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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第三章 怠け者の翠風

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怠け者の翠風 十話(第三章最終話)

 カイが【迦楼羅(ガルーダ)】を討伐したことは、瞬く間に広まった。

 山程の報酬を手にしたカイは、王都を旅立つことにした。ミンディとメンダー、特にメンダーから渋られたが「冒険者資格は捨てない」事を約束することで、何とか振り切ることができた。苦渋の決断である。ただ、もう以前ほど冒険者になることへの忌避感(きひかん)がないのも事実だ。

 旅立ちは、六月の半ばの早朝だった。途中まではリュトン商会の護衛として着いていく予定だ。冒険者ギルドを通しての依頼だ。商会は、酒の販売と買付けをしながら北に向かう。カイが着いていくのは、彼らが王都に引き返すところまでだ。そこからは別行動になる。


「カイさん!絶対に!また王都まで来てよ!」


 振り返ると、早朝の旅立ちに駆けつけたメンダーだった。薄荷色の髪の少年が、仔犬のような目で見つめている。なかなか情をそそる絵面だが、カイは「最後まで面倒くせえ奴だなあ」と、ため息を吐いた。しかし憎めない奴なのも事実だ。


「わかったわかった。戻って来るっつってるだろうが」


「十五年ぶりに故郷に帰るとか、そのまま骨を埋めるパターンじゃん!幼馴染とか親戚の子と結婚する流れじゃん!従姉妹のミミちゃんに抱きつかれてイチコロの流れじゃん!」


「無えよ。コイツを元の持ち主に返しに行くだけだ」


 カイは首飾りを摘んでみせた。つい最近まで空っぽだった台座には、鮮やかな紫色の羽根が貼り付けられている。

 【迦楼羅(ガルーダ)】の風切り羽根を丁寧に処理して貼り付けたのだ。艶々としているため、一見すると羽根ではなく宝石に見える。


(まあ、これが正解かは分からねえがな)


 結局のところ、父親が【迦楼羅(ガルーダ)】に執着した理由が「己の目と同じ色の風切り羽根を、求婚の首飾りに使いたかったから」なのかは分からない。父親も、求婚の対象である母親も、もう居ないのだから。

 けれどカイは【迦楼羅(ガルーダ)】の風切り羽根で、空っぽの台座を埋めて母親の墓に入れるべきだと思った。

 無言の決心が伝わったのか、メンダーが溜息をつく。


「はぁ……仕方ないなあ。お父さんがお母さんに贈った首飾りの事は、ずっと心残りだったもんね。これならジンおじさんだって、墓参りを許してくれるだろうし」


 カイは頷き、スッと目を細めて長槍を持ち直した。


「そうだなぁ。メンダー。ところでお前、なんでそんな事まで知っている?お前には、この首飾りを親父がお袋に贈ったことすら話してないはずだが?」


 そこまでなら、【花染(はなそ)め屋】から聞いたとも思えた。だが。


「誰かから聞いた訳じゃねえ。ミミとジン叔父については、【花染(はなそ)め屋】にも話してはずだからな。お前、何者だ?」


 メンダーの仔犬のように無邪気な表情が変わった。黄色っぽい目が強かな光を放つ。


「うーん。ちゃんと気づいたか。やっぱりカイさんって有能。これからもよろしくしたいなあ。……はいはい。話すから殺気を仕舞ってよ。怖くて泣いちゃう」


 嘘をつけと言いたいが、話が進まないので殺気を解いてやった。


「種明かしするとね。俺とミンディは、比喩で無く「人より見る目がある」んだ。俺は対峙した相手の考えてることがぼんやりと、ミンディは相手の持つ能力がざっくりわかる。

ご先祖様に【魔眼】とか【邪視】とか言われる能力を持つ人か、人じゃない何か……例えば精霊とかがいたせいなんだって」


(精霊ねえ)


 伝説の存在だ。信じ難いが、辻褄は合う。それに、フリジア王国に対する違和感についても。


(何が、フリジア王国は【腰抜けと飽食の国】だ。ここが腰抜けなら、ギース帝国は節穴じゃねえか)


「……お前ら以外にも居る。一人や二人じゃねえ。能力も色々あるはずだ。国ぐるみで囲って使っているな?」


 妙にゆるい各関所の審査。にも関わらず、三十年近く大戦が起きず栄えている。もっと言うと、栄えているのに何処からも大規模な侵略を受けていない。

 いや、思い返せば兆候があってもすぐ治まっているのだ。不自然なほど平和に。

 そして何より、恐らくルディア王国にしかいないはずの【染魔(せんま)の一族】である【花染(はなそ)め屋】の存在。恐らく、彼女は王家から庇護されている。だからこそ、あの森で自由に過ごせているのだ。


「当たり!カイさんやっぱり頭良いなあ。いずれ分かるだろうから、俺が話せる事は教えるよ。フリジア王国には、【魔眼】持ちもそれ以外もたくさん住んでいるし、王家のために働いている。理由は単純。他国では人間扱いされない俺たちを人間扱いしてくれるから」


「お前らが冒険者ギルドに居るのも、王家からの命令か?」


 カイは、メンダーとミンディの能力的に間諜として潜入したのかと思ったが。


「うーん。そう言う人たちもいるみたいだけど、働き方は色々だよ。少なくとも俺たちは違う。どっちかと言うと、王家から冒険者ギルドに貸し出されてるって感じかな?ほら、何てったって俺たち人を見る目があるし、便利だし、仕事出来るから」


 カイは納得した。ギルドは国に属さない独立した組織だが、有事の際は連携する事も多い。所在地との関係は、密である場合がほとんどだ。


「なるほどなぁ。どうりでお前らが俺を信用したわけだ。野心もクソも無え、空っぽな奴だって見抜いてたんだからな」


 メンダーは真顔になり、目を釣り上げた。


「カイさんが空っぽな訳ないじゃん!面倒くさがり屋で小汚いけど腕は立つし、汚れ仕事が出来る割に余計な邪心が無いし、あの店の料理を美味そうに食べるし!話すと面白いし!」


「……腕と邪心がどうたらはともかく、飯?話?」


「あー!このおじさん!はっきり言わないとわかんねえな!打算もあるけどさあ!俺たちと同じで他人と違って生きづらそうだから!気が合いそうで声をかけたんだよ!」


「は?」


 メンダーは怒った顔のままカイに近づき、強い力で肩を叩いた。非力なので全く痛く無いが、驚きで固まる。


「は?じゃねえよ!いいから、いつまでも(ひが)んだ事を言ってないで!さっさと墓参りして帰って来い!(シルバー)ランク冒険者【疾風(しっぷう)のカイ】!」


「て、テメェ!その二つ名は止めろっつっただろ!小っ恥ずかしい!」


「やだね!大体【空っぽのカイ】なんて変な名前より百倍マシ!相棒の名前から取ってるんだし受け入れろ!」


 そう、カイの愛用している長槍を染魔し直したところ、ぼろぼろの柄も修復されて名前もハッキリと読めるようになったのだ。

疾風(しっぷう)翠槍(すいそう)】と。


「俺の柄じゃねえっつってんだろうが!止めろ!」


「もう皆【疾風(しっぷう)のカイ】って呼んでるし冒険者証明書にも刻印したから手遅れでーす!なーにが空っぽだ!空っぽの奴が死んだ親のことを気にかけたり悩む訳ねーだろ!」


「は?刻印した?いつの間に勝手なことしやがったんだ!いい加減にしろクソガキ!出しゃばり薄荷頭!ああクソ!やっぱり冒険者なんざ面倒くせえ事は辞めだ!辞めてやるー!」


 こうして二人は、カイを雇ったリュトン商会の担当者に呼ばれるまで、不毛な口論を続けたのだった。

 喧嘩別れした二人だが、ミンディと共に長い付き合いになるし、これ以降カイが【空っぽのカイ】と呼ばれる事も、冒険者を辞める事も無かったのだった。


◆◆◆◆◆


「言い過ぎたかなあ。でもあのオッさん、あれくらい言わなきゃ何もわからねー気がするし、俺は悪くないな!」


 カイを見送ったメンダーは、ほんの少しだけ反省しながら早足で歩く。今日も朝から仕事だ。割と気楽に話せる年上の友人にばかり構ってはられない。頭の中で、仕事の段取りを組む。


(今日も忙しくなるな。あーあ、ジェドたち早く帰って来ないかなあ)


 王都の冒険者ギルドに所属してる金ランク、銀ランク冒険者たちが辺境軍に連れて行かれてから二ヶ月経った。ルディア王国との国境付近の、霊と魔獣の討伐依頼だ。そのせいで人手が足りていない。フリジア王国内の冒険者ギルドはどこもそうらしい。


(二ヶ月もあれば終わるはずなのに、未だに討伐が終わってないとか……。魔獣はともかく、霊が大量に沸いてるということは、ルディア側でまた旱魃か飢饉があったのかな)


 メンダーは、十年前から国交を制限しているルディア王国の現状に思いを馳せつつ、唇を歪めた。


(そういえば、王族が富を独占しつつあるから反乱の気運が高まってるんだったっけ。せいぜい、フリジアと【姫様】たちに都合のいい形で滅んで欲しいなあ。【俺たち】も上手くやらなきゃな。他国からの冒険者は今まで以上に良く【見て】おこう)


 魔眼の少年は、カイよりも余程悪い顔で嗤うのだった。



 おしまい

閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

2023年8/31。最後を書き足しました。

三章はこれで完結です。四章も近日中に更新予定ですので、これからもよろしくお願いします。

今日(7/29)の活動報告に、裏話のようなものを書いています。よろしければそちらもご覧下さいませ。

2023/08/19。二章「桃色は爛漫の恋をする」一話追加して全九話になりました。九話(最終話)は、三章につながるお話です。ぜひご一読ください。

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