追憶と誓いの紫 四話
ジェドは速やかに【結界結晶】を発動させ、ティリアと共に野営の準備をした。
ジェドはグインに言われた通り、警戒を怠らないつもりだ。とはいえ、結界の範囲は川を含む広範囲だし、寝る時は堅牢な馬車の中だ。食料も充分ある。
(それに、召集されるのはクソ親父だけじゃない。二日もかからず帰ってくるさ)
ジェドはやや楽観視していた。一方、ティリアは意気込んでいた。
『ジェドくんの足を引っ張らないよう頑張るね!』
健気である。うっかりまた抱きしめたくなったジェドだが、なんとか耐えた。
『あ、ありがとう。じゃあ、一緒に夕飯を作ろうか』
ジェドが獲った花尾鳥と茸のシチューを作ることになった。
『俺はかまどを組んで火をおこすから、鍋を出して材料を切って欲しい』
『うん!任せて!』
ティリアはにこにこと笑って鳥肉と茸を一口大に切り、鍋に入れていく。
手際がいい。つい最近まで、野営での料理の仕方がわからず手こずっていたのに。
(ティリアはすごいな。あっという間に色々できるようになった。親父は『ずっと閉じ込められていた反動で成長が早い』って言っていたな。それに)
『ジェドくん、昨日のおじ様に頂いた黄金芋も入れていい?』
『え?あの農家のおじさんからもらってたの?』
『うん。こんなに頂いたの!』
それに、ティリアは人と話すのが上手い。
旅の間、出来るだけ人と関わらないようにしていた。だがティリアは、わずかな機会を得ると積極的に会話して好感を得て、得をしたり情報を引き出していた。
グインいわく、天性の聞き上手らしい。
確かにそうだろう。
『グインさんも食べて大丈夫だって言ってた。食べてみたいの』
『なら焼き芋にしようか。時間がかかるけど、その方が甘くて美味くなるよ。かまどの灰か地面の下に埋めればいい』
『これで火が通るの?面白いね』
『コツがいるんだ。それに、まんべんなく火が通るように気をつけないといけない。こうやって……』
ティリアは、今もキラキラした新緑色の目でジェドの話を聞いている。
好奇心がいっぱいで話好きで優しい子。きっと、フリジア王国の市井での暮らしにも馴染めるだろう。
ジェドが居なくても大丈夫だろう。だけど。
『ジェドくん、教えてくれてありがとう』
『……どういたしまして』
やはり、この笑顔とは離れ難い。
離れないためには王家の配下である【劇団員】にならなければならない。
ジェドの目指す、自由な冒険者の道を諦めて。
(自由な冒険者でいるか、不自由な王家の犬になるか……。どうするか……)
グインの言葉が蘇る。
『自由とティリアのどちらを選ぶか。そしてお前がどう生きていくか。よく考えて決めろ』
(俺がどう生きるか……。【劇団員】になるならいっそ冒険者を辞めるか?……そもそも俺は何で冒険者になりたかったんだろうか?自由になりたいから?冒険者じゃなくたってそう生きれるのに?)
ジェドは密かに悩み続けた。
◆◆◆◆◆
ジェドとティリアの野営がはじまり三日過ぎた。
結界の範囲内なら動いても大丈夫なので、毎日二人で森の中を探検した。
森の中は豊かで、魔法植物や薬草が次から次へと見つかる。
(あれ?この辺りって、こんなに豊かだったかな?魔獣が少ない割に魔法植物が多い)
ジェドが首を傾げていると、ティリアが歓声を上げた。
『わあ!あれって【蝋燭雛菊】だよね?咲いているところを初めて見たよ!』
指差す方向に、夕焼け色の雛菊に似た魔法植物が幾つも咲いていた。ティリアは染魔の一族なだけあって魔法植物に詳しい。ジェドは教えてもらう側になった。
『名前だけしか知らない。確か、割と危険な魔法植物だよね?』
『うん。火の玉をだすから危ないんだよ』
『もっと詳しく教えてくれ。属性と特徴が分かれば、採取の方法を考えられる』
『うん!』
こんな風にして、ジェドとティリアはグインを待った。
ジェドの持つ【魔法の保存箱】があっという間にいっぱいになっていく。
晩御飯の後、馬車の中に入る。ランプの灯りの元、ティリアと今日の戦果を眺めた。
『整理しないとな。料理に使える物は使って……これは干しておけば馬車の中でもいいな』
染魔していない【魔法の保存箱】なので、【老化停止】の魔法はかかっていない。それでも中に入れれば多少は日持ちするので、つい入れ過ぎてしまうのだ。
『金を貯めて染魔……花染めてもらうのが目標なんだ』
『だったら私が染めていい?』
『え?ティリアが?』
『うん。何回も花染めた事があるから大丈夫』
【魔法の保存箱】の染魔は高価だ。
理由は二つある。
希少な時間属性の魔法植物【長老紫苑】で染魔しなければならないためと、他の魔法植物での染魔より難易度が高いためだ。
(親父は『見つけようとして見つけられ無いことはない。むしろ難易度のせいで高額だ』って言ってたな。染魔の一族でも一握りしか染められないって……)
考えていると、ティリアが頬を染めて目を伏せた。
『……【長老紫苑】を見つけないと駄目だけど……ジェドくんには沢山お世話になってるから、お礼がしたくて……』
気にしなくていいと言いつつ、嬉しいやら照れるやら。顔がニヤけるジェドだった。
『じゃあ、もし見つかったら頼む』
『うん。約束だよ』
◆◆◆◆◆
とても楽しく過ごしてはいたが、ジェドはじわじわと不安になっていった。
(もう三日経ったのに、親父が帰ってこない。【魔法の伝書鳥】すら来ない)
グインの身に何かあったかもしれない。
この辺りは国境に近く街道も整備されている。森の恵みも豊かだ。
銀級以上の冒険者たちの数が足りないということもないだろう。
なのに帰って来ないということは、正体不明の魔獣がよほど厄介なのかもしれない。
『ジェドくん』
気づけばティリアが寄り添い、ジェドの手にそっと触れていた。今は夜で、やはり馬車の中で魔法植物と薬草の仕分け中だった。
『ごめん。ぼーっとしてた』
『……私に出来ることは少ないと思うけど、手伝えることがあったら言ってね』
ティリアは少しだけ寂しそうな顔で微笑む。
(ティリアを不安にさせないために黙っているつもりだったけど……黙っていた方が心配をかけそうだ)
『ティリアには沢山出来ることがあるし、手伝ってもらっているよ。……ごめん。クソ親父の戻りが遅いのが気になってただけなんだ。何もないとは思うんだけど……』
『そっか。家族だから心配なんだね』
『違っ……』
心配なんかしていないと言おうとして口をつぐむ。ティリアはとても切ない顔で何処か遠くを見ていた。
『ひいお婆様も、本当の家族は大事に思いあうものだって言ってた。私にはいなかったけど……いいなあ……』
『ティリア……。君のひいお婆様は、君を大切に思ってたよ。旅立つ前、俺たちを呼び出して声をかけてくれたんだ。『あの子をお願いします。やっと助けることが出来た大切なひ孫なんです』って』
ティリアの目に輝きが戻った。
『ひいお婆様……』
『それに、ティリアにはこれからがある!新しい家族も友達もいくらでも作れるよ!』
新緑色の輝きがさらに増した。
(俺も、その中の一人になりたい)
ジェドの心は固まりつつあった。
◆◆◆◆◆
四日目の朝、異変が起きた。
『ギギギ……ギイィ……』
馬車の中。外からの異様な気配と音にジェドは飛び起きる。
(……なんだ?これは……?)
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