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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第四章 天上の青、地上の雫

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天上の青、地上の雫 五話

「私が貴女くらいの歳の頃は、一族中から蔑まれていました。当時、花染(はなそ)め以外の魔法は使えなかったせいです。『本家の娘の癖に、魔道具がなければ花染(はなそ)めしかできない役立たず』『子供が産める年になるまで食い扶持を稼げ』七歳の頃そう言われて、染魔工房でひたすら花染(はなそ)めをする毎日でした。そこでも魔法植物の生花でしか花染(はなそ)めができない私は落ちこぼれです。押し付けられる仕事はどんどん増えていきました」


「そんな……!信じられません。染魔(せんま)……花染(はなそ)めが出来るのにそんな扱いをするなんて」


「曽祖母が言っていました。『人間の魔法が強い時代だったら、それだけでよかった』。魔法が弱まり魔法使いも減った今、真の魔法使いと呼ばれる一族にとっては、花染(はなそ)め以上に魔法の才能が豊かである事が、権力を維持する上で重要だったのです」


 あまりの話にセレスティアは絶句する。視線をさまよわせ、ジェドの強い怒気にようやく気づいて震え上がった。

 琥珀色の目がギラギラと輝いている。恐らく、ティリアの一族に対して。ティリアがなだめるようにジェドの手を握って、怒りが少し和らぐ。


「今でもあの方達は大嫌いですが、もういいんですよ。隠居していた曽祖母と、【親戚のおじ様】に頼まれたジェドさんたちのおかげで、ルディアから出られましたし。それに……」


 新緑色の目が、木漏れ日を受けて輝く。ティリアはとても優しい笑顔を浮かべた。


「当時は気付けませんでしたが、あの頃も私を想って下さる方はいましたから」


 ティリアは嬉しそうに語る。

 本家の娘として扱われた頃からは、何もかも格段に質も量も落ちてはいたが、飢えたり凍えたりはなかったこと。衣服は簡素だがちゃんとしたもので、自分の部屋と寝台が与えられていたこと。悪口や陰口は凄まじかったが傷つけられることは殆どなく、傷つけた者はどこかに消えたこと。雑用を覚えさせられたが、料理掃除洗濯読み書きと、生きるのに必要な知識だったこと。

 世間知らずだった頃はわからなかったと、少しだけ恥じるように物語る。


「何より、私が生まれる前から隠居していて誰とも会わなかった曽祖母が、何故か私の現状を知っていました。誰かが、私を想って助けようとしてくれていたのだと思います。それが、七歳の頃から顔を見なくなった親兄弟か乳母の誰かという確証はありませんが……確かめることもできませんし、きっとそうだと思うようにしています。その方が気分がいいですから」


 ティリアは真っ直ぐにセレスティアを見つめた。


「私は、セレスティア様のご両親や一族の方々にお会いしたことも話したこともありませんが、皆様がセレスティア様を大切にお育てしたことはわかります」


「それは……どうしてですか?」


「話し言葉や所作が、同じ年頃の方よりもずっと丁寧で綺麗なのと……【魔眼】と闇属性魔法を使いこなしているからです。一族外から、師匠に当たる方をお呼びしたのではありませんか?」


 確かにその通りだった。両親は、闇属性魔法が得意な魔法使いを呼び寄せ、セレスティアに【魔眼】と闇属性魔法を教え込ませた。

 当時はそういうものだと思っていたが、魔法使いは坊系とはいえ王族だった。相当な金額と根回しが必要だったはずだ。一族はすでに困窮していたのに。


(そして闇属性魔法が使えたから、私が霊に取り憑かれることもなかった)


「ご両親は、セレスティア様がいずれ一族から出て独り立ち出来るようにしたかったのではないでしょうか?」 


 ティリアの言葉は優しい雨のようにセレスティアの心に沁みる。優しい雨は呼び水となり、記憶を甦らせていく。


(父様は旅立つ時に言った。『役目が果たせない場合は、生き延びることを考えろ』って。母様は私を抱きしめて泣いていた。叔父さんの一人は、少ない食料を分けてくれた。小さな子たちは行かないでってしがみついて……どうして忘れてたんだろう。忘れて自分を可哀想がってひがんでばかりいたんだろう)


 セレスティアはしばし涙を流した。ティリアとジェドの優しい沈黙に包まれながら。


 ◆◆◆◆◆


 散々泣いた後、再び森を歩いた。だんだんと、藪を払わなくても進めるようになっていく。地面は柔らかな草と苔がしっとりと覆い、背の高い木々が程よい間隔で並ぶ。そして、清い水の流れがあちらに一筋、こちらに一筋と流れている。

 小さな小川と、向かう先から強い水属性の魔力が漂い、どんどん強くなっていく。セレスティアは生き生きと歩く。力がみなぎって仕方ない。セレスティアは本来は、体を動かすのが好きなのだ。それも忘れていたが。


「ジェド様!花染(はなそ)め屋様!こっちです!もうすぐですよ!」


 二人はそんなセレスティアを微笑ましく見守ってくれる。


「セレスティア、はしゃいで転けたり川に落ちないようにね」


「はい!気をつけます!」


「ふふふ。セレスティア様、先程言い忘れたのですが……」


「はい。なんでしょうか?」


「セレスティア様の名前はあの花からとったのでしょう?」


 ティリアはセレスティアに並んで、先の方を指差した。苔と草の緑と小川の銀に混じって、幾つもの空の青色が輝いている。


天上釣鐘(セレストブルーベル)!」


 青空色の正体は、ブルーベルに似た小さな魔法植物の花だった。ゆるく曲がった茎に、幾つもの釣鐘型の花が揺れている。花はほのかに光り、水の雫を生み出しては辺りを潤していた。

 確かに母は、セレスティアの故郷では山奥にしか生えていないこの花から名付けたと言っていた。


『貴女の目を見て真っ先に頭に浮かんだの。母様と父様の大好きな花の名前よ』


「この花は【天上の青】【空の釣鐘】とも呼ばれています。……素敵なお名前ですね」


 セレスティアの視界がまた涙でにじむ。なんとか笑顔を浮かべ、頷いた。


「……はい!」


(さあ、涙を拭いて採取したら、花染めて頂こう。父様と母様と、みんなを助けるために)


 セレスティアは決意しつつ、また一歩進んだ。

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