追憶と誓いの紫 六話
全ては瞬きの間に起こった。
『燃え上がれ炎!天を焼け地を焼け!我が剣に宿り我を阻む全てを灰燼にせよ!【灼熱炎剣】!』
剣の刃が緋色に染まった。次の瞬間、炎の柱が【漆黒の獣】に向かって放たれた。
結界は内側からの魔法を妨げない。通過して黒いモヤを焼き払い、さらに【漆黒の獣】へと向かう。
『ドゴオオオオオン!!!!!』
洞窟内が音と炎の光に満ちて揺れる。
『ぐっ!……ティリア!伏せて!』
『きゃあっ!』
ジェドはティリアに駆け寄り、共にその場に伏せた。片眼鏡が落ちたが、揺れに耐えるので精一杯だ。
再び目を開けると、全てが様変わりしていた。
洞窟の入り口が大きく形を変えている。さらにその外は地面が大きく抉れ、木々が消し飛び、炎に包まれている。
森の形、いや地形すら変わっているかもしれない。
ジェドは呆然とした。
確かに【灼熱炎剣】は、最上級の火属性魔法の一つだし、ジェドの全魔力の六割強を込めていた。
だがそれでも、どう考えても、本来の十倍近く威力が増している。
(凄い。結界を張っていなかったら俺たちも危なかった。ティリアが俺の剣を染魔……花染めてくれたからか?)
そう、ティリアに愛剣を火属性の魔法植物である【蝋燭雛菊】で花染めてもらっていたのだ。昨日採取していたのが役に立った。
少しでも威力が底上げ出来ればと考えていたが、少しどころではない。新品の時よりはるかに威力が上がっている。
(ティリア、やっぱり他の染魔の一族よりも実力があるんじゃ……)
つらつらと考えているせいで、気づくのが遅れた。
『ジェドくん!前!』
『っ!』
ティリアの声に前を注視する。
直後、黒いモヤが結界の隙間から入り二人を襲う。
『剣よ燃えろ!敵を焼き尽くせ!【炎剣】!』
剣に炎を纏わせて叩き斬り、前を見る。
あの【漆黒の獣】がこちらに向かってきている。動きは遅く、体のあちこちがもげているが倒しきれていない。
(でも効いている!黒いモヤの量も減ってる!)
ジェドは愛剣に炎を纏わせ、次々と忍び寄る黒いモヤを斬っていく。黒いモヤは消えるがまた現れる。
(恐らく本体である【漆黒の獣】を倒さないと終わらない!もう一度【灼熱炎剣】を放たないと。けど、威力は落ちる。倒しきれるか?失敗したら二人とも死ぬ)
【炎剣】も使っているので、ジェドの残りの魔力は残り三割あるかないかだ。焦りと恐怖が心を苛み、動きを鈍らせていく。
『ジェドくん!少しでいいから時間を稼いで!もう一度剣を染める!』
ティリアの迷いない声。ジェドの心から焦りと恐怖が消える。
『剣よ燃えろ!敵を焼き尽くせ!【炎剣】!我が手は弓引く手!敵を射抜け!【炎の矢】!』
結界に入った黒いモヤを全て斬り、【漆黒の獣】に炎の矢を放つ。
【漆黒の獣】は黒いモヤで身を守るが、その間にティリアの詠唱が始まった。
洞窟に遥か昔のルディア語が響く。
《魔法の花よ、花ひらよ、お前の色を私におくれ。
魔法の花よ、花ひらよ、花ひらの色はお前の力。お前の命の色。
魔法の花よ、花ひらよ、お前の力を私におくれ》
ティリアの身体から夕陽色の魔力があふれ、その手に持つ【蝋燭雛菊】を包む。
そして【蝋燭雛菊】をジェドの愛剣にかざした瞬間、眩い光が愛剣を包んだ。
(凄まじい魔法の力だ。あとは俺の残りの魔力全てを注げば、さっきと同じくらいには……)
ただし、ジェドの命は無いだろう。
(相打ちでいい。あいつを倒せれば。ティリアさえ守れれば)
ティリアの手がジェドの背に触れた。まるで悲壮な決意を引き留めるように。
ティリアの優しい言葉が蘇る。
『……私も戦うから、ジェドくんだけが傷つくような真似はしないでね』
(俺は死なない。生きてティリアを守る)
ジェドは残存魔力の五割を込め、切先を【漆黒の獣】へ【灼熱炎剣】を放った。
輝く炎で視界が染まり、轟音に身体が揺れ……やがて意識を失っていった。
◆◆◆◆◆
ジェドが意識を取り戻したのは、知らない部屋の中だった。
清潔な布の匂いに、綺麗な天井。どうやら、寝台の上で寝ていたらしい。
『俺……生きてる?』
思わず呟いた声は掠れていたが、しっかり言葉になっていた。手足も動く。ゆっくり起き上がった。
そこでようやく、寝台に突っ伏して寝ている黒髪の女の子に気づいた。側に置かれた椅子に座っていたが、寝てしまったのだろう。
『ティリア?』
名前を呼ぶと、ティリアはガバッと起きた。
新緑色の目がジェドの顔を見つめ、みるみるうちに涙が盛り上がっていく。
『よかった……ジェドくん、よかっ……わあああああん!』
『え?ティ、ティリア?ちょっ!?』
『ティリアどうし……ジェドお前!医者呼ぶからそのままでいろ!』
ティリアは大声で泣いて抱きつき、ジェドはあわてて真っ赤になり、グインは叫んで外へ飛び出したのだった。
ジェドは速やかに医師の診察を受けた。
『頑丈な身体だ。よく寝てよく食べれば、すぐに良くなりますよ』
その後、ジェドはグインと二人きりになった。
もちろん、ジェドはまだ寝台の上だ。
『少し歩くくらいはいいんじゃないか?暇だ』
安静にしていろと言われているが落ち着かない。目立った怪我もないし大丈夫なはずだ。
『馬鹿野郎。三日も目が覚めなかったんだぞ。医者がいいというまで安静にしてろ。安静にしないなら寝台に縛りつけるからな』
本気の目だった。
『わ、わかったよ親父。ところで、ティリアの体調は大丈夫なのか?それに、ここはどこだ?【漆黒の獣】はどうなった?そもそもアレはなんだ?親父たちが倒しに行ったのと同じか?』
『はぁ……本気で縛ってやろうかな』
グインは愚痴りつつも、説明してくれた。
『安心しろ。ティリアも弱っていたが、今は回復している。そして、ここは国境近くの冒険者ギルドの療養施設だ。回復するまで無料で滞在していい。お前が戦った【漆黒の獣】は、しっかり死んでギルドに引き取られた』
『倒し切れてたか。よかった。……で、あれは一体なんなんだ?』
『俺も死体を確認した。お前の言う通り、討伐依頼の『正体不明の魔獣』と同じだ。調査中だが、実体があったから魔獣に分類されるだろう。今まで発見されていなかったか、新たに生まれたか……』
『新たに生まれた?そんなことがあるのか?』
『ああ、生み出されると言った方が正しいか……滅多にないがな。いずれにせよ、まだ確定はしてない。どこから来たのかも含めて調査結果待ちだ』
『そうか。……あー、ところで、その、親父たちは怪我をしなかったか?』
『俺は無傷だ。他五人も無傷か軽症で済んだ。群れ相手だったから手こずったけどな。お前が相手をしたのは群れからはぐれた奴だろう』
『群れと……』
ゾッとした。三十頭以上の群れだったという。ジェドは一頭でもあれだけ手こずったのに。
グインの他にも五人ほど冒険者が居たとは言うが、実力の差は明らかだ。
(やっぱり俺はまだまだ弱い。ティリアにも無理をさせた。情け無い)
しかし、グインはそう思わなかった。
『ジェド、よくやった』
『え?』
『ティリアから聞いた。お前がいなければ、ティリアは死んでいただろう。よく守りきった』
視界がぼやける。慌てて目を擦った。
『力不足で経験が浅いクソガキと言ったのは取り消す。ジェド、お前は一人前の冒険者だ』
こらえきれず涙と嗚咽がこぼれる。ジェドはしばらく何も話せなかった。
◆◆◆◆◆
七日後。ジェドは完全に回復した。
【漆黒の魔獣】の調査は終わっていないが、討伐報酬も受け取ったので旅立つことにした。ここから先は、乗合馬車で王都まで行く。
ジェドが療養していた間、グインは【漆黒の獣】たちが荒らした森の片付けを手伝っていたらしい。沢山の人が別れを惜しんでくれた。
『グインさん、本当にありがとうございました』
『片付けの報酬も安くして頂いて……』
『気にするな。俺もジェドも、【漆黒の獣】討伐で報酬をたっぷりもらった。森が回復するまで時間がかかるだろうが、気を落とさず地道に取り組むんだぞ』
『はい!』
別れを告げ、三人で馬車を待った。
『ジェドくん、手を出して』
『ん?……え?』
ティリアが見覚えのある箱を差し出した。記憶と違い、紫がかった色になっている。
『これ……【魔法の保存箱】?もしかしてティリア……』
『うん。約束したから』
そう、あの洞窟の中には時間属性の魔法植物【長老紫苑】が生えていたのだ。
ティリアと共に見つけて採取し、改めて約束した。
【漆黒の獣】を倒したら、この【長老紫苑】で【魔法の保存箱】を花染めることを。
『助けてくれてありがとう。ジェドくんは私の命の恩人だよ』
『違うよ。……ティリアだって、俺の命の恩人だ』
ジェドはティリアの手に己の手を重ね、誓った。
『俺が生き延びたのはティリアのおかげだ。これからも君を守るよ』
新緑色の目が喜びに輝く。ふわりと柔らかな風が吹き、優しい花の香りが辺りを包んだ。
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五章は次で完結します。
六章の開始までは、またしばらくお時間を頂くと思います




