追憶と誓いの紫 七話(五章最終話)
ジェドたちがフリジア王国王都についたのは、五月も半ばを過ぎた頃だった。
『わあ!立派な街だね!花がいっぱい飾られていて綺麗!』
ティリアはとても楽しそうだ。
ジェドが『王都に着いてからも、友達として過ごせるよ』と、伝えたせいもあるだろう。恐らく、思い上がりではない。ニヤニヤしてしまう。
明るい顔の二人に反して、グインの顔は物憂げだった。
『ジェド、本当にいいのか?』
『ああ。一応、【若様】から話を聞いてからだけどな』
療養中に決めた。ジェドはこのまま冒険者として活動しつつ、王家の手先である【香雪蘭劇団】の【劇団員】になると。
あれだけ熱心に勧めていたグインが戸惑うほど、決意は固かった。
『でもお前、自由な冒険者でいたいって……』
『思い出したんだ。何で俺が冒険者を目指したのか』
かつてグインから『冒険者とは、冒険をする者。己の力で未知を掴み取る者。この世で最も自由な存在だ』と聞いて憧れたが、冒険者になりたいと思ったのはその前だ。
冒険者の仕事は、魔獣を討伐したり、危険な場所の素材を採取したり、警護したりと色々だ。
共通点は一つ。誰かのの役に立つ仕事だということ。
グインはいつだって、言葉でなく行動でジェドにそれを教えてくれていた。
この間の、【漆黒の魔獣】の件でもそうだった。グインは復興の手伝いを格安で引き受けた。報酬は必ず受け取るが、暴利を貪るような真似は絶対にしない。
そんな父親を、ジェドは尊敬している。
ジェドの夢はグインの形をしている。
『俺は、人の役に立ちたいから冒険者になりたいと思ったんだ。【劇団仕事】も人の役に立つんだろう?なってやっても良いよ』
『ジェド……うおっ!?』
目を潤ませるグインの背中を、ジェドは思いっきり叩いてやった。
『それにティリアを守るのに都合がいいからな!【若様】への口利きは頼んだぜ!父さん!……ティリア、いくよ!』
ジェドはティリアの手を掴んで走り出した。
『え?ジェドくん、どこに行くの?』
ティリアは戸惑いつつも走ってくれる。
『ちょっとだけ付き合って。おすすめの場所を紹介するよ。まずは何か食べに行こう』
とりあえず今日これからは、ジェドとグインの家で身体を休める予定だ。少しくらい寄り道してもいいだろう。
『このクソガ……おい!ジェド!お前いま父さんって言ってくれ……おい待てって!』
『ジェドくん、耳が赤いよ』
『気のせいだよ』
決して、照れ臭いからではない。ジェドは自分に言い聞かせながら、王都を走り回ったのだった。
◆◆◆◆◆
秋風が森の木々と夕焼け色の髪を揺らす。十年前のあれこれを振り返ったジェドは顔を赤らめ、皮だけになったクリームの実を投げ捨てた。
「俺もガキだったなあ……」
それからも色々あった。やっぱりグインには素直になれなかったし、【若様】に対し生意気なことも言ったし、【劇団仕事】や冒険者として様々な壁にぶち当たった。
しかし、ティリアほどでは無い。
ルディア王国の国交が制限されたせいで、予想以上に窮屈な生活をしなければならなくなった。ルディア王国国外唯一の【染魔の魔法使い】となってしまったティリアほどでは。
(それも、もうすぐ終わるはずだ)
ジェドは来た道を帰った。
途中、仕掛けた罠を確認する。罠にかかっていたのは大一角羊だ。
「今日はご馳走だな」
呟きながら手早く捌いて戻る。
ある場所に足を踏み入ると、景色が一変した。天才宮廷魔法使いが直々に張った結界の中に入ったのだ。
鬱蒼とした森だったはずなのに、見晴らしのいい丘の上だ。丘向こうには、ルディア王国との境を表し、結界を維持している塔が見える。
「アクアイアン、イジス、戻ったぞ」
地図を見て話し込んでいた二人が振り返る。
「おかえりなさい。ジェドさん」
アクアイアンは朗らかな笑みで迎えてくれた。ジェドは密かに安堵した。アクアイアンは、しっかり療養したお陰だろう。初めて会った時よりはるかに元気そうな顔だ。
「遅かったな。なんだ?その大荷物は?」
イジスは顔をしかめた。普段かけていない眼鏡をかけているせいか、二割増しで人相が悪い。
「今日の晩飯。なんとデザートも付いてる」
二人に向けてクリームの実を投げる。アクアイアンは受け取ったが、イジスは落とした。
「鈍臭いなあ」
「ほっといてくれ。……外はどうだった?」
「結界の向こうは異常無し。こちらを伺っている様子もない。ろくに見張ってもいないんじゃないか?そっちは?」
「この眼鏡のお陰で、魔力が薄くなっている場所を何ヶ所も見つけた。魔力の消費が多いから、あまり長時間は使えないけどな」
眼鏡は、【万里眼】という魔道具だ。強力な光属性の魔道具で、魔力の流れが見えるように魔法局で調整したという。
「アクアイアンにも場所を確認してもらった。いけそうだ」
「はい。僕が居た集落の近くにも薄くなっている場所がありました。土地勘のある場所です」
「なら、いよいよか」
「ああ」
イジスは頷いた。
「明日、ルディア王国の結界に穴を開けて侵入する。ジェド、いや、【香雪蘭劇団】よ。俺とアクアイアンの護衛は任せたぞ」
「ああ、我らが【姫さま】もそう望まれている」
そう、今回の【劇団仕事】は「ルディア王国の大結界が侵入可能か確認し、可能ならば潜入調査する」ことだ。
魔法局との合同任務でもある。
イジスはくしゃりと顔を歪めた。
「はあ……まさかジェドが【香雪蘭劇団】の【劇団員】で、魔法局局長であるグラディス殿下がその長で、俺が巻き込まれるとはな……」
「そう言うなよ。イジスたち魔法局だって、王家の配下で国のために働く機関じゃないか。表か裏かの違いでしかない」
「そうじゃない。あまりにも色々と隠されていたのが衝撃でな……お前は花染め屋様と親しいことまで黙っていたし。水臭いじゃないか」
「拗ねるなよ面倒臭いな。アクアイアンも困ってるよ」
イジスは慌てて大丈夫だと言った。アクアイアンは少し呆れた様子だ。何故かジェドに対しても。解せない。
「とにかく仕事に集中しよう。二人は俺が守るから、安心してくれ」
(そして必ず俺も生き延びる。謎だらけのルディア王国の現状を掴んでみせる。……ティリアがもっと自由に生きるにはどうしたらいいか、方法を探すためにも)
ジェドは決意を込めて、大結界の碑である塔を見つめた。
塔は、暮れゆく紫の空を背景にそびえ立っている。
◆◆◆◆◆
翌朝。ジェドは鬼気迫る顔で先を急いでいた。道なき森の中をほとんど駆け足で歩く。
ジェド、アクアイン、イジスの順で縦に並んで進んでいるが、ジェド以外の二人は遅れ気味だ。
「イジス、アクアイン。早く国境まで行こう。早く」
「わかったわかった」
イジスはうんざりした顔でついていく。自分の前を歩くアクアイアンが振り向き、小声でたずねる。
「ジェドさん、一体どうしたんでしょう?」
「そうだなあ……」
ジェドは、青い小鳥が舞い降りてからずっとこうだった。
空が白み始め朝食の準備をしだした頃。それは舞い降りた。
最近ではほとんど見なくなった魔道具【伝書鳥】恐らく、差出人は【姫さま】ことグラディス王女からだろう。
ジェドはそれを読み進め、叫んだ。
「はあ?ティリアがあの【踊り子】と宴に出る?しかも王城の宴?どういうことだ?」
「おいジェド、花染め屋様がどうかしたのか?」
「わからない。けど、【踊り子】が引き受ける【劇団仕事】は物騒だ。俺は直接顔を合わせたことはないが……ティリアが心配だ。早く終わらせて王都に帰る!」
そう言って、凄まじい勢いで朝食を作って食べて歩き出したのだった。
他二人は、顔を見合わせてため息だ。
「ジェドも惚れた相手が絡むとこうなるんだな。意外だ」
「ああ、なら仕方ありませんね」
「二人ともうるさいよ。さっさと歩いて」
「うわ。ジェドの奴、耳まで真っ赤だ」
「純情なんですね」
緊迫感に欠けるやり取りをしながら、三人は潜入調査に取り掛かったのだった。
おしまい
閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。
ここまで読んで頂きありがとうございます!六章の連載まで、少しお時間を頂くことになると思います。




