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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第六章 秋薔薇は復讐の真紅

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秋薔薇は復讐の真紅 六話

「ああ、ギース帝国皇弟はグラディス殿下をルギウスの正妃にするつもりだ。最も、フリジア王国王家は断り続けているがな。諦めきれなくて、とうとう本人を送り込んで来たってところだ」


「かなり無理と差し障りがある縁談だと思うのですが」


 フリジア王国第一王女グラディスは二十八歳で独身だが、ギース帝国皇弟嫡男ルギウスは四十三歳で何人もの妃と愛妾がいる。しかも跡継ぎを含めて子供は十人以上だ。


「【姫さま】が嫌なら何とかするだろう。いざとなれば醜聞があるしな」


「醜聞ですか?確かにルギウス殿下は評判の悪い方です。それに、セネカ公爵についても批判できますね」


 セネカ公爵は、無骨で大きすぎる剣を帯びている。

 このような社交の場、それも王家主催の公式行事ではあり得ない行為だ。

 フリジア王国でもギース帝国でも、社交の場に武器を持つこと自体は許されている。だがそれは、相応の見ための物にかぎられるのだ。

 例えば、この場を警護している近衛騎士たちだ。彼らも剣を帯びているが、細身で装飾が美しい威圧感を与えないものだ。

 セネカ公爵が帯びている威圧感と戦意にあふれた大剣など、本来なら没収されて然るべきなのだ。


 ティリアは、初夏に会った依頼人を脳裏に浮かべた。


(カイ様の仰っていた『ギース帝国の男性は武勇を誇る』のが理由かしら?そうだとしても無粋で無礼。護身用の短剣や装飾品に模した魔道具を持つのは許されているのだから。本当に外交手腕のある方なのかしら?)


「確かにルギウスたちも酷いが、俺が言っているのは別件だ」


【おじ様】は、さらに声をひそめて話し出した。


「昔の話だ。ギース帝国の貴族が、フリジア王国の貴族令嬢と結婚した。かなり強引な手段を使ってな。

 しかも言いがかりをつけて離縁し、令嬢が産んだ子供と一緒に放逐した。すぐにフリジア王国の外交官が対応し、言いがかりは事実無根の侮辱だと証明されたが……令嬢たちは行方不明のままだ」


「それは……酷い話ですね」


(あら?どこかで聞いたような話ね?どこで、誰に聞いたのかしら?)


「外交問題に発展するはずだったが、フリジア王国はこれを『ギース帝国に大きな貸しを作る好機』とした。ギース帝国は、政治力はともかく戦上手で野心家だ。当時は同盟もなく、いつ豊かなフリジア王国に攻め込むかわからなかった。結果、フリジア王国は令嬢たちの犠牲を最大限に活用した。当時のギース帝国が、他国の王侯貴族との縁を望んでいたこともあってうまくいった。

 この件は上手くいき、醜聞はなかったことになった。だから俺も馬鹿貴族と令嬢の名前も知らない。フリジア王国に有利な形で同盟が結ばれた上に、ギース帝国の無茶な要求を断る口実の一つになっているそうだ」


「なるほど。そんな事があったのですか」


(それだけの交渉材料になったということは、御令嬢は相当な名家の出ね。その辺りのことも秘されているでしょうが)


「ところで、それは何年前の話で……」


 ティリアはより詳しい事情を聞こうとしたが、【おじ様】は運ばれてきた料理に色めきだった。


「おっ!前菜は飛龍(ワイバーン)肉の虹仕立てか。流石に豪華だなあ。リリアーヌ、とりあえず飯を食おうぜ。せっかくのタダ飯タダ酒だ。おまけに宮廷料理なんて、一生に一度食べれるかどうかだぞ」


「お父様、繰り返しになりますがお口が悪いですよ。それに油断しては……」


「警戒しながらでも飯は食える。食える時に食っておけ。

 この料理はな、花びらで肉を巻くか重ねて食べるんだ。花びらは色ごとに味も食感も違う。黄色い花びらから食べるのがおすすめだ」


「はあ……」


 ティリアは呆れつつ、色も形も様々な花びらと薄切り肉が美しく盛られた料理に向き合った。


(初めて見る花びらばかり。飛龍(ワイバーン)も初めて食べるわ。どんな味かしら?)


 助言に従い、まずは黄色い花びらで薄切り肉を巻いて口にした。

 とろり。じゅわ。


「!?」


 噛んだ途端、芳しい花の香りと龍肉の旨味が溶けた。ティリアはしばし味わうことに集中し、惜しみながら飲み込む。


「口の中でお肉と花びらが溶けた?何?何この味?美味しい以外なにもわからないです?」


「美味すぎて混乱するよな。わかるぜ」


 【おじ様】はしたり顔で頷き、グラスをあおった。


 その後も、次々と極上の料理が運ばれてきた。フリジア王国らしい花と果実を使った料理だけでなく、ギース帝国の料理も多い。

 楽団と芸人たちの演目も、両国のものが半々の割合だ。遠方から来た主賓たちへの配慮だろう。

 配慮が伝わっているのだろうか。主賓たちも大いに食べて飲んで楽しんでいる様子だ。

 給仕の身体を触ろうとするのはどうかと思うが。

 対するフリジア王家王族はというと、品のいい笑みを浮かべ積極的に会話している様子だ。

 時は和やかに過ぎていった。しかし。


「なんと美しい……」


「素敵……あの方は誰?」


 しかし、空気が一変した。

 絶世の美女が演壇に上がった、その瞬間に。

 ティリアも目を見開いた。


(あの方はもしや)


 波打つ長い髪は豪奢な黄金、憂いを帯びた眼差しは血の真紅、抜けるように白い肌は白薔薇の艶やかさ。

 奇跡のように整った全身を、大胆に肌を見せる衣装と装飾が引き立てていた。


「まあ……女神が舞い降りたようですわ」


「ああ、あんな美女は見たことがない」


「何者だ?見目はフリジア王国民らしいが……」


「あの衣装はギース帝国の物ですわ。腕輪も異国情緒がございますわね」


 感嘆とも溜息ともつかない声、美女の正体を探る囁きがあちこちで交わされた。誰もが謎の美女に夢中だ。


(この方はもしや……)


「お集まりの皆様にご挨拶申し上げます」


 謎の美女は艶やかな唇に微かな笑みを乗せ、甘やかな声で口上を述べた。


「私は旅の【踊り子】アウローラと申します。

 今宵、私がお見せするのは【炎のベールの舞い】。我が母より受け継いだ秘技でございます」


 朗々と口上を述べる。その手首には腕輪型の魔道具である【真紅の腕(しんくのかいな)】が輝いている。


(ああ、やはり。この方はあの【踊り子】様だわ)


 髪も肌の色も顔立ちも違っていた。同じ色の目すら印象が違っているが、ティリアにはその正体がわかった。同時に思い出す。


 先ほど聞いたギース帝国の醜聞と、五年前に【踊り子】から聞いた過去の話が似ていることに。


 それに【踊り子】は言っていた。


花染(はなそ)めのお嬢さん、また花染めて下さいな。アタシたちの【姫さま】のため、アタシの大切な仕事のため。

 そして、ささやかな復讐のために』


(【踊り子】様。貴女は今から何をはじめる気なのですか?)


 ティリアの疑問をよそに、妙なる調べに身を乗せ【踊り子】が舞う。


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