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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第二章 桃色は爛漫の恋をする

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桃色は爛漫の恋をする 三話

『リズさん!親方!お待たせしました!』


 約半時間後、アイバーは二人の硝子職人と共にやって来た。

 職人は背の高い壮年男性と、リズと同じ年頃の少年だ。ラング王国の出身で、壮年男性はドニ、少年はニコと名乗った。

 アイバーたち【水精硝子工房】は、積極的にラング王国の硝子職人を雇っている。かつてのフリジア王国では、硝子はラング王国から輸入するしかなく、現在も技術力の差が大きいためだ。

 アイバーは小さな木箱を、ドニたちは大量のスケッチブックと本を抱えている。


『まずはこれを見て下さい』


 アイバーが木箱から取り出したのは、変わった形の硝子の容器だった。無色透明で形はシンプルなのだが、口元が薄い金属でおおわれている。


『これは、ラング王国で新しく開発された硝子瓶です』


 硝子瓶といえば、上等な酒に使われているイメージだが、見た目は全く違う。

 アイバーは片手で硝子部分に、もう片手で金属部分に手をかけ軽くひねった。小気味いい音を立てて二つが分かれる。


『え?これ、どうなってるんですか?』


『説明しますね。ドニ、資料を出して』


 ラング王国では、昔から良質な硝子の原材料が豊富に取れた。硝子の加工技術も高いため、他国よりもずっと安価で買える。そのため、硝子の容器で保存食を貯蔵することは珍しくもなかった。中身が見えて管理がしやすいので、戦場に運ばれることも多かったという。


『とはいえ、従来の硝子容器は密封と開閉のしやすさの両立、熱と衝撃に対する弱さが課題でした。その為、十年前までは魔法で防腐や硝子の強度を上げていました』


 だが、ルディア王国が魔道具の輸入を制限した為に、低級魔法すら日常的に使えなくなってしまう。

 ラング王国は国をあげて、保存食の貯蔵方法と魔法に頼らない硝子製品の研究開発を推奨した。


『こうして、従来よりも密封性が高く開閉もしやすく、熱と衝撃に強い硝子瓶が生まれました。数年前に出来たばかりの技術ですが、恐らく広く使われるようになるでしょう』


『それがこの硝子瓶……』


 促されて、リズと父はおっかなびっくり手に取った。ドニが構造を説明してくれる。

 蓋は薄い金属で出来ている。蓋の内側の側面と、口の外側の側面にななめに溝が入っていて、しっかりと閉まるようになっているのだという。

 続けて、この硝子瓶での食品の貯蔵の仕方を、スケッチブックに図を描きながら説明してくれた。父は身を乗り出して聞き入った。


『密封した後、鍋で茹でる……確かにそこまで手間じゃないですね』


『そうですよ。親方、リズさん』


 アイバーは居住まいを正し、リズと父に向き直った。


『【小人のお気に入り屋】のジャムは色も素晴らしい。硝子瓶に入れて売れば、今以上に売れます。私ども【水精硝子工房】はこの硝子瓶を効果的に売り出したい。どうか、お店で使ってはいただけないでしょうか?』 


『アイバーさん、話はわかった。しかしなあ……』


 父は難しい顔で口を閉じた。

 それはそうだろう。安価な陶器壺から高価な硝子瓶に変えるとなると、どれだけの費用になるか。

 また、販売価格も上げなければならなくなる。陶器の仕入れ先との関係も考えなければならない。


『リズさんはどう思いますか?』


 その時、なぜか母や姉たちが仕事する姿が目に浮かんだ。

 母たちは、希望した客の陶器壺にリボンを飾ったり、花束を添えたりしている。また、国の記念日などでは、その日限定でハンカチをおまけにつけている。そうすると、売り上げがよくなるという。


『お母さん、中身が一緒なのにどうして?』


 と、聞いたことがあった。母は笑って言った。


『こういう「ちょっとした特別感」に人は弱いのよ』


(ちょっとした特別感……そうだ)


『あの、高価なジャムだけに使ったらどうでしょうか?それも全部じゃなくて、贈答用だけに少しだけにするんです。それなら大丈夫かと……親方、どう思いますか?』


 父の目がきらりと光った。


『おう。それでやってみるか。とりあえず試作からだ。本当に上手く詰めれるか試さないとな』


『もちろんです。まずは硝子瓶の大きさとデザインから決めていきます。リズさん、よろしくお願いしますね』


『え?は、はい……っ!』


 アンバーがリズの手を握った。肌の感触は滑らかだが、リズより一回り大きく骨ばった青年の手だ。

 顔が熱い。耳の先まで真っ赤になったのが自分でもわかった。


『リズさん、貴女のデザインと発想は素晴らしい。これからもよろしくお願いします』


 ドクンと、今日一番大きく胸が高鳴った。口の中が甘酸っぱい。苺ジャムを食べすぎたみたいに。


『は……はい』


 リズは返事をすると同時に自覚した。


(私、アイバーさんのことが好きなんだ)


 ◆◆◆◆◆


「どうぞ、お代わりです」


 カップの中に芳しい紅茶が注がれる。

 リズはお茶のお代わりを入れてもらい、正気に返った。

 夢中で話しながら、ジャムとクッキーを貪り紅茶を飲んでいたらしい。


(ああ!また私ったらはしたない!)


 籠に盛られたクッキーの山が半分近く減っている。花染め屋が取り皿に盛ってくれたジャムも舐めたように消えていた。

 こんなに沢山のお菓子を一気に食べたのに、まだお腹は減っている。恥ずかしくてうつむいた。


「クッキーはお口に合いましたか?作り過ぎたので、どんどん召し上がってくださいね」


 リズが顔を上げると、花染め屋はキラキラした笑顔だ。どこにも嫌味はない。


「あ、は、はい。とっても美味しいです」


 花染め屋は、リズの取り皿にクッキーとジャムを盛り付けた。バターの香る甘さ控えめクッキーに、艶々光るジャム。

 向かいに座る花染め屋も、ニコニコ笑いながらクッキーにジャムをつけて食べている。リズの羞恥心は食欲に負けた。


(でも、本当に美味しい……バターがいいのかな?)


 素朴な甘さのバタークッキーは、そのまま食べても、ピンクベリーのジャムをつけても美味しい。このジャムは今年の春一番の自信作だ。


(試作とレシピ作り頑張ってよかった)


 ピンクベリーは苺と桃に似た豊かな香りと味がするが、生だと後口に酸味が残る。火を通すと酸味は適度となるが、色も風味も損なわれて口当たりが悪くなる。火の入れ方、砂糖やスパイスの種類と割合など、調整と試作にかなり手こずった。

 その甲斐あって、味、香り、色すべてが素晴らしい出来だ。

 なかでもこの、ルビーか春そのものを煮詰めたかのようなピンク色。

 リズは、ここに来た目的を思い出した。


(……鮮やかなピンク色の髪と言ってた。きっとこんな色だわ……)


 ピンク色の髪は、多くはないが珍しくもない。貴族階級にはたびたび見られる髪色だ。ただ、リズは違う。

 リズは自分のふわふわの髪に触れた。オリーブ色がかった茶色の髪。


(地味で、可愛くない色……目も地味なオリーブ色……)


「リズさんは素敵な恋をしているのに、どうしてそんなに悲しんでいるのでしょうか?」


「それは……」


 リズはピンクベリージャムを見つめながら、再び話し出した。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。

三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。

2023/08/19。二章「桃色は爛漫の恋をする」一話追加して全九話になりました。九話(最終話)は、三章につながるお話です。ぜひご一読ください。

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