桃色は爛漫の恋をする 七話
「ドブ鼠のリズ!なによその頭!やっぱりアイバーを狙ってたのね!」
ベリラが目を爛々と光らせ、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。
「髪を染めたぐらいで不細工が治ると思った?アイバーに相手をされると思った?無様ねえ?無様!無様!みっともなぁい!」
ベリラの嗤い声と、無数の視線がリズに突き刺さる。ヒソヒソと囁く声も。
苦痛と恐怖で息が詰まる。
「リズさん、大丈夫。ゆっくり息をして」
ニコが小声で囁き、背中を優しく撫でる。少しだけ息が出来る。
もう一度、アイバーと目が合った。今度は優しい、いつものアイバーの眼差しだ。
「あっはっは!!リズさんが?だったら光栄ですね!ははははは!!!」
そして、誰よりも大きな声で笑い出した。心の底から楽しそうに。
(アイバーさん?)
その場にいる者全員が呆気に取られた。ベリラも呆然としている。
「な、何よアイバー!おかしくなったの?」
「はははっ!おかしいのは貴様だけだ!あまりに的外れで……!ふふふっ!」
「はぁっ?!」
アイバーはベリラを無視し、婚約者と共にリズの元へ歩み、手を差し伸べた。
また、ニコの小さな声が聞こえる。
「大丈夫。副工房長を信じて。リズさんは僕らの大事な仲間だ」
リズはなんとか手を掴み、支えられて立ち上がった。
アイバーは群衆に向かい、晴れやかな笑顔と明るい声を振りまいた。
「皆さまの中には【小人のお気に入り屋】の新しい看板と硝子瓶、【水精硝子工房】の新しいジャムポットのデザインをしたのは誰か気にされている方もいらっしゃるかと思います!一時期は、問い合わせの手紙で山ができましたからね!」
初耳だ。リズはまさかと疑ったが、観衆の中の何人もが頷いた。
「その方こそ!ここにいるジャム職人のリズさんです!彼女はお父上に負けないジャム作り名人でありながら!素晴らしいデザイナーでもあるのです!」
「おおっ!」
観衆がざわめく。先ほどより好意的な視線がリズに向けられた。
アイバーはやや声を小さく、ゆっくりと話す。
「リズさんは控えめな方です。自分はあくまでジャム作りの修行中の身。一人前になるまで、デザイナーとして名前を刻むことを拒んでいらっしゃいました」
「ほほう」
視線に敬意が混ざる。リズは再びへたり込みそうになりつつ、なんとか立ち続けた。
「しかしこの度!リズさんは貴重なピンクベリーのジャムのレシピを作り上げました!それだけではありません!出来上がったレシピを、なんと生産元のラフィア領に無償で提供したのです!」
「おおおっ!」
観衆が一際大きくどよめいた。確かにその通りなのだが、大袈裟に言い過ぎだ。リズがレシピを教えなくても、いずれラフィア領の誰かが開発しただろうに。
「リズさんの偉業は花実祭りでお披露目する予定でした!その為にリズさんにご準備頂いていたのです!」
「なるほどなあ」「それでか」「大したもんだ」「あの硝子瓶で売り上げがあがったもんな」「独占せず提供するとは立派だ」
群衆は盛り上がり、口々にリズを褒めた。
特に、常連客の眼差しはあたたかく声は優しい。
「だから髪をピンクベリーみたいな色に染めたのか」
「服もそうよね。リズちゃんは、普段は茶色いワンピースだったもの」
「じゃあ、今日はお披露目のための衣装合わせだったのね」
「ちゃんとしたお披露目見たかったなあ」
アイバーが言葉を拾って頷く。
「ええ!全く残念です!誤解されないためとはいえ台無しになってしまいました!リズさん、本当はちゃんとお披露目するはずでしたのに申し訳ありません」
アイバーはかしこまって頭を下げた。リズは、頭がゆっくり下げられていくのを見つめた。チラッと、水色の目が見えた。
(アイバーさん……)
アイバーの水色の目は、とても傷ついていた。涙の気配は見えないけれど、悲しみをこらえているのが良くわかる。
さっきまで別人のように冷たかったけれど、アイバーの本質は優しい人だ。
リズは、ずっと見つめていたから知っている。
(なんて優しくて一生懸命な人なんだろう。……叶わなくても、この人を好きになれてよかった)
「アイバーさん、頭を上げて下さい」
リズはとびっきりの笑顔を浮かべた。
「気にしないで下さい!ちょっと下品で煩かったですが、いい余興でした!」
一瞬の間の後、大爆笑に包まれた。
「ガハハっ!お嬢ちゃん言うねえ!」
「ずいぶん見苦しい余興だったな!」
「よ、よ、余興ですって?リズ!ドブ鼠のくせにこのおおおおお!」
「このおー!だとよ!」
「怖い怖い!ガーゴイルみてえな面だ!」
「ちげえねえ!あっはっは!」
リズは腹をくくる。緊張でまた眩暈がする。
ここでしくじれば、自分と家族も嗤われるだろう。声がある程度収まってから、一歩前へ出た。腹の底から声を出す。アイバーに比べれば小声だが、よく通る声だった。
「ご紹介に預かりましたリズです」
はっきりと告げ、群衆に向けてお辞儀をした。ふわふわの淡いピンク色の髪と、鮮やかなピンク色のワンピースが揺れる。
ゆっくり顔を上げて姿勢を直し、オリーブ色の目でしっかりと群衆を見る。
自分の心の中にある言葉を練り上げ、告げる。
「私は、ジャム職人としてもデザイナーとしても、まだまだ未熟者です。ですが、皆さまの日常にちょっとした特別をお届けしたいという気持ちは誰にも負けません。どうぞこれからも、【小人のお気に入り屋】と【水精硝子工房】をご贔屓下さい」
群衆は、若きジャム職人兼デザイナーに向けて、割れんばかりの拍手を送ったのだった。
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二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。
三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。




