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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第二章 桃色は爛漫の恋をする

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桃色は爛漫の恋をする 八話

お読み頂きありがとうございます。二章最終話です。

 ◆◆◆◆◆


 事件の翌日。リズはエリスの部屋で、エリスが刺繍するのを見ながらごろごろしていた。時刻は間もなく正午だ。

 リズは全ての事情を聞いた家族から「花実祭りが終わるまでゆっくり休みなさい」と言われている。こんなに長い休日は初めてで、正直言って持て余している。

 とりあえずエリスに連れられて泊まっているが、そろそろお暇した方がいいだろうか。

 つらつら考えていると、コンコンと扉が叩かれた。エリスは「開いてる。入って」と声をかけた。


「リズ、ちょっといいかな?」


 入って来たのはエリスの姉のラリアと、その夫のイジスだった。ラリアはいつも通り。イジスはしょんぼりした顔だ。

 二人は、事件がどうなったか説明しに来てくれたのだった。まずは、ラリアが淡々と話す。


「ベリラは平民用の牢屋に入れられた。花実祭りの後で裁判を受けるけど、まず間違いなく死刑になると思う」


「死刑!?」


 確かに大変な事件を起こした。血も流れた。だが、死刑に相当するだろうか。リズの無言の質問に応えたのはイジスだった。


「ベリラは平民だ。父親のジェラス準男爵は、金で爵位を買った一代貴族でしかない。その平民が、白昼の往来で男爵と準男爵を脅迫して怪我を負わせた。多少は減刑されるかもしれないが、生半可な罰で誤魔化されることはない。余罪もたっぷりあるしな」


 ベリラが厳密には平民なのは知っていたが、それ以外は知らないことばかりだ。


「アイバーの婚約者は男爵だ。宮廷で女官として務めている。アイバーも先日、様々な硝子技術の普及に貢献したとして準男爵位を授爵した。……だから、アイバーはこんな騒ぎを起こした」


 イジスは口を閉じ、痛ましいものを見る目でリズを見つめた。

 ラリアも同じような眼差しでリズを見つめている。


「私は大丈夫……じゃないかもしれませんが、教えて下さい」


 ラリアとイジスは顔を見合わせ、重い口を開いた。


 アイバーは、ベリラとの縁談に悩まされていた。アイバーが二十歳、ベリラが十歳の頃から四年もの間だ。

 ベリラが香水瓶を納入しに来たアイバーに一目惚れし、父親にねだったのが始まりだ

 ベリラは当時から評判の悪い娘だった。気性が荒く、周囲を見下し、親の金で頬を叩くような真似ばかりする。暴力沙汰も一度や二度ではない。金目当ての取り巻きすら逃げる有様だ。

 ラリアは吐き捨てるように言った。


「最悪なことに、ジェラス準男爵は親バカで金と影響力があった。身体や心に傷を負わされて、泣き寝入りしている人がたくさんいる。さっき言った余罪はこの人たちのことだよ。私の知り合いに何人かいる」


 だからアイバーもその家族も、初めから断っていた。

 だというのに、ベリラは何度も縁談の打診をし、つきまとい、アイバーの周囲に気の弱そうな女がいれば嫌がらせした。

 その度に対処したが、曲がりなりにもベリラの父親は準男爵。アイバーたちは平民だ。

 また、ジェラス準男爵が経営する【妖精の香水屋】は、香水瓶の大口顧客でもある。強く拒絶することは出来なかった。

 アイバーは精神的に追い詰められていったが、腐らず努力し解決策を模索した。

 そして一年前。二つの幸運を手にした。

 イジスはリズに微笑んだ。


「一つは、新しい硝子瓶と熱に強い硝子技術の有用な使い方と、君というデザイナーを見出せたことだ」


「私が……?」


「ああ、そうだ」


 新しい硝子瓶と熱に強い硝子の製造技術を確保し、優れたデザインを加えた。その為、【妖精の香水屋】以上の大口顧客を増やすことに成功した。さらには、技術の大半を独占せず同業に広めたため、功績が高く評価される。

 これによって、工房長である兄と共に授爵されるに至った。

 イジスは言いにくそうに続けた。


「アイバーのもう一つの幸運は、かつての想い人と再会できたことだ」


 アイバーのかつての想い人は、アイバーのことを想っていてくれていた。想い人の名はレイチェル・ピュリア。ピュリア男爵だ。

 レイチェルは子爵家の次女として産まれ、親同士が決めた婚約者がいた。学園卒業後に結婚することが決まっていたが、婚約者の素行と性格があまりに悪かったため破談となる。


「複数人との浮気に始まり、レイチェル嬢を使用人のように扱った。当時のレイチェル嬢の髪がピンク色だったのは、命令されて染めたからだ。元婚約者の趣味だったそうだ」


 その後、王宮に女官として務めると共に、実家が所有していた男爵位を継いだ。髪を元の色に戻したついでに、髪型や服装も思い切って変えた。男爵となったために家名も違う。学園時代の知り合いに会っても、レイチェルと気づかれないほど様変わりしていたという。

 一目で気づいたのは、偶然再会したアイバーだけだった。

 再会した二人は想いを確かめ合い、結ばれた。こうして半月前、アイバーの授爵を待って正式に婚約した。

 アイバーは、改めてベリラとジェラス準男爵からの縁談を断った。とうに諦めていたジェラス準男爵は無反応だったが、ベリラは信じない。都合のいい妄想を押し付け続けた。


「そして君にまで危害を加えてると知って、アイバーは怒り狂った」


「……私?」


 イジスとラリアは優しい微笑みを浮かべ、リズに頷く。


「アイバーは君を妹のように思っていたから」


 だから、アイバーは決心した。ベリラを叩き潰すと。

 アイバーと婚約者は、わざとベリラに仲睦まじさを見せつけた。気性の激しいベリラは、まんまと煽られて往来で醜態をさらし、挙句の果てに男爵と準男爵に襲いかかり傷つけるという罪を犯した。

 ここまでは、アイバーとレイチェルの計画通りだった。しかし。


「いつもなら居ないはずの君がいて、巻き込んでしまった。……おまけに君の心を傷つけてしまって、アイバーは落ち込んでる」


 ◆◆◆◆◆


 ラリアと共に別室に入った。想像よりも落ち込んだ顔で、アイバーが立ちすくんでいた。


「リズさん。この度は、誠に申し訳ございませんで……」


「はい。許します」


 気づけば言葉が出ていた。アイバーは、中途半端に頭を下げたまま固まっている。


「アイバーさん、顔を上げて下さい」


 ゆっくり顔が上がる。あの時と同じ、悲しみをこらえている水色の目。リズの好きな……好きだった、優しい目。


「ベリラとのこと、大変でしたね。私も物心ついた頃から、あの子に嫌がらせされていました。話が通じないし、暴力をふるうから怖かったです」


 暗に、嫌がらせされていたのはアイバーのせいではないと告げる。事実だ。昔からベリラはリズを目の敵にしていた。だからこれ以上、アイバーが気に病むことはない。

 きっと、アイバーもとても怖くて傷ついていたのだから。


「もう、あんな人のことは忘れましょう」


 アイバーと自分の人生に、ベリラは要らない。関係ない。父親のジェラス準男爵も爵位を返上し店を畳む予定だ。各方面への慰謝料の支払いで破産するだろう。

 彼らの全ては終わった。

 信頼関係と未来のあるリズとアイバーとは違って。


「アイバーさん、これからも一緒にいい仕事をしましょう。ジャムの試食も頼みます。アイバーさんの感想、とっても役に立ってるんですから」


「……はい、リズさん」


 アイバーは顔をくしゃくしゃにして頷いた。


 ◆◆◆◆◆


 翌朝。リズはエリスと一緒に花実祭りに行くことにした。

 花実祭りの間は、毎朝花売りが各家を回って扉を叩く。エリスはここぞとばかりに色取り取りの花を買い、自分とリズを飾り立てた。


「私に任せて。とびっきりお洒落にしてあげる」


 まず服だが、ラリアの少女時代のお古である白いワンピースにした。リズに似合いそうだからと、譲ってくれたのだ。可憐なレースと小花の刺繍が散っていて、とても愛らしい。本当はリボンもついていたが、子供っぽくなるので取った。代わりに刺繍を足した。

 そして淡いピンク色の髪は、緩やかに編み込んでハーフアップにした。編み込みに、髪の色に合う白と淡い黄色の花を差し込む。


「うん!可愛いし子どもっぽ過ぎない!私ってば天才!」


 リズは姿見で自分の姿を見て頷く。とても素敵だ。


「ありがとう。髪までこんなに綺麗にしてもらって嬉しい」


「でしょう?お礼はジャムか仕事の手伝いでいいわよ」


「そこはタダにしてよ」


 キャッキャと戯れていたが、エリスの表情が沈む。


「髪の色、本当に戻さなくていいの?」


「うん。花染め屋さんも、いつでも元に戻せるし、別の色に染め直してもいいって、言ってくれてた。けど……」


 姿見に映る自分の姿を見つめる。

 淡いピンク色の髪はやっぱりリズのオリーブ色の目に良く合ってる。

 顔も明るく見えるし、不思議と派手すぎず馴染んでいる。

 髪を見ても、失恋の痛みはすでに感じない。ただ心が浮き立つ。あの日、花染め屋と楽しくおしゃべりしながら染めた記憶、初めて鏡で見た時の高揚が蘇るばかり。


「気にいってるの。しばらくはこのままでいいよ」


「そっか。リズがいいなら、それでいいと思う。似合ってるし」


「ありがとう。ただ、アイバーさんが気にするかもしれないけど……」


 それだけが気がかりだが、エリスは鼻で笑った。


「ほっときなさい。過去の男なんて雑に扱えばいいの。それに、これからの仕事の交渉で有利に働くかもしれないし。あ?それが狙い?やるわねリズ」


「ええ。なにそれ嫌だよ。やっぱり元に戻してもらおうかな……」


(まあ、今すぐじゃなくていいや)


 しばらくはこのまま、これまで通りジャムを煮て、硝子小物や刺繍のデザインをして、前より少しだけ大きな声で話そう。

 そして新作のジャムが煮えたら、花染め屋さんに差し入れに行こう。綺麗に染めてもらったお礼と、失恋の話をするのだ。面白おかしく、楽しく明るく。


「リズの準備も終わったし、行くわよ。まずはパレードを見て、その次は屋台巡りね」


「うん。珍しい屋台が出てるといいな」


 リズは花染め屋と再会する日を楽しみにしつつ、花実祭りに繰り出したのだった。


 おしまい

閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。

三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。

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