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032_デスペナ


 炬燵が高い……。


 いや、私の視点が低いのか。


 じっと自分を見下ろす。


 うん……ペタンコだな。直立状態で爪先がしっかりと見えるとか、いつ以来だ?


 私は別に巨乳なんて呼ばれるほどのバストの持ち主ではなかったけれど、爪先が見えない程度にはあったからな。


 うーむ。完全にちびっ子になっているな。これはどういうことだ? もしかして、これがデスペナルティってことだろうか?


 多分、4、5歳くらいかな?


 まぁ、それならそれでいいんだ。とりあえず生きて――いや、生き返る? リスポーン? したみたいだし。問題なのは、現状素っ裸であるということだ。


 困ったことに服は全滅状態と云っていい。いや、これまでの服はちゃんとあるんだ。あるんだけどさ。


 さすがにいまのちびっ子サイズの服なんて無いよ。


 仮面はあるけど、装備していた結晶は全滅したっぽい。いや、どっかに保管されてんのかな? 全滅してたらヤダなぁ。あれ、作んの結構疲れるんだよ。


 私はため息をひとつついた。


 肌寒さに思わず体を抱えるようにして腕をさする。


 この宴会場レベルで広い和室の環境は過ごしやすい温度ではあるけれど、だからといって裸でいて快適な温度化と云うとそうでもない。


 なにせ炬燵がある部屋だ。炬燵があってこその温度となっている。普通に服を着ていれば寒いと思うほどではないけれど、全裸ではさすがに寒い。


 うん。仕方がないから炬燵に潜っていよう。あ、私用の褞袍はあるね。あれなら羽織るだけだから問題ないか。


 褞袍を羽織る。サイズの違いのせいで、もの凄く分厚いロングコートを着ているみたいな有様になったけれど、寒く感じるよりマシだ。


 もそもそと炬燵に入り、褞袍の襟首を頭の天辺まで引っ張り上げた。サイズが大きいからこそできることだ。


 うむ。あったかい。このまま神様が帰ってくるまで待とうか。


 でもこのままボーっと待っているのもなんだな。小腹も空いたし。


 そういや、夕べ作ったアジフライが残ってたな。タルタルソースも作り置いたのがあるはずだ。飲み物は……味噌汁でいっか。これも夕べのが残ってるし。


 アイテムボックスから適当に引っ張り出す。


 炬燵の上に味噌汁の鍋を置き、皿とお椀を準備してアジフライを2枚並べる。小皿にはタルタルソース。味噌汁をよそってと。主食枠が欲しいな。でも米は炊いてないんだよなぁ。あ、前に町で買ったパンがあったな。かなりボソボソとしてるけど、味噌汁につけて食べればいいか。いや、タルタルソースを塗ってアジフライをいい塩梅のサイズに切り分けて載せればいいや!


 それじゃ、いただきます。


 手を合わせた後、食事を始める。


 アジフライなどといっているが、こっちで釣ったアジみたいな魚だ。サイズは1メートル以上もある鮭よりもでっかい魚。それをフライとしたものだが、当然ながら私が知るアジフライのように、開いて衣をつけて揚げた代物ではない。


 普通に捌いて切り身にしたものに衣をつけて揚げたものだ。だから、見た目的にはアジフライというよりは、鮭フライである。もっともそのサイズはふつうの切り身の倍くらいだけれど。


 タルタルソースをつけて美味しくいただく。


 ご機嫌に齧りついたところで、私はしくじったことに気がついた。


 私、現状ちびっ子だ。この量、食べられるかな?


 まぁいいか。食べきれなかったらアイテムボックスに放り込んでおけばいいし。気分的には、食べ掛けをしまうのは嫌なんだけれどね。






 アジフライを一切れ食べきったところで、残りのもうひとつを睨む。


 うーむ。これを食べきれるか微妙なところだ。まだ十分にお腹に入る余地はありそうだ。でも腹6分目くらいにはなってそうなんだよね。


 睨みつけること暫し。ガチャリと扉の開く音がした。


 神様が帰ってきたようだ。私が無様に殺された後、いったいなにをしていたんだろう? すぐに帰って来るかと思ってたのに、少なくともアジフライサンドをひとつ堪能するだけの時間なにかをしていたようだし。


「おかえりなさい、神様」

「……ただいま」


 ちょっ!? 暗い!? え? なんだかどんよりしてる!?


「か、神様? どうしました?」

「やっちまった……」


 俯いたままのそのそと歩いてくると、炬燵に入り突っ伏した。


「……アジフライサンド、食べます?」

「もらう」


 ついさっきまで睨みつけていたアジフライサンドを、神様の方へと押しやった。


 そして急須を取り出し、お茶の準備を始める。お湯は魔法でどうにでもできるからすぐだ。


「で、なにをやらかしたんです?」

「久しぶりに……キレちまってね」

「はい?」

「危うく【支配】の奴を殺しちまうところだった。あのゴミカスの手伝いなんて絶対にしないって決めてたのに」


 もの凄い勢いで神様がアジフライサンドに齧りついた。


 トポトポと湯飲みに茶を注ぎ、神様に差し出す。


「まぁ、途中であることを思いついて、殺すのをとどまったけれど」

「生かしてあるんならいいじゃないですか」

「思いっきり弱体化してる。多分、いまなら殺せるよ。天使級よりちょびっと強い程度にまで落ちてるから」

「いえ、いいです。殺されたのは面白くないですけど、この世界の神とあのふたりの手伝いはしたくありません」


 神はともかく、ふたりには恨みも何もないんだけど、かなりロクでもない人間らしいからね。そんな輩の手伝いなんてしたくはないね。


「それで神様。私、ちびっ子になっちゃっていますけど、これってデスペナですか?」


 目を数度瞬かせた神様は、口の中のアジフライを呑み込んだ。


「うん、そうだよ。実のところ、デスペナをどうしようか悩んでね。能力ダウンとかしてもあまり意味がないし。だから幼児化することにしたよ。現状は5歳児だ。で、1日ごとに年齢が進むよ。15日で元通りだね」

「そういや私、もうすぐ21になるんですね。こんな調子でこっちで生活して、もとの中学生に戻った時に困りそうですね。主に勉強面で」


 学業内容なんてすっかり忘れてそうだ。


「そこは大丈夫だよ。しっかりと当時の記憶が鮮明に思い出せるようにするから」

「本当、お願いしますよ。ついうっかり忘れたりしないでくださいね」

「大丈夫。それは大丈夫。茶々のときに、散々妖怪どもに抗議されたからね。怪異はある意味【這いずるモノ共】よりも厄介なんだ。誰だって面倒は嫌いなように、僕だって面倒は嫌いだ」


 そう云ってお茶をすする。


 私はと云うと、やはりどうにも食べたりない。ちっこくなっても胃袋は以前のままのようだ。


 アイテムボックスからアジフライをひとつつ取り出し、タルタルソースをつけてパンにはさむ。


 食べきれなかったら、そのままアイテムボックスに放り込んでおこう。


「そういえば、以前に私は神モドキにも勝てるって云ってませんでした?」

「あー。云ったねぇ。今回は場所が悪かったとしか云えないねぇ。さすがに飛びながらじゃまともに戦えなかっただろう? そもそもキミは適度に羽ばたき飛行する程度しか出来ないわけだし。というか、人間がそれを出来るって時点でおかしいんだけどさ」


 おかしいとは失敬な。努力の結果ですよ。


「まぁ、足場はありませんし、機動力も運動性も微妙なことになったのは確かですけど。直線的な飛び方しかできませんからね、私」

「そ。だからまともな足場があって、ドラゴンのいずれかの変身だったら、五分とはいかないまでも、若干不利程度力量差だったんだよ。それなら戦闘経験の差と、キミを侮り舐め腐ってることでキミの勝ち目は6割くらいはあったのさ」

「あー。それくらいなら、最悪相討ちくらいにはもっていけますね」

「それはないね。キミが勝つよ。アレはヘタレだからね。それはさておいてだ。休暇の事だけれど、当初の予定を変更しようと思うんだ」


 もしゃもしゃとサンドイッチに齧りついていると、神様がそんなことを云いだした。


 咀嚼中のモノをゴクリと飲み込む。


「予定変更って、なにをするんです?」


 そもそもの予定も知らないけど。


「一緒に町を散策しよう」


 ……は?


「私と神様とでですか?」

「そう。僕とキミとでだ」

「なんでまた?」

「キミはもう少しほのぼのとするべきだと思うんだよ」


 私は目を瞬いた。


「いや、どうしたんですか、突然」

「もともと思うところはあったんだよ。で、茶々と話してみて、さすがに不味いと僕も思ったわけだ」


 私は首を傾いだ。


「キミの現状は殺伐とし過ぎている」


 指を指さないでくださいよ。


「別に私はそうは思っていませんけど。充実はしていますし」

「でもキミのまともな趣味って、料理くらいだろ? だが頻度で行ったら殺人の方が遥かに多いってのは問題だ。いかに僕がキミの倫理観を少しばかり弄っているとはいえ、殺害数が1年ちょっとで4桁に届かん勢いなのは多過ぎだ。例えそれが死罪確定となるような連中しか殺していないとしてもだ」

「そこはほら、私の性格がもともと苛烈でしたし。神様だって殺人に対する忌避感を軽減する程度でしか、私の頭は弄っていないんでしょう?」

「いや、そうなんだけどさぁ……。だからといってそれが趣味みたいになってるのは問題だろ。さすがにロクデナシの僕でも、なにかしらしくじったと自覚してるんだよ」


 趣味って、そんなことは……ないと思いますよ? 殺人を楽しいと思ったことはありませんし。気分的には半ば作業みたいな感じですけど。……いや、それはそれで酷いな。


 私は目を逸らした。


「さすがにそんなヤバイレベルじゃないと思いますけど。それにこの世界の娯楽なんてロクにありませんしねぇ。なにせ人々の娯楽が公開処刑な世界ですよ」

「時代が時代だからね。とはいえ、大昔のヨーロッパよりはマシだろ。コロシアムみたいな殺し合いを見て喜ぶような娯楽はこの世界にはないからね。あるとしても、闘牛みたいなものだけだよ。まぁ、闘牛も最後は牛を殺すわけだけどさ」

「あ、そういうのはあるんですね。それはちょっと観てみたいですね」

「冒険者が魔獣と戦うっていうのをショーにしてるんだよ。もちろん1対1じゃなくて、1パーティ対魔獣だね」


 なるほど。となると、闘牛みたいなショー的な部分はなさそうだね。ガチの戦いかな?


 でも、魔獣はどうやってつれてきたんだろ?


「魔獣は……繁殖でもさせてるんですか? いや、繁殖ってできるのかな? 魔獣って普通の獣の変位種なわけだし。やたらと数はいますけど」

「なんか専門の生け捕りチームがいるみたいだよ」

「生け捕りチーム……」

「ゴーゴンがよく捕えられてるね。殺した後は皮や骨はもとより、肉は食肉として消費されるから無駄が無いみたいだ」

「ひとつ目で見た目が怖いから、コロシアムでは映えそうですね」

「魔獣確保と、確保した魔獣の状態回復も必要とあって、開催されるのは年をまたいでの二日間と、7月の年2回だけだけどね。そういえば明日がそうじゃないか。見物にいこうか」


 また唐突だなぁ。


「構いませんけど、それってどこでやるんです?」

「こないだキミがいたところの領都。キミとしちゃ少しばかり面白くはないかもしれないけど、その姿ならなにも問題ないだろ」

「あー……。まぁ、あいつらを見つけでもしなければ問題ないです」


 神様が目をそばめるようにして、じっと私をみつめる。


「それって、キミが問題を起こさない、ってことだよね?」

「そうですよ。私の性格は知っているでしょう? 見つけたら報復はしますよ。例えこんななりでも」

「……どうしよう。デスペナになってないよ」

「もしかして、私を大人しくさせるためのデスペナでしたか?」

「云ったろ。キミは少しばかり殺伐とし過ぎてるんだ。ひとまずは殺していい人間を探して回る生活から離れるべきだ」


 酷い云われようだ。


「神様。さすがに私がロクでもない性格をしているとしても、そんな馬鹿な真似はしませんよ。私だって平穏に過ごしたいですからね」

「ストローツでのことは?」

「あれは路銀稼ぎです。遺跡荒らしに云ったら、たまたま盗賊どものたまり場だっただけです。実際は盗賊じゃなくて、【支配】の配下の連中でしたけど」

「連中を見かけた時点で回れ右すれば良かったじゃないか」

「最初に見かけたのはゴブリンですよ。ゴブリンはとっとと殲滅しないと面倒臭いじゃないですか。あいつらゴキブリ並とはいかないまでも、豚並に増えるんですから。安全とされる街道を歩いてても遭遇するんですよ」

「いや、確かに多いけどさすがに豚レベルじゃないからね。同レベルだったら、もう人類は生存競争に負けてる。数の暴力に勝てるほどの技術がないからね、現状の人類には」


 ……大量殲滅兵器レベルのものが無いって云ってないかな? 神様。


「ま、連中も普通に病には罹るからね。毎年の流感で数はなんとか調整されてる感じかな」

「インフルエンザみたいな感じですか?」

「そ。もちろん人間だって同様さ。教会がほぼ独占してる魔法でも、実のところ病と毒は対処できないのさ。それらの知識が無けりゃ、いくら魔法でも対処のしようがないし、それ以前にそこまでできるほどの精密性をだせないからね。病原菌と毒素だけを選んで体から排除とか、そんなことできると思う?」

「……普通に無茶ですね」

「まぁ、とにかくだ。明日は闘技場へ行くよ」

「……決定事項なんですね」


 珍しく強引だなぁ。これはあれだ、茶々さんに散々愚痴られたのが相当堪えたのかな? そう考えると、神様はあまり神様らしくはないんだよねぇ。あまりに人情味がありすぎるし。まぁ、ギリシア神話の神様みたいに下衆な有様なのに比べると、遥かに好ましいけれど大丈夫なのかな?


「……なにか変なこと考えてない?」

「いえ、特には。というか、私の頭の中なんて筒抜けでしょう?」

「僕だってプライバシーってもんには配慮するよ。幾つかのワードが引っ掛からない限りは覗いたりしないさ」

「本当かなぁ」

「信用無いね」

「茶々さんのことがありますから」

「それを云われるとなんも云えねぇ。まぁ、とにかくだ。明日も遊びに行くよ。さすがに連続で今日みたいなことはないだろうしね」


 そう云って最後のひと口を頬張る神様を私はジト目で見つめた。






「ねぇ、神様。そう云うのをフラグって云うんですよ」


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