天上の青、地上の雫 三話
ティリアの疑いはすぐに霧散した。
セレスティアはあっさりと【静寂の森】の結界を抜けれたし、受け答えや眼差しには悪意が一切ない。というより、哀れなほどティリアとジェドを頼りにしている。
二人を自宅兼工房に招いたティリアは、大きな机を囲む椅子に二人を案内し、疑ったお詫びも兼ねてもてなすことにした。
台所で手早く準備をする。分厚く切ったパウンドケーキにアプリコットジャムをたっぷりそえ、桃の香りの紅茶を入れて供する。
「美味い!このパウンドケーキはティリアが焼いたのか。店ができるんじゃないか?」
「大袈裟ですよ。セレスティアさん、お口に合いますか?」
「はい!とっても美味しいです!」
セレスティアは青い目をキラキラさせて頷いた。どうやら緊張がほぐれてきたらしい。年相応の笑顔にティリアの心もほぐれた。
「それではセレスティア様、願いに至る物語をお話ください」
三人で茶菓を楽しみながら、セレスティアの物語を聞いた。
セレスティアは素直に、【花染め】の対価の一つである【願いに至るまでの物語】を語ってくれた。
話が進むほど、ティリアは頭が痛くなっていった。
(ルディア王国は都市部以外は放置しつつある。というのは本当らしいわね。それにしても、あの【水女神たちの宮殿】でさえ蔑ろにされているなんて。どうしてこうなったのか……)
ティリアは、捨てた故郷の話は折に触れて聞いていた。ティリアが出ていった十年前は、今のフリジア王国以上に栄えていたというのに。中でも、上質な魔法植物や薬草が取れる山里【水女神たちの宮殿】は特に庇護されていたはずだ。セレスティアから聞く生々しい困窮ぶりに、居た堪れなくなるばかりだ。
(元【染魔の一族】として、責任を感じるわけではないけれど)
あの時、ルディア王国からフリジア王国に逃げなければ、どんな目にあったかわからない。逃してくれた人たちの想いを忘れてはいない。
(けれど「何か出来たはず」と、思ってしまう。……傲慢ね。こう思うのは今の私が幸せで、後悔する余裕があって、己の力に思い上がっているからに過ぎない。そんな事よりも、本当に私が出来ることをしなければ)
「お話頂きありがとうございました。それでは、水属性の魔法植物の花をお渡し頂けますでしょうか?」
【染魔】こと【花染め】を施したい魔道具と、対価の一つである物語は揃っている。ティリアは当然、【花染め】に使うものと対価に差し出すもの、二輪の魔法植物の花もあるだろうと考えた。しかし。
「ごめん。用意して無い」
「え?」
ジェドの言葉にまた目を丸くした。魔法植物の花が必要なのを知らないはずがない。ジェドは申し訳なさそうに言う。
「セレスティアの叔母を探すのを優先したから、採りにいく間がなかったんだ。結局、彼女がいるはずの古魔道具屋は閉まっていた。これからどうするか相談しているところでティリアに声をかけられたんだ」
「ああ、あのお店がそうだったんですね」
確かに二人がいた建物は古魔道具屋だったなと、ティリアは納得する。叔母に会えなかったことを思い出したのか、セレスティアは表情を曇らせた。
「魔法植物は俺がこれから採ってくるよ。馬を飛ばせば夜には帰って来れるから、二人はここで待っててくれないか」
「わ、私も行きます!」
「セレスティア、君は疲労が溜まっている。ここで待っていて欲しい」
「ジェドさん。それは貴方もですよ」
(いくら怪我も憑物もないからって、厄介な依頼の後で疲労も濃いはず。それに、セレスティア様は絶対について行こうとする。彼女の身体の年齢はまだ七歳くらいで、痩せすぎてて疲れ果てている。ふたりには、これ以上無茶させたくない)
ティリアは二人を説得した。今日はこの家に泊まるか王都に戻り、明日採取しに行けばいいと。
ジェドはそれでもいいと頷くが、セレスティアは拒絶した。一刻も早く【ガニュメデスの水瓶】を花染めて欲しいと哀願する。
(叔母様に会えなかったことと、長旅の疲れからの焦りが出ているわね……)
旅は気力も体力も消耗する。ティリアにも覚えがある。無理矢理休ませるべきだろうが……。
「どうしても探しに行くと言うなら、この森の中で探しませんか?」
「それは……ティリア、いいのか?」
「構いません」
結界に閉ざされいる【静寂の森】は、魔獣と魔物と豊かな緑をたたえている。魔法植物も、それなりに生えている。丁寧に探し出せば見つかるだろう。
本来なら、この森を自由に歩けるのはティリアだけだが。
(……おじ様に知られたら、警戒心が無さすぎるって叱られるかもしれないけれど、ジェドさんとセレスティアさんならいいわ)
「ティリアは本当に優しいな。ずっと側にいて守りたくなる。セレスティア、申し出を受けようと思うけど、いいかな?」
前半は甘ったるい眼差しでティリアに、後半は和やかな笑顔でセレスティアに語りかける。セレスティアはやや迷いつつも頷いた。
ティリアはというと。
(ああもう!『ジェドくん』ったら!)
真っ赤になった顔を誤魔化すため、机の上の食器を片付けだしていた。
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