034_闘獣祭_②
クロ―ディアさんがニコニコとしている。
ちゃんと約束も守ってくれたと、お嬢様から聞いた。どこぞのカスとは違うな。うん。クロ―ディアさんは信用できそうだ。……神様シンパになってるみたいだし。
その隣ではヘッドリー公爵が青い顔で座っている。眉はまだ生えそろっていないね。化粧で誤魔化しているみたいだ。そして髭は無し。一応、永久脱毛とかにしてはいないから、そのウチ生えて来るだろう。……いや、あれからの時間を考えれば、そこそこ生えてそうなんだけど、髭を伸ばすのをやめたのかな?
そして私はと云うと、なぜかお嬢様の御膝の上だ。……解せぬ。
ここは競技場の貴賓席。それも最高位の場所だ。
うん。最高位。だからこの場には王妃殿下と王妹殿下がいらっしゃる場だ。国王陛下は執務の関係で、前哨戦ともいえる今日ではなく、明日の闘獣祭を観覧されるそうだ。
闘獣祭は二日目が本番であるようだ。だから1日目は……エキシビジョン?
そして他にいる高位貴族はというと、ヘッドリー公爵家だけだ。これはおかしなことではなく、高位貴族は2日目に観覧するのが通例のようだ。にもかかわらず、1日目から一部の王族などが参加しているのは、このところの【這いずるモノども】による事件のアレコレを相談するためらしい。
そんなの王都でやればいいのにとも思ったんだけれど、軍部の重鎮たるヘッドリー家が現状やらかしてしまっていて、その立て直しで忙しいのが原因だ。
ほら、ストローツの町が経済破綻しかけた上に、治安が最悪になっちゃってたから。
そんなわけで、国王様はいないものの国の重鎮が集まっているなかに私と神様は紛れ込んでいるわけだけれども、正直、非常に気まずい雰囲気が漂っている状態だ。
国的には私たちは部外者もいいところだし。そんなのが国の重鎮に混じっている上に、それがアンタッチャブルな存在となれば、どう接していいかわからないというものだろう。なにせ私のやらかしていることといったら、ヤベーことしかないし。
……単なる大量殺人鬼だしな、私。
そんなことを思っていたら、神様が話しかけてきた。
「やれやれ。少しは談笑とかしたらどうだい? 僕はシュタインベッツとしか面識がないんだ。逆にキミは彼以外と面識があるだろう」
「この姿では初対面。だから私は皆を知らない。……ということにした方が平和かつ穏便に済む、と愚考するのですが」
「……なにか物騒なことでも考えているのかい?」
「いえ、端的に云って、私ってただの大量殺人鬼みたいなものですよ。この場にいていいものではないでしょう? それに、下手に口を開くとうっかり暴言を吐きかねません。なにせ公爵様から頂いた報酬、あるいは褒賞に関して思うことがありますから。まぁ、不要でしたので、無作法ではありましたがその場で投げ捨てましたが」
そう云ったとろ、クロ―ディアさんの雰囲気が微妙に変わった。でも王妃殿下の雰囲気はそのままだ。もちろん表情も。うん、一国家の為政者ともなると凄いな。私なんかじゃ太刀打ちできそうにないや。絶対にお近づきにはなりたくないよ。怖い怖い。
微妙に空気が変わったんだけれども、私と神様くらいかな? この雰囲気が変わったのに気がついたの。あ、執事さんも気付いているっぽい。でも他の貴族たち、話がきこえているだろう下級貴族はもとより、伯爵クラスも一部を除いて分かっていないみたいだ。
貴族と云ってもそんなものなのかな? 腹芸に長けている者は王侯貴族に限られるみたいだ。言い換えれば王侯貴族の世界は魔窟ということだね。
「魔術師殿、ヘッドリー公爵に対し随分と思うところがある様子ですね。なにがありましたの?」
王妃殿下が問うてきた。見てくれ幼女な私なのに、子ども扱いな感じは一切ない。これはさすが王妃様、というところかな? まったくもって立派な魔窟の住人だよ。ここの領主さまとは偉い違いだ。
「いえ。天使級の【這いずる者ども】……こちらでは【魔】と呼ばれている化け物を討伐した褒美が、撃ち出されたボルトだっただけですよ。そんなもの不要ですから、体に突き刺さった18本をその場に投げ捨てただけです。
あ、そうそう。ボルトについていたであろう血ですけど、あれ、神の血なんてモノではありませんから、どうこう調べたところでなんの意味もありませんよ。なんの変哲もないただの血です。人形に注入しても動きだしたりしませんから。まぁ、それほどの量もありませんでしたけど」
無表情無抑揚な調子で喋ったところ、神様が呆れたように空を仰いだ。
「やれやれ。まだ根に持ってるのかい? もうやり返しただろう?」
「痛かったんですよ。それに、あんなくだらないことで死ぬとかあり得てなるものですか。急所に当たっていたら普通に即死ですよ。即死。だからただ報復しただけです。
クロ―ディアさんからは謝罪を受けました。血縁という以外はまったく関係がないというのに。ディアドラ嬢よりも開口一番謝罪の言葉を受け取りました。同様に血縁でしかないというのに。執事殿とメイド嬢は立場上、主に成り代わり謝罪するわけもいかないわけですが、その立場上なにもできなかったことに対する詫びと、礼の言葉を頂きました。それだけです。それで十分です。十分なんです。でも……。
まぁ、眉と髭と下とに私が仕返しましたから、なにも言葉がないということはきっと今も私を殺したいとでも思っているのでしょう? 私を殺そうとしたクセに」
「いつにも増して云いたい放題だね、キミ」
あ――ヤバイ。なんかすっごい苛々して来た。これ破壊衝動とか伴わない方向でブチ切れるやつだ。
マズイマズイマズイ止められない。あの時のクソばばぁを殴り――
「ふ……ふふ……。ねぇ神様。私の最近のお気に入りの台詞はコレですよ。困ったことに、使う機会が増えてるんですよ。
『良いことをすると命を狙われる羽目になるんだ。善人も悪人も、末路は一緒って狂ってると思わないかい?』
あははははっ! 本当、狂って――っあいた!」
ケタケタとした私の笑い声が聞こえた直後、私の脳天に衝撃が走った。
「落ち着きなさい。さすがに周囲がドン引きしてるよ。まぁ、気持はわかるけど錯乱しない」
私の頭にチョップをかました神様が呆れたような顔をしている。とはいえなんとか落ち着いた。多分、チョップにあわせて神様がなにかしらしたに違いない。
むむぅ。
「神様はいいじゃないですか」
「なにがさ」
「だって【支配】の奴を半殺しに嬲ってきたんでしょう? ストレスの解消になったじゃないですか。私はいいところなんかひとつもなく燃やされて終わったんですよ。焼き尽くされて灰になって、たぶんあのまま落ちて海の藻屑になったんでしょう?」
「いや。海に落ちる前に風に散って消えたね。まぁ、広範囲に君の遺灰は蒔かれたことになるんだろうけど」
「……くっ、藻屑にすらなれないなんて。いいところまったくなしじゃないですか」
「いや、キミね……。海の藻屑になりたかったわけでもないだろうに」
呆れたじっとりとした神様の視線が私に向く。
「確かにそうですけど、なんだか悔しいじゃないですか。せめて海に落ちたかった」
「キミはいったいどうなりたかったんだい」
「どうなりたかったというか、せめて【支配】の腕一本くらいは取りたかっただけです。冗談じゃなしになにも成せずに死にましたからね。【不死鳥】モードで焼き殺されるとか、無様もいいところじゃないですか」
「あー……確かに。あれだけは意外だったな。【支配】のヤツがあれほど炎を扱えるとは思わなかった。権力欲だけの虚気だと思ってたんだけどなぁ」
のほほんとした調子で話していた神様が、急に真面目な顔で貴族たちに視線を向けた。そして最後にしっかりと王妃様にその視線を定める。
「キミたちには情報を流しただろう? クロ―ディアから報告を受けている筈だ。八匹の神モドキ。そのウチの一匹。世界征服なんで陳腐な野望を実現しようとしている小者。その【支配】とちょっとやり合ってね。彼女、あっさり殺されたんだよ。
ま、海上で空中戦なんて、彼女にとっては不利もいいところだからね。そもそも彼女は人である以上、空中戦なんてものをできるほど自在に空は飛べないしね」
「そういや私、天使扱いにされてるんでしたっけ?」
「僕の眷属になってるんだから、天使みたいなもんだよ」
急に私のおなかに回されていたお嬢様の手が、ぎゅっと絞められた。
「お嬢様、どうしました?」
「お、お姉様は、お亡くなりになりましたの!?」
「えぇ。なのでこの有様です。死亡したことに対するペナルティなんですよ。15日もすれば元に戻るみたいですけど」
「その姿にしたのはキミに休暇を与えるためのようなものだよ。キミがあっちこっちで正義を執行をしてるのは、どうみても生き急いでいるようにしか見えないんだよ」
神様がため息を付いていた。
「私の性分ですから仕方ありません。でも大半は不可抗力ですよ。私を襲って来なければ、私が返り討ちにするなんてこともないんですから。
というかですね、盗賊に落ちぶれる人間が多過ぎなんですよ。ロシア兵でもあるまいし、畑からいくらでも採れるってわけでもないんでしょうに。どうなってんです?」
「【支配】が牛耳ってる公国があるだろ」
急にまじめなトーンで話し出した神様に対し、私は殊勝な顔をする。
「あの公国、もとはひとつの王国が分裂してできた国家だ。3つに分裂したうちのひとつだな。で、公国が【這いずるモノども】災害の後、馬鹿女神によって隔離された結果、分裂したのこりふたつのうちひとつ、正統王国が立地上の問題やら食糧問題やらで破綻したんだよ」
「あー……。それで国民総難民みたいになって、その何割かが盗賊化したと」
「そういうこと。一応、連中は自身を傭兵団だと云い張ってるけどね」
「始末に悪いですね」
「縄張り争いで負けた連中がこっちに流れて悪さしてるってのが現状だね。一部は悪徳貴族の子飼いになってやりたい放題してるよ。非合法の私掠盗賊団ってとこかな」
「非合法じゃただの盗賊じゃないですか。通商破壊をしてるわけでもないんでしょう? つか、普通に戦争に繋がりますよそれ」
「自国内でやってるから」
「……王妃様、きちんと地方貴族の動向を調べた方がいいですよ。貴族間闘争にしても限度というものがあります。ヘッドリー家に渡しましたけれど、盗賊団を複数利用した集金システムを構築している貴族がいますよ。ちょっとした小遣い稼ぎにしては、大掛かり過ぎるんですよねぇ」
そういって王妃様に目を向けると、王妃様は扇で口元を隠しつつ微笑みを浮かべていた。
もっとも、その目はまったく笑っていないが。
まぁそもそもの話、私のこの行為は貴族としての礼儀……というかルールを思い切り蹴っ飛ばした素行だ。私は平民扱いだから、本来ならこれで首が飛ぶ。
が、私自身がどうにも止められない危険人物であるから見逃されているだけだ。……天使だから、ということは絶対に認めたくはない。
「キミね。自殺行為は止めなさいよ。分かっててやってるだろ」
「実利をとるかどうか確かめてるだけですよ。これで不敬と私の首を刎ねたら、私の活動の一切を終わりにします。少なくとこのこの国では。今度【ケイトリン】でうろついてみようかな。それで殺しに来るのがいるなら、完全に私の首に賞金が掛けられているってことでしょうからね。さて、私の首に賞金を掛けるのは一体誰でしょう?」
神様が顔を覆って天を仰いだ。
「ま、少なくともこの領の冒険者ギルドは私の敵であることを確認していますからね。あのギルドマスターは見つけ次第、情報を引き出すだけ引き出して、残りの人生を後悔に塗れたものにします。殺すなんてもったいないですからね」
「……なにをする気だい?」
神様がじっとりとした視線を向けてきた。
「指を詰めてもらうだけですよ」
「……どの指を詰めさせる気だい? 人生を後悔だけにするなんて云ってるんだ。ヤクザみたいに小指ってわけでもないだろ? あれ、ドスをしっかり握れなくする措置ってだけだし」
「親指ですよ。もちろん」
「もちろんじゃないよ。ヘッドリー公爵。あなたは自身の運の良さに感謝するといい。彼女の親であったから、右半身の体毛を剃り落とされただけで報復が済んだんだからね」
神様が公爵様に話を振ったので、折角だから私も公爵様ににこやかに手を振ってあげた。
「公爵……」
王妃様が心底呆れたような声を出した。多分、状況的にはあり得ないことだろう。そしてヘッドリー公爵はと云うと。
「真に、我が不徳の致すところ」
公爵様が殊勝な有様となったところで、周囲が賑やかになってきた。どうやら一般の観客の入場がはじまったようだ。
「闘獣祭がはじまるまで、あと半時くらいですかね?」
漂う空気を無視して、私はことさら暢気な調子で云った。




