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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第三章 怠け者の翠風

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怠け者の翠風 八話

「丸三日以上休まされて、【静寂の森】の入り口に連れてこられた。やれやれ、こんなに話したのは産まれて初めてだぜ……下らねえ、面白くも無え、空っぽな話だろ?」


 語り終えたカイは、話し疲れをにじませた声でそう言った。

 花染め屋ことティリアは、話し終えたカイに紅茶のお代わりを注ぎ、木の実の塩炒りをすすめた。

 カイの言葉に悲壮感はない。本気で自分を『空っぽ』だと思っているのだろう。


「いいえ。とても興味深いお話でした。特に雷光狐討伐は面白かったですし、カイ様の御父様と【迦楼羅(ガルーダ)】、そして首飾りの謎は私も気になります」


(そもそも、カイ様のどこが空っぽなのかしら?)


 確かに感情や欲望が人より薄いが、それだけだ。


(本当は「貴方は空っぽでも、そこまで他人と違う訳ではありません。御両親や傭兵団団長に言われ続けて思い込んでいるだけです」そう言いたいけれど……)


 しかし、今日会ったばかりの自分が言っても信じてくれるか怪しいので、無難な返事に留めた。

 カイはカップを鷲掴みにして紅茶を飲み、ポリポリと塩炒りを食べながら、どうでもよさそうに「そうかい」と、言った。


「で、【染魔(せんま)】してもらえるのか?」


「もちろんです。良き物語のお礼に、この長槍を染めましょう」


 ティリアは茶器を片付けて、立ち上がった。

 まず、長槍の革の鞘を外して机の上に置き直す。

 次に【風切(ウェンディ)矢車菊(コーンフラワー)】のうち一輪を持って、長槍にかざした。


(御父様が【迦楼羅(ガルーダ)】に執着した理由、御母様の首飾りが空っぽな理由。カイ様が、良き答えに出会えますように。恐らく、その時は近いはず)


 ティリアにはある予想があった。カイの話から推察したのだが、その答えはカイ自身が掴まなければならない。

 その代わり、無事に答えを掴めるよう想いを込めて呪文を詠唱する。古代ルディア語の、今ではティリアだけが使う呪文を。


 《魔法の花よ、花ひらよ、お前の色を私におくれ。

 魔法の花よ、花ひらよ、花ひらの色はお前の力。お前の命の色。

 魔法の花よ、花ひらよ、お前の力を私におくれ》


 呪文を繰り返し詠唱する。ティリアの体内魔力が光となり、【風切(ウェンディ)矢車菊(コーンフラワー)】に注がれる。

 光の色は鮮やかなエメラルドグリーンだ。

 【風切(ウェンディ)矢車菊(コーンフラワー)】は目が開けられない程輝き、古ぼけた長槍を照らし……使い込まれた刃が、傷んだ木製の柄が、光と同じエメラルドグリーンに染まっていく。


(もっと、もっと注ぎましょう。この方が答えに至るまで、いえ、それからも生き延びれるように)


 強い想いに光はさらに増した。ある瞬間、【風切(ウェンディ)矢車菊(コーンフラワー)】がぼろぼろに崩れるまで。

 ティリアは、枯れて崩れた【風切(ウェンディ)矢車菊(コーンフラワー)】を机にそっと置き、長槍を確かめた。

 長槍全体がエメラルドグリーンに輝いているが、時間の経過と共に輝きも色味も落ち着いてゆく。

 刃はわずかに緑がかった鋼色。柄は渋い緑色に変わった。柄の色には濃淡があり、柄に施された流線形の彫刻がはっきり浮かんでいる。風と、風を表す単語を組み合わせた模様だ。長槍の名前も書いてある。ティリアは手で触れて、出来を確かめた。


(ああ、良く染まっている。よかった……)


「染め上がりました。カイ様、お確かめ下さい。……あの、カイ様?」


 カイは紫がかった灰色の目を剥いて固まっていた。長槍に釘付けだ。ティリアが長槍を差し出すと素直に握り、しげしげと確かめる。


「柄の傷が消えてる……しかもこの刃……研ぎ立て、いや、(こしら)えたばかりみてえだ……」


「カイ様?あの、大丈夫ですか?」


 何度か呼びかけ、やっとカイの視線が動いた。ティリアを見て、また目を丸くしてから口を開いた。


「あんた、本当に【染魔(せんま)の一族】なんだな」


 ティリアはにっこりと微笑んだ。


(その呼び名は嫌い。私はもうあの一族とは関係ない。という言葉だって使いたくないくらいなのに)


「いいえ。私はただの【花染(はなそ)め屋】です」


 カイはいぶかしそうな顔をしたが、何も聞かなかった。思慮深い方でよかったと、ティリアはこっそり息を吐いたのだった。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

三章完結まで毎日一度か二度更新予定です。

2023/08/19。二章「桃色は爛漫の恋をする」一話追加して全九話になりました。九話(最終話)は、三章につながるお話です。ぜひご一読ください。

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