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 声のした方を向けば一人の男がこちらへ向かって歩いてくるところだった。

 男は憤怒の形相でこちらを睨みつけてきた。


「え」


 僕は男を見た瞬間、何か引っかかりを覚える。


 なんとも嫌な感じが頭の片隅に引っかかる。



(顔……、顔だ。顔に見覚えがある……)


 どこかで見た顔だった。



 だがすぐに思い出せない。


 ルナシルフの町の人たちを思い浮かべるも当てはまる人物はいなかった。


 だが、町に着く前に会った人と言えばコロと、コロを雇っていた中年男性だけだ。


 眼前の男はそのどちらでもない。



 だが……、どこかで……。



(そうだ! バス強盗の男の一人だ!)



 男の顔をまじまじと見つめて思い出す、バスへ押し入ってきたガスマスクの男の一人だと。



 バスに入ってきたときはガスマスクを被っていたので顔はわからなかった。


 だがその後、真っ白な部屋へ移動したとき、あいつらはガスマスクを外していたのだ。



 白い部屋に居た間しか顔を見ていなかったので思い出すのに時間がかかったが間違いない。


 ガスマスクの男は僕達の方を睨みつけ口を開く。



「俺がどれだけ苦労してこの軍団を作ったかわかってるのか! こいつらを使って町を占領し、王都へと侵攻する拠点にするはずだったのになんでこんな少人数にしてやられるんだ!」


 男は怒りをあらわにして叫び続ける。



「もう一人はどうしたんだ……」


 バスに押し入ったのは二人組だった。

 もしかしてもう一人もこの辺りに隠れているのだろうか。


 と、考えてから思い出す。

 あの白い部屋にいた女性は皆を別々の場所に飛ばすと言っていた。

 なら、この男は残りの片割れと合流していないのかもしれない。



「もう一人? ん、お前どこかで見た顔だな……。そうだ! あの白い部屋にいた奴だな! 確か変な異能を貰って笑われてた奴だ」


 どうやら向こうも僕の顔を思い出したようだ。



「なんでこんなことを……。危うく死人が大量に出るところだったんだぞ!」


 うまくいったから良かったものの下手をすれば町に大きな被害が出ていたのは間違いない。



「知るかっ! 俺はこの力で王になるんだ! だが……、それにはお前たちが邪魔だ……」

 怒鳴り声を上げる男は僕の言葉に耳を貸さず怒り続ける。



「何を言ってるんだ……」


 男の表情に冷静さはなく、とても話の通じる雰囲気ではない。



「こいつが最後の切り札だがしょうがねえ……。お前みたいな邪魔者を処分しておかないと後で苦労させられそうだしな……。出て来い!」


 男は腕を掲げ軽く指を鳴らす。


 すると、なんの前ぶれもなく空が一瞬で曇る。


 雲ひとつない朝日溢れる晴天だったはずなのに全てが黒雲に覆われる。

 雲はまるで生物のように蠢き、次第に赤みを帯びはじめた。


 雲だったものに無数の管が浮かび上がり脈打ち始める。

 それと同時に赤みを帯びた雲がむき出しの筋肉のような質感を得て収縮しながら大地へと落下する。


 汁気を帯びた不気味な音を立てて落下したそれは巨大な幼虫が這い回るかのようにしてこちらへと近づいてきた。


 虫のように這い回っていた肉塊は男の側に辿り着くとうぞうぞと背筋が凍りつくような音を立てながら巨人を形作って立ち上がる。




 ――ブオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンン!



 鳴き声……、音……、そんな範疇では表現しきれない恐怖を圧縮したかのような何かが僕の鼓膜を震わせる。



「な、なんだあれは……」

 その姿を視界に捉えているだけで激しい不安を掻き立てられてしまう。



「驚いたか? 邪神だよ、邪神。ドラゴンを倒せるお前でもこれは無理だろ? 死んどけや!!!」


 そう言って男は僕の方へ向けて手をかざす。


 すると邪神と呼ばれたそれはゆっくりとこちらへ向けて走り出した。


 ――ブアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!


 不安を掻き立てる音をかき鳴らしながら邪神と呼ばれた肉の巨人が迫る。



「う、うああああああああ!」

 僕は恐怖に耐え切れず声を上げてしまう。


 その姿を見ただけで心の内側から止め処なく恐怖の感情が溢れ出してくるのだ。



「チッ、こんなもん目を閉じて耳塞いておきゃ何でもねえんだよ」


 と、ヒルカワが飛び出す。



 ヒルカワは邪神へ向けてキックを放った。


 目を閉じ、耳も塞いだ状態で放ったキックは邪神の中央から大きくそれた場所へ当たる。


 とても威力があるとは思えない当たり方だった。


 しかし、キックが軽く接触しただけで邪神は粉々になって吹き飛んだ。


 ――が


「あ?」


 まるで時計の針を逆回しにしたかのように元に戻ってしまう。


 そして邪神はキックを放った隙で固まるヒルカワ目掛けて拳を放った。

 拳は途中から触手のようなものを無数に伸ばし、その全てがヒルカワに殺到する。



「ぐあああああああっっ!!」


 ヒルカワは触手による打撃をその身で全て受け止め、天高く吹き飛ばされてしまう。


「ヒルカワ!?」


 僕のヒルカワを呼ぶ声が空しく木霊する中、クレアさんが邪神へ突撃する。


 なぜかは知らないがクレアさんは僕やヒルカワのように恐怖で汚染されている気配がなかった。クレアさんは駆けながら光剣を出現させ、飛び上がる。


「セヤアアアアアアアアッッ!!!」


 ヒルカワが作った隙を利用してクレアさんが邪神へ光剣を放つ。



 巨大な光剣は邪神の腕を切り落とした。


 しかも今度は再生する事もなく効果があったように見える。


 だがクレアさんの持つ光剣は次第に縮み、最後は消えてなくなってしまう。


 クレアさんは光剣が消えた瞬間から動きがおかしくなり、空中でふらつき真っ逆さまに落下した。


 (危ない!)


 ドラゴンのときも怪しい気配がしたが今度はもっと酷かった。

 あの光剣を使った反動なのだろうか。


 僕が恐怖で動けない中、クレアさんは落下中になんとか体をひねる。



「ハァハァ……、見たか!」


 と、姿勢を崩しながらもなんとか着地したクレアさんが声を上げた瞬間、邪神の全身から触手が伸び、彼女へ襲い掛かった。


 全ての触手はクレアさんに突きを繰り出す。



「きゃあああああああッッッ!!!」


 クレアさんはその攻撃をかわしきれず、大きく跳ね飛ばされてしまう。


 ヒルカワとクレアさんの二人を退けた邪神は口であろう部分を歪めると僕の方へ向けて走り出した。



(来る……っ! な、なんとかしないと!)



 怯えきった僕は必死で塩をイメージする。







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