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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第五章 追憶と誓いの紫

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追憶と誓いの紫 二話

本日18時にも更新しています。読み飛ばしにご注意下さい。

『ジェド、お前なら我が家の本当の勤めも継がせられる』


『父さん?何を言って……』


『ジェドよ。王家に忠誠を誓い、【香雪蘭(フリージア)劇団】の一員になれ』


 そしてどんな組織か打ち明けられ、仕事を手伝うよう言われる。

 ジェドの脳裏に五歳の時の記憶が蘇り、懐かしさを感じる間もなく心が怒りに塗り潰されていった。


『ジェド、冒険者が何かって?そうだなあ。……冒険者とは、冒険をする者。己の力で未知を掴み取る者。この世で最も自由な存在だ』


 グインはそう教えたというのに、実際には王家の飼い犬だった。しかもグインは、ジェドに自分の跡を継がせたいという。ジェドの自由を犠牲にする気だ。

 尊敬していた父に裏切られた。ジェドは衝動的に拳を振るい、グインの頬を殴った。


『騙しやがったな!クソ親父!出ていく!二度と戻らないからな!』


 ジェドとて、既に鉄級(アイアンランク)の冒険者だ。十八歳の成人まで四年あるが、一人立ちしていてもおかしくない。


銀級(シルバーランク)の親父にだって手合わせで勝てるようになったんだ!)


 だが。


『やれやれ。まだガキだな』


『なっ?!……ぐぁっ!!』


 グインはジェドをあっさりねじ伏せた。


(くそっ!実力すら隠して騙していたのか!)


 悔し涙が滲む。グインは深いため息を吐いた。


『これまで隠していた事は謝る。お前が劇団に相応しく育つか分からなかった。その場合は、好きに将来を選べばいいと思っていたんだ。……家を出てもいいが、最後に【劇団仕事】を手伝え。その上で劇団に入るか否か、お前の好きに決めろ』


 そう言われて、ここまで来たのだった。


 ◆◆◆◆◆


(絶対になるもんか。なにが【劇団仕事】だ。邪魔してやる。俺は自由な冒険者になるんだ)


 ジェドの決意は強く、揺るぎなく思えた。




 馬車に揺られて十日後。人里離れた森の中の屋敷にたどり着いた。古そうだが美しい屋敷だ。咲き乱れる花々に囲まれている。


(貴族の別荘かなにかか?)


 ジェドはいぶかしみつつ、グインと共に敷地内に入った。間もなく屋敷の扉が開き、老人が現れた。


『【香雪蘭劇団】の皆様ですね。ようこそおいで下さいました。私は当家の執事アイアスと申します。どうぞこちらへ。主がお待ちです』


 静かな屋敷の中に招かれ部屋に通された。


『大奥様、お客様がお越しになられました。失礼いたします』


 薄暗いせいでわかりにくいが、どうやら主寝室にあたる部屋らしい。広くて立派だ。

 だが、死の匂いに満ちていた。

 死の匂いは寝室の奥、天蓋付きの寝台から漂っている。


(あれが依頼人か?もう一人いるな)


 寝室にいるのは二人だった。半身を起こして寝台に横たわる老婆と、その傍の椅子に座る子供だ。

 老婆は白髪で緑色の目をしている。気品のある顔立ちだった。

 子供の顔はよく見えないが、長い艶やかな黒髪を茶色のリボンで結び、リボンと同じ色のワンピースを着ている。恐らくジェドより幼い女の子だろう。

 老婆はジェドたちに微笑んだ。


『無作法をお許しください。遠くからよくお越しくださいました。私はフローラ・フロスハートスと申します』


『お初にお目にかかります。私は【香雪蘭劇団】の【劇団員】グイン、こちらはジェドと申します。普段は冒険者として活動しています』


『【香雪蘭劇団】そしてフリジア王国にこの子を託します。どうか、よろしくお願いいたします。……さあ、お二人にご挨拶なさい』


 女の子が立ち上がり、ジェドたちに向き直る。はっきりと姿が見えた。白い肌、痩せた身体。歳はジェドより二つか三つ下だろう。恐ろしく整った顔をしている。

 そして、新緑色の目は深い悲しみと強い意志で輝いていた。その目と目が合った瞬間、ジェドは息を呑んだ。


(綺麗だ……)


『私はアンティリリア・フロスハートスと申します。どうか、私をルディア王国に連れて行って下さい』


 その声は小鳥の声より美しく、花を揺らす風より心地よく……ジェドはしばらく(ほう)けていた。


 ◆◆◆◆◆


 翌朝、ジェドたちとアンティリリアは屋敷を出た。

 用意されていた馬車に乗ってルディア王国に向かう。華美なものではない。旅の商人が使うような、簡素で頑丈な荷馬車だ。

 御者はグインで、ジェドとアンティリリアは後部の荷台に座っている。屋根と左右は壁、前と背後は今は開放されているが、観音開きの扉になっている。


『いざとなったら密封できるようになってるんだ。(ゴースト)や魔物が入って来ないようにね』


『そうなんですね。初めて知りました』


 常識だがアンティリリアは知らなかった。つい最近まで馬車や馬の存在すら知らなかったらしい。


『ジェドさん!あれは何ですか?キラキラ光っていて綺麗です!花畑でしょうか?」


『え?ああ、あれは川だよ。水が流れているんだ』


『あれが川……屋敷で教わりましたが、見たのは初めてです。では、あの木で出来た建物は……橋?でしょうか?』


『そうだよ。その奥に見えるのは粉挽き小屋だ。……流石は魔法大国のルディア。どっちも魔道具仕掛けだ』


『あれが橋で粉挽き小屋……。私、本当に何も知らないんですね』


 呟く横顔にドキリとする。

 アンティリリアは、ジェドより二歳下の十二歳。綺麗で、聞き上手で、少し寂しそうな女の子だった。

 守ってあげたい、ずっと話していたい。


(けれど、気に食わない【劇団仕事】相手だ)


 ジェドは複雑な想いでいたが、アンティリリアを無視したり冷たくする事は出来なかった。

 だって、ジェドと話すと嬉しそうに笑うのだ。


『私はずっと、あの家……。ひいお婆様のお屋敷に来る前の家では、外に出ることも外の話を聞くことも禁じられていました。ですから外に出れたことも、外のことを教えてもらえるのも嬉しいんです。ジェドさん、これからも私に教えていただけますか?』


『う……うん。別に、教えるくらい良いよ』


『ありがとうございます。ジェドさん』


 笑顔が眩しい。ジェドはなんだか落ち着かなくて目を逸らした。

 こんな気持ちは初めてだった。


 ◆◆◆◆◆


 その夜は馬車の中で一晩を明かすことになった。ティリアが眠った後、グインに言われて馬車から出る。


『なんだよ親父。夜は外に出たら駄目じゃないのか?』


『すぐ済ませる。お前には、あの子の事を教えておいた方がいいと思ってな』


『アンティリリアの?』


『アンティリリア・フロスハートスは染魔の一族……しかも一族当主の娘だ』


 そしてジェドは、アンティリリアの境遇とこれまでの人生を聞かされた。

 【花染め】以外の魔法を使えないからと虐げられ、いずれ孕み袋として消費されるしかなかった事を。


『なんだよそれ!父親のすることか!』


『そうだ。だから俺たち【香雪蘭劇団】の出番だ』


 アンティリリアはフリジア王国に逃れ、彼女の親戚の元で暮らす。親戚たちも、様々な理由で国を逃れ新しい身分を得た染魔の一族だ。


『染魔の一族がここまで傲慢になったのは、アンティリリアの祖父の代からだ。一族内の反発した者や虐げられた者は国外……主にフリジア王国(我が国)に亡命した』


 フリジア王国王家は彼らを庇護し、新しい身分を与えているという。


『【劇団仕事】は汚れ仕事だけじゃない。それに汚れ仕事も、国益や人助けにつながる物ばかりだ。王家は私欲で動かない。だからジェド、お前も……』


『それとこれとは別だ。そもそも、立派な仕事ならコソコソしないで堂々としろよ。隠してるってことは、後ろめたいことがあるんだろ』


 ジェドは別に王家に思うところがある訳ではないが、盲信もしていない。命運を委ね、生涯を捧げる気にはなれないと突っぱねた。

 グインは、苦笑いした。


『……そうだな。こうやって隠れて仕事している時点で、俺もお前の言う通り王家の汚い犬だろう。この件は、今はまだいい』


 グインは鋭い眼差しになった。


『ジェド、今回の【劇団仕事】を邪魔する気だろう?だが、その場合はあの子がどうなるかよく考えてからにしろよ』


『親父、気づいて……チッ!うるせえよ!今回は邪魔しないでやる!』


 ジェドの答えにグインは満足気に笑った。


◆◆◆◆◆


翌朝。朝食をとりながらアンティリリアの偽名を考える事になった。


『アンティリリアは俺たちの親戚ということになるからな。何か希望はあるか?』


『希望ですか……特にございません。どうせ適当につけられた名ですから』


 新緑色の目が暗くかげった。ジェドは傷ましさに胸が潰れそうだ。


(けど『そんなことは無い。可愛い響きの良い名前だよ』なんて、軽々しくは言えない)


 息子の苦悩に反し、グインはあっさりと口にした。


『俺は良い名前だと思う。アンティリリア、己の名前の意味を知っているか?』

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