秋薔薇は復讐の真紅 七話
ティリアは、【踊り子】が広間にいる誰かを暗殺するのだと思った。巻き込まれないよう警戒したが……すぐに見惚れてしまった。
【踊り子】の【炎のベールの舞い】は、それほど素晴らしいものだった。
まず、シャンデリアの明かりが弱まった。広間全体が薄暗くなり、演壇に立つ【踊り子】の輝かしさが際立つ。
ーーーシャラララン シャンッ シャンッ シャンッ ーーー
妙なる調べが流れ、【踊り子】は白い腕を伸ばし、ゆっくりと全身をゆらすようにして舞いだした。
そして、艶やかな唇に笑みが浮かぶ。赤薔薇の蕾が綻ぶように唇が開き、のびやかな歌声が滑り出た。
ーーーさあ、歌い踊れ。太陽は沈んだ。夜空では星月が輝き、地上では焚火が燃えるーーー
歌声は高く低く。楽団の調べと共に広間を包む。蜜のように甘やかでありながら、苦い憂いを宿すこえだった。歳を重ねて深い味わいを得た美酒の如く、聴く者を酔わせていく。
【踊り子】は朗々と歌いながら、舞い踊る動きを大きくしていった。
ーーーさあ、歌い踊れ。今宵限りの宴を開こう。歌え歌え火の粉たち。踊れ踊れ火の精よ【炎のベール】を纏って踊れーーー
魔法の詠唱を混ぜた歌によって、【真紅の腕】が発動する。
ボウッ!音を立てて真紅色の炎が現れ、ベールのように【踊り子】の周りでひらめいた。
「あの腕輪は魔道具か!」
「まさしく炎のベールだわ!」
広間中がどよめき、驚きの声が上がる。
【踊り子】はその声を聞いているのかいないのか、微かな笑みを浮かべ踊り続ける。
速く激しくなっていく動きに合わせ、炎のベールと黄金色の髪が舞う。
炎のベールは薄布のごとく軽やかに、命あるがごとく生き生きと。金髪はその光を受け落日のように、肌は熟れた果実の如く艶かしく輝く。
ーーー曙が夜を焼くまで歌い踊れ。歌え歌え火の粉たち。踊れ踊れ火の精よ【炎のベール】よ。霊を祓い闇を焦がせーーー
炎のベールが一つ、二つ、三つと増えていく。【踊り子】の金髪と、いや伸びやかに舞う全身と絡み合うようにひらめく。
七枚まで増えたところで、曲と【踊り子】の動きが速く激しくなる。
舞台を縦横無尽に舞い踊り、炎の輝きを辺りに振り撒いた。
ーーー歌え歌え火の粉たち。踊れ踊れ火の精よ。炎の薔薇を咲き乱れよーーー
【踊り子】の歌と共に、炎のベールが薔薇の形を作った。
「うおおっ!」
「素晴らしい!」
広間中が大きく湧いた。誰かが始めた曲に合わせた手拍子がどんどんと大きくなり、音のうねりとなって【踊り子】を促す。
【踊り子】は舞い踊り、炎の薔薇も七つのベールに戻る。再び炎の薔薇が咲き、また踊り出し……。
誰もが見入り、夢中になっていた。
ティリアも魅入った。これほど美しい舞は見たことがない。
一瞬のようであり、永遠のようでもある一時だった。
(このままずっと見ていたい……)
しかし、どんな演目にも終わりが来る。【踊り子】の動きと曲が同時に終わり、炎のベールも全て消えた。終わったのだ。
わずかな沈黙ののち、万雷の拍手が響いた。
ティリアも手を叩く。
「すごかったですね!お父さ……」
「うわあああああ!!!」
拍手を引き裂くような叫び声がし、次いで何かが壊れる音がした。
上座……フリジア王国王家とギース帝国の皇弟嫡男たちがいる方向からだ。
「貴様ぁ!生きていたのか!この化け物めが!殺してやる!」
薄暗くて良く見えないが、誰かが叫びながら駆け出した。【踊り子】めがけて走って行く。
「やめろ!何をしている!戻れ!」
「武器を持ってるぞ!誰か止めろ!」
辺りに悲鳴と怒号が響き、壁際に控えていた近衛騎士たちが走る。
異常事態だ。ティリアは立ち上がり、ネックレスに魔力を込めながら駆け出そうとした。
「風よ!我が刃に……!」
「光よ。我が敵から我を隠し守護せよ。【結界】」
しかし【おじ様】の方が動きも詠唱も早かった。おじ様はティリアの腕を掴み、不可視の結界を発動させた。
「駄目だ。動くな」
「でも!【踊り子】様が!」
「もう遅い」
「キャアアアアア!!!」
悲痛な叫び声と何かが叩き付けられるような音。
「【踊り子】様!離して!【踊り子】様が……え?」
ティリアは【おじ様】の手を振り払おうとしたが、行手を阻むように現れた人物に固まる。
「貴方は……」
「やっと迎えに来たか。さっさと案内しろ」
その人物は無言で微笑み、ティリアたちを広間の外へと誘った。
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