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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第五章 追憶と誓いの紫

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追憶と誓いの紫 三話

 ジェドが苦悩するのに反し、グインはあっさりと口にした。


『俺は良い名前だと思う。アンティリリア、己の名前の意味を知っているか?』


『いえ……』


『アンティリリアは古代ルディア語で【花の精霊】あるいは【花の精霊の花冠】のことだ。花の精霊は花の恵みと言祝ぎを与える存在で、かつては信仰対象だった。

俺は、誰が君を名付けたかも、その名前にどんな意図があったかも知らない。けれど、良い名前だと思うよ』


 新緑色の目が驚きに輝いた。


『そんな意味が……』


(素敵だ。アンティリリアにぴったりの名前だ)


『だから俺としては、あまり変えたくは無いんだ。けれど、平民には相応しくない名前だし、しばらくは素性を隠さないといけない。……ジェド、お前はどんな名がいいと思う』


『そうだな……』


 ジェドは考えた。せっかくの良い名前を活かせないかと。


『アンティリリア……ティリアでどうかな?

 せっかくの良い名前を消したくは無いし、君に似合う可愛い響きを残したいし……』


 ぽっと、アンティリリアの頬が染まる。ジェドは固まった。


(まるで口説いてるみたいじゃないか!)


『ふーん。なるほどなあ』


 グインは二人の顔を見比べ、ニヤリと笑った。


『な、なんだよクソおや……』


『あの、私、ティリアがいいです……』


『よかったなあ!ジェド!いやあ、まだまだガキだと思ってたけどやるなあ!』


『うるせえよクソ親父!』


 グインはジェドを散々からかったが、ふと真顔で囁いた。


『【劇団員】になれば、ティリアとの繋がりを切らなくて済む』


『あ?何言って……!」


『そういう決まりだ。このままならない気なら、旅が終わったらお別れだ。【劇団員】になるなら旅が終わっても会えるし、側で守ってやれる』


 グインはさらに声をひそめ低く囁く。


『自由とティリアのどちらを選ぶか。そしてお前がどう生きていくか。よく考えて決めろ』


 ◆◆◆◆◆


 翌朝。


(ったく。親父の奴、余計なことしか言えねえのか)


 ジェドがどんなに悩んでも、馬車に揺られて旅は続く。

 街道を早過ぎず遅すぎない速度で行く。時に村や宿場町を通り過ぎたり、休憩や買い物などのため立ち寄ったりもする。


(そういえば、ルディア王国に来たのは初めてだったな)


 悩みから逃避するかのように、ジェドは周囲を観察することにした。もちろん、アンティリリア改めティリアと一緒にだ。


『わあ!綺麗ですね!ジェドさん!』


『ああ、そうだな』


 花盛りの四月。ルディア王国は美しかった。

 最も花に関しては、種類と量はフリジア王国には及ばないが。代わりに建物は立派で町は整備されており、あちこちに様々な魔道具があふれている。


『流石は魔法大国ルディアだ』


『他の国は違うんですか?』


 ティリアが首をかしげる。


『うん。フリジア王国(うち)でも魔道具は珍しくないけど、ここまでは使われてはないよ。クソ親父はルディアは魔道具依存だとか言ってたな』


 ティリアと話している間は悩みを忘れた。

 その後も、休憩や昼食を挟みつつ話したり、ただ馬車から見える景色を眺めた。

 しだいに日は傾き、馬車が街道からそれて森の中に入りこんでいく。

 御者台のグインが声を張る。


『ジェド、ティリア、今日はここで野営だ』


『おう。わかった』


『はい!』


 馬車を降りた三人は、軽く相談と確認をして動き出した。

 グインは周囲を見回りに、ジェドとティリアは馬の世話と火の準備だ。

 今日は、ティリアに火のおこし方から教えることになった。


『こうやって、乾いていて燃えやすい葉っぱや小枝を置くんだ。それから火打石を使う。無ければ使える石を探す。火燐石かりんいしが一番いいけれど、扱いを間違えると火傷するから気をつけてね』


『今日は魔法も魔道具も使わないのですか?』


 当然の反応だ。

 人間の魔法が弱まった時代とはいえ、この世には便利な魔道具であふれているのだから。

 ジェドだって火属性の魔法が得意だ。火種程度なら魔道具なしでも出せるし、魔道具を使えば火力調整も思いのままだ。正直言って火打石を使う方が時間がかかる。


『今日は魔法を使わない日なんだ。クソ親父の方針なんだよ。『魔法や魔道具が使えなくなる場合もある。無くても出来るようになっておけ』って。そんな場合、あるわけないのにな』


 火種程度なら消費する魔力はわずかで済む。魔道具だって、使えなくなる前に買い直すか染魔し直せばいいだけだ。


『この程度なら染魔だって安く済むのにな。クソ親父も偏屈(へんくつ)だよ』


 ティリアも頷く。


『……確かにそうですよね。でも、なんだか大切なことのような気がします』


 ティリアは真剣に取り組んだ。その横顔からジェドは目が離せなくなった。


(この子はとても賢くて、真面目で、優しくて、芯の強い子だ)


 グインも言っていた。『あの子は立派だ。酷い境遇だったのに、自ら学び行動する意欲を失っていない』と。


(ティリアの力になりたい。ずっと側にいたい。けど、王家の犬になるのは嫌だ。だけど……)


 考えながら指導して小一時間。ティリアはとうとう火おこしを成功させた。


『ジェドさん!火がつきました!』


『凄い!やったねティリア!』


 嬉しくて抱き合う。ジェドは、ティリアの背中の華奢さと花のような香りにドキリとした。


『よ、よかったね。これで夕食を作ろう!』


 ジェドはさっと身体を離す。顔が熱くて心臓がうるさい。ティリアの様子をうかがうと、彼女もまた顔を真っ赤にしていた。

 気まずい。なんとか空気を変えようと、前から気になっていた事を口にした。


『ね、ねえティリア』


『は、はい。ジェドさん』


『その……さん付けと敬語なんだけど止めた方がいいと思う。俺たち歳が近いし、親戚のふりをしてるんだから』


『えっと……敬語を使わない……ですか』


 なんと、ティリアは敬語以外を使ったことがないらしい。


『じゃあ、俺で練習すればいい』


『はい。ジェドくん、よろしくね。……こうですか?あの、ジェドくん?』


 ジェドはさらに真っ赤になって固まったのだった。


 ◆◆◆◆◆


 ティリアと共に旅に出て半月後、とうとう国境を通過した。

 ルディア王国側の関所では出国審査を、フリジア王国側では入国審査を受ける。拍子抜けするほど問題なく通過できた。

 関所を抜けてしばらくしてからティリアはジェドにきいた。


『びっくりするくらい簡単に出入り出来るんだね。それとも、ジェドくんたちが冒険者だから?』


『どちらかというと、ルディアとフリジア(うち)が長年の友好国だからだと思うよ』


『そうなの?』


『うん。フリジア(うち)の第一王女グラディス王女殿下が、ルディアの王太子殿下と婚約してるくらいだからね。お二人も仲が良くて、来年には結婚するんだって』


『そうなんだ!素敵だなあ』


 馬車は街道を進む。夕方、魔獣の少ない森にさしかかったので、今日はこの森で野営することになった。

 三人で軽口を叩きながら野営の準備をする。グインが表情を和らげた。


『ひとまずは安心だ。明日か明後日には宿で寝れるぞ』


『はあ、やっとか』


 思わずため息をつくジェド。その頭をグインがぐしゃぐしゃと撫でる。


『やめろクソ親父!』


『へいへい。……ん?』


 青い小鳥がグインの側まで飛んで来た。そして、グインが差し出した手に止まった瞬間、一枚の手紙になった。魔道具【魔法の伝書鳥(レターバード)】だ。


『クソ親父の飼い主からか?』


『いや、近くの冒険者ギルドからの緊急依頼だ』


 納得した。国境で冒険者資格証を提示したので、グインが近くにいるのがわかったのだろう。

 手紙を読むグインの顔が険しくなっていく。


『……ジェド、ティリア、俺は野暮用が出来た。ここから北で正体不明の魔獣が暴れているらしい。「銀級(シルバーランク)以上の冒険者は討伐に向かえ」だそうだ』


 一大事だ。ジェドは思わず愛剣の柄を握った。


『二人は野営の準備をして待機していてくれ。ジェド、俺が飛んだら一番いいのを発動させろ』


 グインは懐から魔道具の詰まった袋を取り出し、ジェドに投げ渡した。

 眩い宝石のような魔道具、【結界結晶(バリアライト)】だ。

 光属性の魔道具で、大量の魔力が込められている。発動させれば一定範囲内に結界を張る。

 グインの持つ【結界結晶】は、一番いいものでも姿や音を隠せない。が、魔獣や人などの実体はもとより魔物や(ゴースト)のような実体の無いものも防げる。

 確かに、この旅の道中でも何度か使っていたが。


『【結界結晶】は数回で使えなくなる。よほどの難所か戦力不足な場合以外では使わない。そう言ったのは親父だよな?俺じゃ力不足ってことか?』


 グインは鼻で笑った。初めて向けられた表情にジェドは息を呑む。


『ああ、力不足だ。お前はまだまだ経験が浅いクソガキでしかない。現に俺に勝てなかっただろう?』


 カッと頭に血が上ったが、奥歯を噛んで耐える。

 言われた内容は事実だ。それに、ティリアがいるのに自分の怒りを優先させる訳にはいかない。

 グインはジェドの様子に少しだけ安心したような表情になり、また厳しい顔に戻った。


『二人とも俺が戻るまで結界から出るな。いいな?』


 ジェドは頷く。グインは風属性の魔道具を発動させ空を飛んだ。木立を抜けて、あっという間に見えなくなる。


(親父、あんな魔法まで使えたのか。……俺はまだまだ弱い。クソ親父には勝てないし、何も知らない)


 悔しくて手を握りしめた。その手を優しい体温が包む。ティリアの手だった。

 輝く新緑色の眼差しと目が合う。


『……ごめん。みっともない所を見せた』


『ジェドくんはみっともなくなんてないよ!ずっと私を助けてくれた素敵……な、男の子だよ……』


 ティリアはそう言うと、ほんのり頬を染めてうつむいた。

 ぎゅうっと、ジェドの胸が締め付けられた。今すぐティリアを力いっぱい抱きしめたい。


(けど、流石に今はそんな場合じゃないよな。俺がしっかりティリアを守らないと)


 ジェドはかわりに手を握り返し、小さく礼を言ったのだった。

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