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035_闘獣祭_③


 闘獣祭がはじまった。


 領主であるオフリー伯爵が競技場……コロッセオ? の中央で挨拶をし、第一試合がはじまる。


 ……あのおじさん、こうしてみるとしっかりと立派だねぇ。一昨昨日見た時には、なんとも微妙に貴族らしくないおじさんだったけれど。


 まぁ、国の端っこのこじんまりとした領地が一気に発展したせいで、ほのぼのと領地運営していた底辺子爵様が伯爵様に陞爵したらしいからね。物流関連でいろいろ頑張ったことも要因かな? そっちは奥方があれこれやったみたいだけど。


「そういえば、奥さんと娘さんは無事だったんですかね」

「問題ないよ。というか、ふたり共君のシンパになってるよ」

「えー。よりによって銃士のアレを見てですか? いつも以上に無茶苦茶やったんですよ。あまりに腹が立ったんで」

「どっからどう見ても悪党にしか思えない言動のヒーローに、人は憧れたりするもんなんだよ」

「なに云ってんですか神様。そんなことにならないように、あんな狂った言動の演技をしてるんですよ。素なら余計な事は云わずにただ殴り倒すだけですもん」


 私はじっとりとして視線を向けた。


「……演技だったの? あれ」

「当たり前じゃないですか。どうすれば相手がビビり散らかすか? って考えたら、基本的に行きつくのは話が通じない狂人に落ち着くんですよ」

「それを事も無げに普通に演技する君が怖いよ」

「そんなことをさせる悪人共の方が問題でしょう?」


 そういうと、まるで処置無しと云わんばかりに神様が肩を竦めた。


「あの、お姉様?」

「なんでしょう?」

「ストローツを発った後、なにかあったのですか?」

「ちょっと馬車を襲っている賊と遭遇しまして。結構バカげた事態だったんですよ。ふたつの盗賊団が同じ馬車を襲ってまして、賊同士で殺し合ってたんです。そこを通りかかったら襲って来たんで始末しました。あ、今回は誰ひとり殺していませんよ」


 うん。私は殺してはいない。そういう変身だったからね。まぁ、後の人生は苦労するだろうけど。でもお金を積んで教会に頼めば、欠損も治してもらえるんだから問題ないね。


「そろそろ一戦目がはじまるよ」


 コロッセオに視線を落とす。


 そこでは大きな檻が運ばれており、中にはゴブリンの集団……ひー、ふー、みーの……8匹か。一応、棍棒を持ってるみたいだ。


「大物とパーティで戦うだけじゃないんですねぇ。ゴブリンを捕まえるのは簡単でしょうけど、餌代が掛かってそうだなぁ」

「お姉様の関心事はそちらですか」

「だってゴブリンですし」


 対するは、標準的な構成の冒険者パーティだ。戦士、剣士、神官戦士、弓士、神官、魔法士の6人。


 いや、弓士はいわゆる盗賊枠の軽戦士かもしれないな。大型のナイフを後ろ腰に差してるし。


 戦いはと云うと、なんというか、すごい微妙。


 堅実な戦い方でもなく、かといえば大胆でもなく。さりとて及び腰なんてヘタレでもない。


 単純に実力不足? 数的に不利だから慎重になりすぎて……ってわけでもないな。


「あれ、完全に場数が足りていない感じに見えますけど」

「さすがお姉様。分かりますか。彼らはほぼ新人ですね。見どころのある冒険者などは、こういう機会に集団戦やらせるんですよ。救援等のバックアップがしっかりしていますから」

「貴族方が領兵としてスカウトする場と聞きましたけれど」

「冒険者ギルトとはどの貴族も懇意にしていますからね。魔獣への対処は、貴族の私兵たる領軍よりも彼らの方が専門ですから」

「あー……。領兵の皆さんは犯罪取り締まりが基本ですからね。対魔獣より対人が専門なわけですしね」

「お姉様ならどう戦います?」

「私ですか?」


 私か。私の場合だと……うん。素で戦う場合で答えた方がいいかな? 変身しての戦闘だと、完全にチートモードだしね。


「あれだけ広い場所であれば、盾を構えて防御しつつ円を描くように移動しながらの各個撃破ですね。少々時間は掛かりますけど、安全策を取ります。

 魔法を使えば、行動不能にした後、ひっくり返っている連中の首に剣を刺して回るだけの作業になりますけど」

「あぁ! 確かに! 【閃光の衝撃】を使えば一瞬で終わりますね!」


 魔法版スタングレネードは本当に優秀なんだよね。殺傷能力はほぼ皆無だけれど、確実に相手を行動不能できるから。


「あれ、便利過ぎるんですよねぇ。大抵の生物には効果がありますから。補助に使うもよし、逃亡に使うもよしです。あ、お嬢様。あの魔法ですけど、小麦粉とか炭の粉とかを大量にばら撒いた空間で使用すると、【爆裂】の魔法並みの破壊力を生み出す場合がありますから、そこは気を付けてくださいね」

「炭塵爆発とか粉塵爆発というものですね。はい、心得てます」


 うん。よかった。それもあるから、マグネシウム一握りだけを触媒にするよう、云いつけたからね。今は触媒ありきだろうけど、筋はいいから、そう遠からず触媒無しでも【閃光の衝撃】を使えるようになるだろう。


「そういえば、以前、ゴブリンの集団を一気に潰したあの魔法は使わないんですか?」

「あれは、いうなれば借り物の魔法なので、普段は使えないんですよ。あの姿にならないと」


 お嬢様には騎士王モードは見られているからね。【暗殺者】と【拳豪】【忍者】も見られているけれど、こっちは仮面以外は黒づくめでそっくりだから一緒にされてるかな?


 ようやくゴブリンが討伐され、被害は軽微ながらも疲れ果てたパーティが退場していった。


「こうしてみると、魔獣を捕獲しているパーティは相当優秀みたいですね。オフリー伯爵の配下なんでしょうけど……」

「いえ、捕縛を請け負っている冒険者はどこにも属してはいません。伯爵家はギルドに指名依頼を出して魔獣を確保しているようです」


 なるほど……。まぁ、腕の立つ冒険者には、なぜか自由人が多いからなぁ。


 お、次は山羊っぽい魔獣だ。あれはなんだっけ? ジャルだっけ? 変幻自在の角と猪みたいに反った牙が厄介な魔獣だ。大きさはカバよりちょっと大きいくらい。ちなみに、美味しくない。


 2戦目に登場したパーティは、先のパーティと違い場数を踏んでいるようだ。見ていて安心できる。出来るんだけれども、残念ながらジャルとの戦闘は初めてであったらしく、重傷者がでてしまった。


 あの角、地味に厄介なんだよね。角で相手の行動を制限して牙を当てて来るんだ。山羊と猪を足したようなあの魔獣は、まさのその姿の通りに突進が基本の魔獣だ。その機動力に対処しきれなかったと云うのが、負傷者のでた原因だ。


 まぁ、あの魔獣はそこそこ強いからね。四つ腕猿とかとタメ張れる化け物だし。


「あれらを捕獲した冒険者パーティはでるんですか?」

「参加を辞退したようですよ。さすがに自分たちが捕獲した魔獣を、今度は討伐というのはバカらしくあるでしょうしね」


 対戦は次々と進む。


 一般観客席のほうはというと、一戦一戦後に歓喜と絶望の歓声が響き渡っている。


 絶望のほうが多いかな? 大枚はたいて掛札を買っているみたいだからね。


 そうこうして1日目最終戦まであと少しといったところで――


 なんか、凄い胸騒ぎと云うか、気持の悪さを感じるんだけれど?


「神様、なにかおかしなことが起きてませんか?」

「あー。君もわかるようになったか。【這いずるモノども】が混じってるね。いやぁ、魔獣に憑依するとか。魔力の関係で避けるかと思ったんだけれど、うまい具合に適合したみたいだねぇ」


 うわぁ。魔獣の【這いずるモノども】とか面倒臭そう。


「昨日の事での支配の腹癒せですかね?」

「うーん……。こいつは【支配】とは関係ないかなぁ。多分、原因は【増殖】だな。思っていた以上に【這いずるモノども】を生み出されているみたいだね。それともやんちゃな個体が徒党を組んで公国から出て来たのかな?」

「問題じゃありません?」

「【増殖】は増やせればいいだけだから、あれは目的があってなにかしているわけじゃないよ。いうなれば破落戸の類だ」

「……あの感じだと、手に負えませんよね? なんかいっぱいいるみたいですし」

「そうだね。全部で30匹ほどかな? リーダー格はほぼ天使級と同等にまで力を付けているね。面白いな。共食いであそこまで力を付けることができるとは思わなかった。向こう側にいるヤツと、【増殖】が生み出したのとでは性質が違うのかな? 実に興味深い」

「神様が変なフラグを建てるから」


 そういったら、珍しく神様が驚いたような表情を浮かべた。


「いやいやいや。そんなバカなことあるわけないだろ?」

「神様。それがフラグというものです」


 私はお嬢様の膝から降りると、王妃殿下に向き直り一礼する。カーテシーっぽい、この世界における貴族女性がする礼ではなく、貴族男性が行う礼だ。おしとやかなんて私には似合わない。


「王妃殿下、これより暫しお目汚しをすることとなりますこと、どうぞご容赦くださいませ」


 神様が盛大にため息をついているのが聞こえた。


「やれやれ。デスペナは一時中断にするよ。止めないと面倒であるのは変わりないしね。一度ケイトリンに変身しな。それで元に戻るようにしたから」


 神様の言葉に、思わず笑みがこぼれる。もっとも、その笑みは現状の見てくれである幼女にはまるで似つかわしくないものであっただろう。


 なにせ王妃殿下のアルカイックスマイルが僅かに崩れたからね。


 左の8番目の結晶、ほぼ後ろ腰にある結晶を抜き取り変身する。


「変身」


《Change Caitlin》

《become Adventurer》

《mode Common》


 たちまち軽装の女冒険者の姿に変わる。どこにでもいるような、凡庸な見た目の女冒険者ケイトリン。

 もうケイトリンに化ける予定はなくなるから、今回のこれは創り置いておいた結晶の在庫処分みたいなものだ。


 うん。デスペナが解除されて元の視点に戻った。なんだろう。凄く安心するよ。


 それじゃ、今度は右の1番目。


「変身」


《Change Cavalier King Charles Spaniel》

《become Knight Lord》

《mode Smash》


 いかめしい金属鎧に身を包んだ女騎士へと変身する。


 頭はワンコ仮面にティアラと見た目がアレだが、鎧の方もいわゆるドレスアーマーなどと称される日本のサブカルチャーが生み出した史実上は実在しない(と思われる)鎧ともあって、非常にマッチしているものだ。


「では、騒動がはじまったら乱入しますね」


 周囲の貴族様方からの視線を浴びる中、神様がいじわるそうにクックと笑う姿に思わず眉根を寄せた。



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