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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第六章 秋薔薇は復讐の真紅

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秋薔薇は復讐の真紅 二話

 五年前の秋。ティリアは十七歳だった。

【古道具の迷宮】に住みこみで働きながら、【花染(はなそ)め屋】を開店する準備をしていた。


 【花染(はなそ)め屋】は、飛び込みの花染(はなそ)め仕事を引き受けるための店だ。また、ティリアが他者と交流するための場でもある。

 店の場所は決まっている。静寂の森の中にある家だ。もともと、森全体がルディア王国から亡命した染魔(せんま)の一族が所有しているし、【染魔(せんま)】……【花染(はなそ)め】の工房として使えるようになっている。

 準備は進み、後は生活用品や仕事に必要な道具を運ぶだけとなっていた。


(次は食器類ね。たしかあの棚にリル地方のティーセットがあったはず)


 ティリアは【古道具の迷宮】の店番をしつつ、これからの生活に必要なものを選んでいた。店主の【おじ様】がなんでも好きに選んでいいと言ってくれたのだ。


 その代わり『今後も俺の注意を良く聞いて、禁止されたことはしないように』と、厳命されたが。


(おじ様ったら、口は悪いのに過保護よね。許可を得るまで五年もかかっちゃったわ)


 【おじ様】は最初、【花染め屋】を作ることを反対した。

 ただ同時に、限られた人間としか認識阻害魔法抜きで交流できないティリアを案じてもいた。


 認識阻害魔法は、ただ姿を変えるだけではない。接した相手の記憶も曖昧にしてしまう。

 何度も繰り返し会って会話していれば、ある程度は認識されるようだが、精々【蜜花(シロップフラワー)ジャムをよく買う常連さん】程度だ。


 孤独は人をさいなむし、生活には他人との関わりが不可欠だ。

 おまけに、おじ様はいずれティリアより先に死ぬ。

 フリジア王国王家と自分たち染魔(せんま)の一族の亡命者は、現在は良好な関係だがそれが永遠に続く保障もない。

 ティリアにはジェドという将来有望な友人がいるが、たった一人でティリアを守りきれるかは怪しい。


『ティリア。しかもお前は、ただの染魔(せんま)の一族では……いや、とにかく警戒しろ。だが、人との交流は確かに必要だ』


 心が孤独に(さいな)まれないよう、他者とありのままの姿で接する機会は必要だ。【おじ様】は、そう考えて決心したらしい。


 ただし、様々な条件つけた。


『まず第一に、引き続きうちが請け負った花染め仕事は続けること』


『最低でも成人するまでは【古道具の迷宮】で暮らし、俺の手伝いをしてこの国と世間に慣れること』


『魔道具を使っていいから、結界や認識阻害魔法など最低限の魔法を習得すること』


『最初は俺が認めた客だけを相手にすること』


 他にも様々な条件をつけた。だから開店まで時間がかかったのだ。おまけに、開店の許可を出してからも山ほど注意されたし、禁止事項は増えるばかりだ。


(私はもう子供じゃないのに)


 心配されるのは嬉しいが、ティリアは少し悔しかった。


(ルディア王国が国交を制限する前から染魔の一族は狙われていたというけど……この五年間なにもなかったのだし、ここまで神経質にならなくても。いえ、【おじ様】たち周りの皆様が守って下さっていたのはわかっているけど……)


 ルディア王国からフリジア王国に亡命して五年。ティリアは平和に暮らしていた。だから危機意識も薄れつつあった。


(それにフリジア王国は、様々な国から人が流れているわ。わざわざ認識阻害魔法で姿を変えなくても大丈夫じゃないかしら?そうすれば、堂々とジェドくんの側にいれるのに。お店だって街中がいいわ)


 それはあまりにも甘い考えだった。ティリアは思い知ることになる。


『そこのお嬢さん、ちょっといいかしら?』


『はい。どうなさいまし……』


 ティリアが振り返ると美女がいた。赤いマーメイドラインのドレスに金の装飾が眩しい。手に持つ大きな鞄もお洒落だ。

 しかしそれ以上に、その人自身が美しかった。


(綺麗な方!赤薔薇かルビーが女の人の姿になったみたいだわ!)


 内心ではしゃぎながら対応する。今は【おじ様】から留守を預かる身なのだ。


『し、失礼しました。なにかお探しでしょうか?』


『貴女を探していたの。花染(はなそ)めのお嬢さんよね?あの森の中でお店を作るんでしょう?』


『え?』


 ティリアの正体も店を作るという話も知っているという事は、【おじ様】から聞いたのだろうか?


(ということは、魔法使いの常連様か王家からのお使いかしら?隠しても意味がないようだし、頷いてもいい……よね?)


『はい。そうです。貴女様は……』


『私はただの【踊り子】。貴女に花染(はなそ)め仕事を依頼したいの。グレイから聞いていないのかしら?』


(そういえば今日か明日、最初のお客様をお呼びすると言っていたわ。この方の事だったのね。てっきり、私も知っている常連様の誰かと思っていたけど。

 それよりも初めてのお客様だわ!しっかりしないと!)


『うかがっております。こちらにどうぞ』


 ティリアは緊張しつつ、お客様を地下に繋がる階段へと招く。

 【古道具の迷宮】は、雑然とした見た目以上に複雑な構造をしている。そして地下は広大だ。

 通路がはりめぐされており、大小様々な地下室と中庭に通じている。地下室のうち一つを、ティリアは花染(はなそ)めに使う工房にしていた。


『地下は人が入ると明るくなるのね。魔道具かしら?』


『そうです。【踊り子】様は、地下は初めてですか?』


「ええ。グレイが許してくれなくてね」


(グレイ。本当に長いお付き合いの方しか知らない【おじ様】の通り名だわ)


 ティリアはますます【踊り子】を信頼していった。そんなティリアを【踊り子】はじっと見つめていた。




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