夜と過去 5
ずっと昔からのような気もするし、つい最近からのような気もする。記憶の中のあの人はいつも怒っているか、泣いている。
留守番は慣れていたし、似たような友人も少なくなかったし、大好きな姉もいた。「苦労してるね」と人は言うが、ほしいものは大体買ってもらえた。進学させてもらえた。バイトもせず部活を続けさせてくれた。私は一切苦労していない。苦労したのはあの人一人だった。
中学生の頃、勉強も部活も頑張ったし大した反抗期も来なかったのはきっとあの人のためだった。身長が高くなって体格がしっかりしていくにつれて、あの人はやせ細っていく。姉が一人暮らしを始めてからは家がかつての二倍の広さになった。少しだけ虚しかったけれど、一人きりでないだけ良かった。褒めてもらえると嬉しかった。今までそんな経験なかったから。背番号1のユニフォームを持って帰るとすごく嬉しそうにしてくれた。そんな顔当分見たことなかったから。大まかな事情も知っていたから、先生たちも応援してくれた。
あの人はヒステリックを起こした。みんなが自分を笑っている、と。私も内通者だろう、と。気持ち悪い気持ち悪い、とそう言われた。100点のテストもユニフォームも、どこにでも進学できる偏差値も、全て無意味だった。私のちっぽけな努力なんて、一ミリもあの人の心には届いていなかった。ちっぽけだった。矮小。貧弱。思い上がりも甚だしい。
パソコンの閲覧履歴に残る「楽な自殺方法」。そんな検索結果は山ほど出てくるのに、「心の救い方」はロクなものが出てこなかった。自分が生きていくだけで、金を借りる必要があることを知った。自分が生きていくだけで、あの人は痩せていった。どれだけ泣いてもどれだけ吐いても、人をいじめても大人を傷つけても、自分は生きていた。国も県もあの人も、こんな人間に大金を出しているのだ。日本がろくでもない国なのも頷けた。
あの人は少しずつ元気になっていって安心はしたけれど、なぜかあまり嬉しくなかった。何も解決していなかったから。せっかく進学した高校にはあんまり行かなかった。生きててごめんなさいと、本気で思った。
どうでもいいありふれた作り話。読んでくれたならごめんなさい。




