天上の青、地上の雫 七話
夕飯はティリアとジェドが作ってくれた。
その間、セレスティアはゆっくり休ませてもらった。手伝おうとしたが休めと厳命されたのだ。
(本当に優しい人たちだなあ)
セレスティアは、すっかり二人に懐いた。
「セレスティア、出来たよ」
「たくさん食べて下さいね」
二人が運んできたのは、野菜と鳥肉のスープ、三種豆とベーコンの炒め物、山盛りのパン、そして。
「わあ!焼きチーズ!」
チーズをこんがりと焼き、レモンとジャムを添えた一皿。セレスティアの目が輝く。久しく食べていないルディア王国の伝統料理だった。
「お好きそうで良かった。たくさん召し上がって下さいね」
ティリアの心遣いに目が潤む。セレスティアは、真っ先に焼きチーズを口にした。言うまでもなく、これまで食べた中で一番美味しい焼きチーズだった。
三人で料理に舌鼓を打ちながら【花の愛し子様】の伝説について話した。と言っても、セレスティアも簡単な概略しか知らない。
「話して下さった【染魔様】はとても子供好きな方で、よく伝説や教訓話を物語って下さったんです」
その中の一つに【花の愛し子様】という伝説があった。
《昔々の物語。
今よりも神秘が息づいていた時代の物語。
この頃の人間は、ほとんどが強力な魔法を使えていた。彼らは魔法で魔獣と魔物を退治し霊を祓い、豊かな生活を手に入れていた。そして、今よりもはるかに傲慢で残酷だった。
魔法を使えない者を無能と蔑んだ。奴隷として酷使するか、酷い迫害にさらしていた。
迫害されている者の中に、ある娘がいた。この娘は、誰にも傷つけられなかった。傷つけようとした者は容赦なく打ちのめされ、報復された。娘が精霊に愛される特別な存在だったからだ。
精霊とは、今は失われた神秘の一つ。万物に宿り、万象を司る魂である。
娘は特に【花の精霊】たちに強く愛されていた。そのため、守られるばかりか【花の精霊】の加護を与えられた事で魔法が使えるようになった。
娘は救われた。だが、他の魔法を使えない者たちは違った。娘がどんなに懇願しても、【花の精霊】たちは彼らを守らないし、加護を与えない。
娘は悲しみ、悩み、弱っていった。【花の精霊】たちは慌てたが、愛してもいない人間を守り加護を与えることはできない。
【花の精霊】たちは話し合い、娘に一つの魔法の力を与えた。
娘に与えた【花の精霊】の加護の力を、他者に分け与える力だ。
杖でも剣でも指輪でもいい、好きな道具に一輪の花をかざすだけで、【花の精霊】の加護の力を分け与えることができる。道具を使えば、魔法が使えない者も魔法が使えるようになる。
こうして、娘はこの力を使ってこの世で初めて【魔道具】を生み出し、魔法が使えない者に対する迫害は無くなっていった。
娘は【花の愛し子様】と呼ばれ讃えられ、その力は形を変えつつ子孫に引き継がれたのだった。
これが後に【染魔の一族】と呼ばれる一族のはじまりである。》
「そう……そんな伝説が……」
ティリアは呆然と呟いた後、しばらく考え込んでいた。ジェドが気遣わしそうに見つめる。ティリアはしばらくしてから口を開いた。
「初めて聞く話ですが……思い出したことがあります。先ほど、曽祖母に『人間の魔法が強い時代だったら、それだけでよかった』と言われたことを話したと思いますが」
確かにその通りだ。セレスティアは頷く。
「曽祖母の言葉には続きがありました。『貴女は何も悪く無いし、劣ってなどいません。そもそも私たちの始まりは、魔法の使えない花の……いえ、一族を離れる貴女が知る必要はありませんね』と。この伝説のことだったのでしょう」
ティリアは新緑色の目を潤ませて微笑んだ。様々な感情が滲む複雑で弱々しい笑み。
セレスティアは血の気が引いた。
(しまった!私の馬鹿!話すべきじゃなかった!)
伝説が本当なら、同じような立場のティリアが一族から迫害されたなんて、あまりにも皮肉すぎる。
「どう受け止めればいいのか、今の私にはわかりませんが……」
重苦しい空気に泣きそうになる。そんな空気を、力強く明るい声が振り払った。
「胸を張ればいいじゃないか。『私はご先祖様と同じように、魔道具に花の力を与えて人を助けてる』ってさ」
琥珀色の目が、夜を薙ぎ払う朝日のように輝きティリアを見つめる。ティリアの新緑色の目に力が戻った。
「……その通りですね。ありがとうございます。ジェドさん。セレスティア様も、お話いただきありがとうございます」
花のような笑顔に、セレスティアは心から安堵した。
(でも、これからは今まで以上に口に気をつけよう)
その後、話題は変わり様々な話で盛り上がる。
ティリアは、ジェドがいなかった間の王都での出来事を話した。セレスティアは春の花実祭りの話に心を踊らせ、ジェドは迦楼羅討伐の話に食い付いた。
セレスティアとジェドは、王都までの旅の様子や仕入れた情報について話す。
セレスティアは、道中で見た美しい景色や衣装について話した。フリジア王国の何もかもがセレスティアの目には珍しく、鮮やかだ。語り口に力が入る。二人はニコニコと笑って聞いてくれた。
ジェドは、国境での依頼についてと、辺境軍との短い共同生活についてと、国境から王都に戻る途中で聞いた情報について話した。面白おかしく話してくれたが、一つだけ真面目に話した話題があった。
「ギース帝国皇弟軍が、ルディア王国に侵攻した」
セレスティアは顔をしかめた。ギース帝国に行ったことも、ギース帝国人に会ったこともないが、印象は最悪だ。この隣国は、好戦的でことあるごとにルディア王国との国境を侵そうとする。そのせいで、魔道具を染魔する必要が増え、巡り巡ってセレスティアたち魔法植物の献上者にまで影響が出るのだ。
「いつも通り結界に阻まれて返り討ちにされたけど、いつもと違って兵を引かない。自軍の兵だけで無く、領民や傭兵を片っ端から集め続けているらしい。大戦を起こすつもりだろう」
「ジェド様、ギース帝国はどうしてそんな事を?内戦も終わってませんよね?」
フリジア王国の北の隣国、ギース帝国は長く内戦状態が続いている。先帝が身罷った事による後継者争いとそれに付随する権力闘争が原因だ。
黙って聞いていたティリアが口を開く。
「だからこそでしょうか?ルディアを攻略できれば、多大なる戦果を得ます。後継者争いに有利に働くでしょう」
「俺もそう思う。あまり規模が大きくなれば、うちも巻き込まれるかもしれない。辺境軍はピリピリしていたよ。ティリアは知っておくべきだから話した」
ジェドの言葉にティリアは頷いた。
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