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花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜  作者: 花房いちご
第二章 桃色は爛漫の恋をする

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桃色は爛漫の恋をする 二話

 リズは働き者のジャム職人だ。

 ほとんど毎日工房でジャムを煮るか、出来上がったジャムを店まで運ぶか、材料の仕入れに行っている。教会学校を十二歳で卒業してからずっとだ。

 材料の仕入れでは王都の外に行く事もあるが、基本的には工房と店の往復しかしていない。

 どの仕事も力仕事があるし、特にジャム作りは熱さとの戦いだ。

 毎日くたくたになるが、父も共に作業しているし、仕事が好きなので苦では無い。

 遊ぶ時間と友人が少ないのにも不満はない。リズは一人でもくもくと作業するのが好きだ。仕事の合間に、数少ない友人たちか、工房の周りにいる幼馴染たちと言葉を交わすだけで充分だった。

 リズより十歳歳上の彼も、そんな幼馴染に近い存在だった。


◆◆◆◆◆


 一年前の昼過ぎのことだ。

 十三歳のリズは、作業がひと段落したので休憩していた。

 天気がいいので外だ。工房の正面玄関の側にある木箱に座り、スケッチブックを広げて絵や飾り文字を描いていた。

 リズは絵や飾り文字を描いたり、小物のデザインを考えるのが好きだ。教会学校で学んだ。教師から、挿画家か写本師にならないかと声をかけられたこともある。

 今は、店の看板を新しく変えるのでそのデザインを描き出していた。


(やっぱり花と果物があった方がいいよね。色数を増やすと費用がかさむけど、あまりケチっても……)


 夢中になっていると明るく大きな声で話しかけられた。


『リズさんこんにちは!親方は奥ですか?』


『アイバーさん、こんにちは。いつものですね?中にどうぞ』


 リズは挨拶してすぐ目を逸らした。

 彼、アイバーは【水精(ウンディーネ)硝子工房】の次男だ。【水精硝子工房】は、王都で一番大きい硝子工房だ。香水瓶や食器類など様々な硝子製品を作っている。アイバーは主に経営と営業を担当している。

 淡い青灰色の髪と水色の目の、線の細い青年だ。工房地区には珍しく話し方が穏やかで、人柄もいい。貴族も通う王立学園に通っていたから、知識も幅広い。

 リズにとっては『近所のお兄ちゃん』でもある。密かに尊敬し、慕っていた。

 ただ、最近は顔を合わせたり話すと妙に照れくさい。


(やっぱり、前みたいに落ち着いて話せないな。なんでかなあ?)


 なんともない振りをしつつ、いつも通り工房部分ではなくリビングに案内する。


『今回もおまかせですよね?用意しますから、座って待ってて下さい』


 リズは大釜とかまどが並ぶ工房部分に行き、父にアイバーが来たことを伝えた。


『おう。そろそろ来ると思ってた』


『父さん、苺は絶対いれようね。アイバーさん好きだって言ってたし、旬だもの。三日前のは特に出来がよかったよ』


『おうとも。昨日作った木苺もな。後は……』


 二人で相談し、陶器壺詰めジャムを小さな木箱と大きな木箱に詰めた。


『まずは、家用に三種類』


 小さな木箱は安価なジャム三種。

 苺ジャム、木苺ジャム、花蜜ジャムが一つずつ詰まっている。

 どれも安価だが、味が良く人気がある物ばかりだ。


『次は接待と贈答用三種類』


 大きな木箱には高価なジャム三種。

 春薔薇ジャム、青水晶(ブルークリスタル)ジャム、銀蜜ジャムがそれぞれ五個ずつ詰まっている。

 どれも高価だし、希少な花や果物を使っている。『たかがジャムに大袈裟な』などと、嗤われることもしばしばだが、味は値段以上だ。一度買えば必ず次も買う。


(もっと沢山の人に食べてもらいたいな)


 考えつつ、リズは父と共に箱を運び味見の準備をした。

 リビングのソファセットに三人揃って座る。

 リズと父は、アイバーの対面のソファに並んで座った。

 テーブルの上には、口直し用の水の入った盃と、六種類のジャムを小皿に分けて置いている。

 リズの父は敬意を込めて話した。


『アイバーさん、どうぞ味見して下さい』


『親方、敬語はやめて下さいよ。昔みたいにアイバーとか、硝子屋の坊とお呼びください』


『それはいけないです。貴方は大事なお客様なのですから』


 父は普段寡黙な分、言い出したら曲げない。

 リズは、諦めて下さいと視線で伝えた。同時に父が気を使うのも当たり前だとも。

【水精硝子工房】が、【小人のお気に入り屋】のジャムを接待の場に使うようになったのは、アイバーのおかげなのだ。

 もともと、アイバーは【小人のお気に入り屋】を愛用していた。

 ある日思いついて、硝子製ジャムポットに希少なジャムを入れてもてなした所、予想以上に商談相手が食いついたのだ。硝子にも、ジャムにもだ。


『親方とリズちゃ……リズさんのジャムのお陰で商談が上手くいってるんです。僕らの方こそ頭が上がらないです。この間も、ラフィア領の領主様が感激されていましたよ』


『いやいや、全てはアイバーさんのお陰です。お貴族様のお客様が増えて、高いジャムも売れるようになってきました。助かっていますよ』


 もはや定番となったやり取りの後、アイバーはジャムを味見した。家用の安価な三種類からだ。アイバーはまず苺ジャムを口にした。

 苺ジャムは今の旬だ。リズと父とで森で摘んだもので作った。


『今年の苺ジャムは甘さがちょうどいいですね。舌触りも香りも濃厚だ。今までで一番美味しいと思います。早くパンにつけて食べたいなあ。ああ、スコーンもいいな』


 ふんふんと、リズと父は感想を聞く。アイバーの舌と言葉の表現力は信頼できる。今後のジャム作りと接客の参考などにするので、しっかりスケッチブックにメモを取る。

 次に木苺ジャムだ。これも同じく森で摘んだものを使っている。


『木苺ジャムは、味が控えめで少し物足りない。ですが、香りの瑞々しさがいいです。これ以上甘く煮詰めたら、この瑞々しさが消えてしまうかな?クッキーかチーズに添えたら真価を発揮しそうだ』


 次は花蜜ジャムだ。花蜜ジャムはシロップフラワーで作るジャムだ。この花は一年中咲くので、市場でその都度よいものを仕入れて作っている。


『花蜜ジャムはやや甘過ぎますが、香りが絶妙です。口から鼻に抜ける香りだけで、お茶やお酒が飲めるでしょう。こちらは来客や贈答用にも使わせて頂きます。五つほど追加して下さい』


 リズはホッとした。今回の花蜜ジャムは、花の目利きから味の調整まで全てリズが担当したのだ。

 甘過ぎるという点は指摘されたが、それを補って余る程度には仕上げられたらしい。


(でも、安心するのは早い。ここからが本番だもの)


 次は接待用の高価な三種類だ。アイバーは、先ほど以上に丁寧に味わい、余韻に浸りつつ語った。

 まずは春薔薇ジャムだ。春薔薇ジャムは、リズと父とで森に咲く白い春薔薇を摘んで作った。開花したてのものだけを厳選している上に、大量の花が必要なので高価だ。


『春薔薇の優美な香りが素晴らしい……。花びらの口当たりも滑らかで、甘みも上品ですね。これは上等な発泡葡萄酒か紅茶に合わせたいです』


 次は青水晶ジャム。青水晶は深い森の水場にしか生えず、冒険者以外には採取出来ない高価な果物だ。まるで、ブルーベリーが宝石になったかのような見た目をしている。


『青水晶ジャムは……ここのジャムは全てそうですが、色が美しい。名に相応しい深く透明感のある青だ。それに、この甘酸っぱさと爽やかな香りは初めてです。ああ、果肉の食感も心地いい。ヨーグルトや焼き菓子のお供に……いや、肉料理の付け合わせにもしてみたいな』


 最後は銀蜜ジャムだ。銀蜜ジャムは、農家から仕入れた銀色のシロップフラワーで作った。シロップフラワー自体は安価だが、銀色だけは別だ。日光に当てず月の光だけで育てる高級品である。

 さて、そのジャムの評価は?


『銀蜜ジャムは香りの洪水……一口で全身が香りに満たされる。そしてこの澄んだ甘みがたまらない。……これは、このまま食べるのが一番美味しい気がします。あえて何かと合わせるなら蒸留酒でしょうか』


(やった!アイバーさんに好評なら間違いない。それにしても、すごい表現力よね。流石は、あの大きな工房で営業をやってるだけある)


 リズは大いに感心した。父も忌憚ない意見を聞けて嬉しそうだ。

 アイバーは、花蜜ジャムだけでなく高価なジャムも追加注文してくれた。


『すぐ用意します』


 父がさっと立ちあがる。


『え?お父……工房長、これぐらいの量なら私だけで……』


『いや、俺が行く。リズは休んでおけ。朝からジャムを煮てた上に、また描いてたんだろ?』


 父は少しだけ優しく笑い、さっさと行ってしまった。


『そういえば、スケッチブックに何か描かれていましたね。何を描いていたか、お聞きしてもいいですか?』


 アイバーに優しく微笑まれ、恥ずかしくて仕方なかった。


(どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。胸もドキドキする)


 けど、今のアイバーはお客様だ。無視できない。素直に看板のデザイン案を描いていたと言った。


『見せて頂いてもいいですか?』


『え?』


(恥ずかしいけど、アイバーさんなら馬鹿にしたり、からかったりしないし……)


 リズはスケッチブックをアイバーに渡した。アイバーは真剣な目で一枚一枚丁寧にながめた。


『お世辞抜きで、リズさんは絵とデザインの才能がありますね。飾り文字も綺麗だ』


『あ、ありがとうございます』


 褒められて更に顔が熱く胸がうるさく鳴った。アイバーは、特に看板のデザインをほめた。


『看板だけでなく、ラベルにして小分け用の陶器壺に貼るか、くくりつけてもいいかもしれませんね』


『それは良いですね。早速考えてみます』


『お役に立てそうでよかった。……おや?これはウチのジャムポットですか?』


『はい。頂いたジャムポットが可愛くてスケッチしたんです』


 少し前、店に硝子製のジャムポットを仕入れた。その際、リズたち一家で使って欲しいと一個プレゼントされたのだ。もちろん愛用している。


『あと、こんなデザインもあったらいいなと色々描きました。使えないデザインばかりだとは思いますが……』


 本職に見られるのは恥ずかしい。リズは縮こまった。


『いいえ。どれも素敵です。お世辞じゃありませんよ。私は職人としてもデザイナーとしも才能はありませんでしたが、見る目はあると自負しています』


 アイバーは満面の笑みだ。これまでの、優しいがどこか他人行儀なそれではなく、心からの笑顔だった。


『うちのジャムポットを気に入って頂けて嬉しいです』


 その笑顔はリズを歓喜させ、恥ずかしさを忘れさせた。勢いよくまくしたてる。


『はい!それはもう!中のジャムの色が透けて見えて綺麗で!あの父もうっとり眺めてるんですよ!母や姉も、いっそ硝子のジャムポットに入れたまま売れたらいいのにって……』


 硝子は繊細で壊れやすい上、しっかり閉じれないから難しいですがと言いかけ、アイバーの表情に固まる。静かに衝撃を受けた様子で、水色の目を見開いている。


『硝子……瓶詰め』


『え?』


『そうだよ!僕はなんで気づかなかったんだ?リズちゃん!ちょっと待ってて!』


『ええ?アイバーさん?』


 急に『幼馴染のアイバーお兄ちゃん』に戻ったアイバーは、走って出て行ってしまった。



閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。

三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。

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