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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第六章 秋薔薇は復讐の真紅

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秋薔薇は復讐の真紅 三話

 目的の部屋に着いた。

 部屋の三方は壁とドアだが、一方はガラス張り窓がはめられている。どういう仕組みになっているのか、地下なのに明るい中庭が見える。


 作業台は大きく、椅子は二脚ある。ティリアは【踊り子】に片方をすすめ、茶菓子の準備をした。花染(はなそ)めに使う作業台や棚だけでなく、湯沸かしや食器棚食品棚もあるのだ。


(少し肌寒いから、ジンジャーティーにしよう。お茶請けは干し葡萄クッキーと……)


『お待たせいたしました』


 ティリアは茶菓子を出し、認識阻害魔法を解いて黒髪と新緑色の目をあらわにした。


『改めてご挨拶いたします。私は【花染(はなそ)め屋】。花染(はなそ)めのご依頼には、魔法の花を二輪、願いに至る物語を一つ頂きます』


『本当にお金は要らないの?それに、花染(はなそ)めに使う魔法植物を対価にするのはわかるけど、もう一つの対価は依頼理由を話すだけよね?情報収集のためかしら?』


『お金は必要ありません。情報収集のためでもありませんね。単に様々な方のお話を聞くのが好きなだけです。ですから、話したくないことは話さなくていいですし、嘘でも構いません』


『ふうん。そう……。無欲なことね。絶対的な力に庇護されているだけあるわ』


『え?』


 一瞬、【踊り子】の目が剣呑に光った。熾火(おきび)が爆ぜたように。

 しかしすぐに、柔らかい笑みが浮かび誤魔化される。


『うふふ。私も話すのが好きだから嬉しいわ。まずは魔法植物と魔道具を出すわね』


【踊り子】は、鞄から金属製の腕輪と硝子製の筒のような物を取り出した。

 赤みがかった黄銅色の腕輪は魔道具【真紅の腕(しんくのかいな)】、魔法を封じる硝子ドームに入れられた薔薇に似た花は火属性の魔法植物【火焔薔薇(フレイムローズ)】だと説明しながら。


『これは……よく手に入りましたね』


『ええ。少し伝手があってね』


 この魔法の花は美しいがかなり危険だ。花びらに一定以上の刺激を受けると、花が燃え上がり周辺を火の海にする。

 燃え尽きた後、再び蕾をつけて花を咲かせるので、【不死鳥の薔薇】とも呼ばれている。


『この【真紅の腕(しんくのかいな)】は、この花でないと染められない。母がそう言っていたわ』


『お母様から受け継いだ物なのですか』


『ええ、そうよ。……花染めのお嬢さん、この腕輪を染めて下さいな。私の母の形見であり、たった一つの武器なの』


 【踊り子】は微笑みながら、依頼するに至った物語を語った。


『まずは、母と私の産まれについて説明するわね。

母はギース帝国の貴族令嬢だった。それなりの家に生まれて、父と結婚して貴族夫人となって私を産んだ。とても平凡な人だったけど……ただ一つだけ秘密があった。

 火の精霊の末裔だという秘密がね』


 ティリアは思いがけない言葉に目を丸くした。


『精霊ですか?伝説の存在ですよね?』


『ええ。かつて存在していたとされる伝説とお伽話の住人よ。本当に存在していたのか、そして母と私がその末裔なのかはわからないわ。確かめようもない事だもの。

ただ、私たちが火属性の魔法が得意なのは事実。ギース帝国が、精霊の末裔を嫌っていることもね』


『精霊を嫌う?どうしてですか?』


『ギース帝国の建国神話のせいよ』


 千年前。この大陸では、精霊たちによって幾つもの国が滅ぼされた。初代ギース帝国皇帝は、精霊たちを打倒してギース帝国を建国したのだ。


『建国当時、精霊の末裔とされた家系は滅ぼされたそうよ。けれど取りこぼしというものはどうしても出る。ましてや、急速に国土を拡張して他国の血を入れればなおさらね』


『【踊り子】様のお母様の家系も、その一つだったということですか』


『ええ。それが父に露見して、母娘ともども放逐(ほうちく)されたの。私が十歳の時だった。

生粋の貴族だった母は、家宝の【真紅の腕(しんくのかいな)】だけを遺して死んだ。

『いざとなったら、この【真紅の腕(しんくのかいな)】で身を守りなさい』と、言い残してね。

 私は旅芸人の一座に拾われて、踊りと歌を仕込まれた。それからずっと、踊り子として諸国を巡っているの。

 大変なことも沢山あったけれど、【真紅の腕(しんくのかいな)】で身を守ることが出来た。この魔道具は私にとって何よりも大切なものなの。

 その大切なものの魔法の力がが薄くなったから、グレイに頼んで依頼に来たというわけ』


『そうだったのですか』


 ティリアは話を聞きながら、なんとなく【踊り子】は嘘をついている気がした。


(ただ、真実も混ざっている気もするわね。どちらにせよ物語って頂けたのだから、対価としては充分だわ)


『魔法の花と願いに至る物語をありがとうございました。花染めさせていただきます』


 ティリアは【火焔薔薇(フレイムローズ)】のうち一輪を硝子ドームから出す。慎重に、必要以上に花びらに刺激を与えないように。

 そして、【真紅の腕(しんくのかいな)】にかざした。


 ティリアは、全身を巡る魔力を【火焔薔薇(フレイムローズ)】に注ぎつつ詠唱する。

 捨てた故郷の旧い呪文を。


 《魔法の花よ、花ひらよ、お前の色を私におくれ。

 魔法の花よ、花ひらよ、花ひらの色はお前の力。お前の命の色。

 魔法の花よ、花ひらよ、お前の力を私におくれ》


『まあ……綺麗……』


 【踊り子】の感嘆を聞きながら、ティリアは魔力を注ぐ。光があふれていく。

 その光は血の真紅色。鮮やかでありながら昏い憂いを含む赤。【火焔薔薇(フレイムローズ)】を包み、色褪せた【真紅の腕(しんくのかいな)】に流れていく。


(まだ足りない。かなり魔力が必要だわ。もっと……深い真紅に染まりなさい)


 ティリアは詠唱と花染めを続けた。

 やがて、【真紅の腕(しんくのかいな)】は血のような真紅色となった。

 同時に、【火焔薔薇(フレイムローズ)】は枯れて崩れた。赤黒い種だけを遺して。


『……終わりました。お確かめ下さい』


『ええ。……なんてこと。母が使っていた頃より鮮やかで深い色だわ』


【踊り子】はうっとりと目を細め、【真紅の腕(しんくのかいな)】を着けた。立ち上がり、ティリアのいる机から少し距離を取る。


『少し試させてもらうわね。……歌え歌え火の粉たち。踊れ踊れ火の精よ【火焔のベール】』


 【踊り子】の赤い目が輝き、腕輪をつけた手首がひらりと動く。

 真紅色の炎がベールのように燃え上がり、ヒラヒラと美しい軌道を描いた。【踊り子】は舞の一節を踊りながら、炎を自在に操る。

 ティリアはその美しさに見惚れた。


『お見事です!』


『ふふ。貴女の仕事こそ素晴らしいわ。ありがとう』


『お、恐れ入ります』


 極上の笑みで褒められたせいか、ティリアは気恥ずかしくて目を伏せた。


『……ところで、花染(はなそ)めのお嬢さん。知らない人間に貴女の力を見せてよかったのかしら?』


『え?ですが【踊り子】は【おじ様】から紹介されたお客様ですから、信頼して……』


『うふふ。グレイに確かめていないのに、呑気な子ね。おまけに二人きりで人を殺せる魔道具を渡すだなんて。

 ……歌え歌え火の粉たち。踊れ踊れ火の精よ【炎のベール】』


 【踊り子】の赤い目が強く輝く。腕が大きく動き、大きな炎のベールが無防備なティリアを襲う。


『っ!?』


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