天上の青、地上の雫 十話(第四章最終話)
お付き合い頂きありがとうございます。四章最終話です。
セレスティアが取り憑いていた男の子は、昼過ぎに目を開けた。
身体を動かすのも話すのも問題ないらしい。彼は大きな机の前に座り、ティリアとジェドに向き合った。机の中央には【ガニュメデスの水瓶】がある。
彼はアクアイアンと名乗った。取り憑かれている間の記憶があると告げ語り出す。まだ七歳だというのに、非常にしっかりとした話し方だ。
「彼女は、六年前に故郷を出た伯母だと思います。僕は一歳だったので覚えていませんが、周りは良く話していました。家宝を託されて逃がされた子だと」
「なるほど。そういう事か」
「ジェドさん?」
「ティリア、霊が生者に取り憑くのにも相性があるんだ。共通点が多いほど取り憑かれやすい。故郷が同じだったり、血が繋がっていたり、似たような未練や恨みを抱いていたりとかね」
「仰る通りです」
アクアイアンは険しい顔で、自分が取り憑かれるまでの経緯を語った。
アクアイアンたちの故郷【水女神たちの宮殿】は、セレスティアが居なくなってからも日照り続きだった。そしてやはり、染魔の一族の派遣も、魔道具の追加もなかった。
六年後の今は、大半の民が飢えと渇きで死ぬか、反抗的だという理由で処刑されるか、逃げ出した。
最盛期は二千人以上が暮らしていた【水女神たちの宮殿】は、今や二百人に満たないという。
「では、セレスティア様のご両親は……」
「残念ながら……」
セレスティアを逃してすぐだったという。一族の当主であるセレスティアの父親は、献上される魔法植物の質と量が低下していることを糾弾され、見せしめのように処刑された。
処刑されたのは父親だけでなく母親もだ。
「両親が言っていました。祖父母は全てを知った上で、【ガニュメデスの水瓶】を口実に叔母を旅立たせたと。祖父母が罪に問われたのは、闇属性魔法の使い手であり【魔眼】もちの伯母の力を恐れて始末するためだった」
セレスティアの【魔眼】と闇属性魔法の師匠が、現王に密告したせいだ。アクアイアンは『口止め料を搾り取ったくせに』と、吐き捨てた。
なんて酷い話だ。また涙が込み上げてきたが、ティリアは必死に耐えた。今はまだ、話を聞かなければならない。
その後、アクアイアンの父親が当主を継いだが、旱魃は続く上に魔道具の支給もない。その上、献上する魔法植物の量を増やされ、生活が立ち行かなくなるどころか生きるのもままならない。
「両親は『若い者だけでも生き延びろ』『亡命する機会が巡ってくるかもしれない』と、僕たちを逃がしました。国境周辺には似たような人たちが沢山いて、彼らと共に暮らしていました」
フリジア王国との国境付近は、やはり旱魃の影響はあるがまだマシだった。
また、結界を維持するための塔の付近は、警備する兵たちの生活を維持する為、小さな町か村のようになっている。上層部によって連れてこられた住民と、アクアイアンたち移民の区別は曖昧だ。小間使いをしたり、薬草を摘んで売れば、微々たる額だが金や食料を手に入れることができた。
ティリアは盛大に顔をしかめた。
(民の管理が行き届いていない。そこまで国力が落ちているということね。本当に情け無い)
中には後ろ暗い方法で金や食料を得る者たちもいた。アクアイアンもいずれはそうなるか、その前に野垂れ死ぬだろうと考えていた。
そんなある日のことだった。
「街道沿いの森の中で【ガニュメデスの水瓶】を見つけたんです。まさか無くなった家宝とは思いませんでしたが、打ち捨てられていたのが気になって触れて……気づけば伯母に取り憑かれていました」
アクアイアンが語り終えると、重苦しい沈黙が落ちた。ジェドの温かな声が沈黙を破る。
「アクアイアン。俺はセレスティアのためにも君の力になりたい。君がこのままフリジア王国で暮らすなら手助けをするよ」
「私にもお手伝いさせて下さい!」
アクアイアンの顔に、初めて笑顔らしきものが浮かぶ。
「ありがとうございます。けれど、僕はこの【ガニュメデスの水瓶】を故郷に返しに行きたい。国境にいる者たちと共に、水瓶と伯母の遺志を届ければ皆の支えになるでしょう」
しかし、アクアイアンの青い目に悲しみが浮かぶ。
「僕が伯母と同じ【魔眼】を持てていれば、入りやすいのですが。伯母が僕の中から出たからか、魔力の流れが見えなくなったようです」
「いや、ルディアから出るより入る方が難しいはずだ。例えセレスティアの【魔眼】があったとしても、楽には行かないだろう。でも、セレスティアから結界の弱点は聞いている。これまでの十年間で分かったこともある。我らが【姫さま】によって、近日中に事態は動く。それまで、君はしっかり休んでおくんだ」
ティリアがどう言うことかと聞くと、ジェドは厳しい顔で説明する
「ルディア王国の現王とその一派が、前王を殺し王太子を幽閉したことは知っているね?」
「はい。聞いています」
十年前、ティリアがルディア王国を出て半年後のことだった。
ルディア王国が国交を制限したのは、それからだ。以後、魔道具の輸出や染魔の一族の派遣を制限し、法外な額の報酬を求めていた。
人間の魔法が弱まった現在。強力な魔法を使うには魔道具が必要だ。その魔道具の力が薄れた場合は染魔の一族による染魔が必要だ。
今までルディア王国の魔道具と染魔の一族によって魔法を強化し、様々に活用していた他国は混乱し困窮した。
ギース帝国のように侵略しようとする国や、外交によって働きかけている国もあるが、現時点ではどこも成功していない。魔法を中心とする軍事力が強大すぎるためと、他国人の締め出しを徹底しているためだ。
ティリアは、自分の認識を話した。
「うん。じゃあ、現国王たちが、闇属性魔法で王侯貴族を洗脳して支配していることは?」
「……多少は耳に入っていました。特に【染魔の一族】のあつかいが酷いことも聞いています」
ティリアの親戚の【おじ様】である、【古道具の迷宮】の店主から聞いている。身内だったとはいえ、ティリアを虐げた者たちだ。流石に同情はしているが、特に何かをする気はない。
ティリアは今まで通り、フリジア王国の【花染め屋】として、【おじ様】が持ってくる仕事と飛び込みの仕事をこなし、静かに暮らしたいだけだ。
「じゃあ、フリジア王国の【姫さま】たちが、ルディア王国の現政権を打倒するために暗躍していることは?」
それは知らない。ティリアの脳裏に【おじ様】からの仕事が浮かぶ。染魔こと花染めが必要な大量の魔道具たち。
依頼主は、フリジア王国王家だとは予想していたが、確信した瞬間だった。
◆◆◆◆◆
翌朝。フリジア王国王都王城にて。
第一王女グラディス・アーシャ・フリジアは、居室の椅子で踏ん反り返って大爆笑していた。女性騎士服も、上に羽織るローブもぐちゃぐちゃだ。魔法局局長という役職にあり、白銀の魔法姫とも呼ばれる麗人が形無しである。
「なるほど!やはり私の考えは正しかったらしい!ルディア!かつての魔法大国が惨めなものだ!」
グラディスは、ジェドからの報告の束と、宮廷魔法使いイジス・エフォートの研究報告の束をひらひら振って、副官のシールダーにニヤリと笑いかけた。
「忙しくなるぞ。まずは後顧の憂いを取り除かねばならん」
「では、皇弟とことを構えるおつもりですか?」
ギース帝国皇弟。ルディア王国を侵略し、己の権威を高め、あわよくば魔道具を独占しようとしている。今もっとも邪魔な存在だ。
だがしかし、表向きは対立していない。
「まさか。我々は同盟を結んでいる。秋には使節団までやって来るのだぞ。あくまで丁重にもてなすに決まっているだろう。……例の踊り子に声をかけろ。『【姫】が貴様の踊りを所望だ』とな。陛下には私から言っておく」
「かしこまりました」
シールダーは指示を飛ばすため退室した。
この日より、十年停滞していたルディア王国と周辺諸国の情勢が動き出す。
おしまい
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これにて四章完結です。五章は十月以降更新予定です。
四章テーマソング Cocco「セレストブルー」志方あきこ「晴れすぎた空の下で」




