、最大級の【衝破】に加え、それなりの【治癒】に、致命的な骨折をしないよう【防護】も掛けてやったんだ。問題なく生きているだろう。
さっきはああ云ったが、私が助けに入ってから犠牲者が出るとか認められるか!
あまりのことに一瞬立ち止まった女神官が驚いてこっちを見たから、軽く手を振っておいてやった。
うん。会釈をしたところを見るに、あのバカを回収してくれるだろう。
ったく。手間を掛けさせやがって。
「せっかくここまで救援率100%できたんだ。バカの自殺行為でそれが終了なんて冗談じゃない」
ゴーゴンに向き直る。
すると丁度、気持の悪い音と共に拘束していた魔力が引きちぎられた。
ゴーゴンが天を向くように吼える。その声はまさしく牛のものだ。
「頭は猪だってのに、吠え声は牛で、その動きはオオカミとか。本当、魔獣ってのはわけが分からん。どう変質すればそんな有様になるんだよ。でもって、その状態をしっかり身に着けている【這いずるモノども】は、まったくもって気味が悪いとしかいえないな」
アイテムボックスから盾をとりだす。武器は……いいか。魔法メインで行こう。あのデカブツを殴ったところで、さしたダメージも入らないだろうし、なによりゴートベアにも出てきてもらわないとね。
「さぁ、始めるとようか」
歯を剥くような笑みを浮かべ、私は盾を構えた。




